第23話 楽しむ達人

 今日の龍輝の気分を大切に―――

 そんな一華の言葉は、龍輝の心を弾ませる。

 

 一華さんはやっぱり、何でもに違いない。

 俺も負けていられないぞ。


 その上、零れ出てしまった名前呼びも嬉しいと言ってもらえて、一気に距離が近づいたように感じた。

 

 美しいはなの横は思っていた以上に居心地が良かった。



 今度は龍輝が行先を提案したいと思ったのだが、一体どこへ連れて行けばいいのかちっとも思いつかない。もっと、観光ガイドとか見て勉強しておくんだったと、今更ながら後悔する。

 もたもたしていたら、一華が男性服を見に行こうと言い出した。


 洋服……あんまり持っていないこと、一華さんにはバレバレなんだろうな。

 でも、これじゃ俺の用事に付き合わせてばかりじゃないかな? 折角のデートなのに。


 とりあえずやんわりと辞退してみたが、一華は自分も勉強になるのだと返してきた。


 ああ、そっか。一華さんにとっては、女性服も男性服も関係ないんだ。きっとどちらも面白くて、魅力を感じること。


 そう思ったら、今度もまた一緒に楽しめるんだと心が軽くなった。

 

 丁度いい機会だから、一華さんに色々教えてもらおう!



 試着室に入るのは裾上げの時くらいの龍輝。目の前の全身鏡にとまどいながら着替える。


 こんな近くで自分の姿を見たのなんて、いつぶりだろう。ちょっと恥ずかしいな。


 だが着替えてみて、印象がガラリと変わった自分に驚く。


 え! これが俺?


 見た目だけではない。一華の言う通り、着てみなければわからないこともたくさんあった。

 

 兎に角柔らかくて涼しい。こんなに着心地がいいのに、だらしなく見えない。

 これってズボラな俺向きじゃね。


 色々なポーズをとってみて、その動きやすさに目を丸くした。

 

 凄い! 凄い! 伸びる伸びる。

 めちゃくちゃ楽。


 一華にも見せたくなって試着室の外へ。

 物凄い事を発見したかのように話しながら、ふと気づく。


 こんな事、一華さんはとっくに知っているはずだよな。

 

 でも、嬉しそうに目を細めている姿を見て思った。


 自ら気づくように仕向けてくれるなんて。

 やっぱり、彼女は最高の師匠だ!


 次から次へとアイデアが溢れてくる一華のお陰で、龍輝はファッションモデル気分を味わえた。

 あれもこれも試してみれば、どれも動きやすいのに着崩れない。色やデザインの差が、新しい自分を見せてくれた。

 

 俺にも、こんな一面があったんだ。


 洋服は必要最低限でいいと思っていた、ちょっと前までの自分を殴りたい気分になった。

 

 洋服は、自分の一部なんだ! 大切に選ばないといけないんだな。

 

 ファッションショーの早変わりのように、次から次へと着替えて出れば、一華が嬉しそうにパアっと顔を輝かせてくれる。

 龍輝もそれが嬉しくて、楽しくて。

 洋服を選ぶと言う作業が、一気にエンターテイメントに昇格した。

 

 思い切ってたくさん購入。一華と同じように買った服へ着替えることにする。

 数分前の自分とは全然違う自分。


 髪型もオシャレになったし、今日は何回も生まれ変わっている気分だな。


 意気揚々と試着室から出れば、変らない一華の笑顔に迎えられた。その誇らしげな眼差しに支えられて、むくむくと膨れ上がる達成感。


 ああ、面白かった!


 今日はたくさん楽しい事を教えて貰ったから、お返しに俺も何か教えてあげたいな。

 そうだ! 一華さんは海が好きだから、あそこに連れて行ってあげよう。


 唐突に思いついたアイデアに、思わずニッコリ。そうっと伸ばされた彼女の指先を感じて、肘を曲げて誘った。

 

 これって、もっと近づきたいってサインだよな。俺も想いは同じ。


 俺の事、知って欲しい―――


『それでは一華さん、今度は俺のリクエストに応えていただけないでしょうか?』


 その言葉に一華は目を丸くしたが、直ぐに笑みを浮かべながら頷いてくれた。


『龍輝さんのリクエスト。ええ、もちろん。ご一緒します』


 よし! 

 とっておきのところに案内してあげよう。



『オシャレ達人に弟子入り(龍輝side)』 了


 

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