第18話 今日の気分

「どちらも草間さんにすっごく似合ってます。どちらもいいと思います」


 その言葉に、店員が目を輝かせる。


「でも、もし、どちらかを選ばないといけないんだったら、今の俺の気分で良いですか?」

「はい。もちろん!」


 真剣な眼差しに吸い込まれそうになりながら思う。


 水島さんの今の気分……知りたい。


「今の俺だったら、こちらのさんと一緒に歩きたいですね」

 

 迷いなく、パンツスタイルの一華に手を差し伸べた。

 まるで王子様のようなしぐさ。


 店員がキャーと興奮している。


 もう、『たらし』の自覚無いから困る。

 そんなことされたら、思わず応えたくなっちゃうじゃない。


 龍輝の手に自分の手を重ねながらにっこりと笑いかけると、龍輝の瞳が褒められた子供のように無邪気になる。

 一仕事やり終えたような清々しい顔を見せられて、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、これにします」

 店員へそう言ってから付け加えた。

「あの、値札外していただけますか。これに着替えたいんですけれど」


 びっくりしたような龍輝の顔を見て、一華も余裕を取り戻す。

 悪戯っぽく笑いながら言った。

「だって、今日の気分を大切にしたいから」


「ああ。なるほど」

 納得したように頷いた後、素直に喜びを顕にする。


 もう、本当に、なんてわかりやすい人なの。

 

 一華はぎゅっと抱きしめたくなってしまう。


 可愛い。なんか、スッゴク可愛い。


 そして、意味深な笑みを浮かべた。


 さあ、準備完了。

 この後は、水島さんの番よ!



 黒からターコイズブルーに変化へんげした一華。

 龍輝と並んで歩きだそうとして、ふと思い出したように呟いた。


「そう言えば……」

「どうかしましたか?」

「あの……名前……」

「え?」

「下の名前で呼んでくださって……嬉しかったです」

「あ、ああ、すみません」


 きょとんと丸くなった目が、事態を理解してアワアワと揺れ動いた。


「すみません! つい……鮮やかな色に着替えた草間さんを見たら、お名前の『一華さん』と言う響きを思い出して、ピッタリだなぁなどと考えていたものですから、そのまま口に出してしまいました。お伺いもせずに勝手に呼んでしまってすみませんでした」


 焦ってペコリと頭を下げた龍輝に、一華は慌てて付け加えた。


「いえ、嬉しかったんです。だから、そのまま一華と呼んでいただけたらと思って」

「いいんですか?」

「はい」


 ほうっと安堵のため息一つ。直ぐに満面の笑みに変わる。


「じゃあ、俺のことも龍輝と呼んでください!」

「よろしいんですか?」

「ええ。その方が親しみが籠っていていいですよね」

「うふ、嬉しいです」


 こんなに早く名前呼びまで進展できると思っていなかったので、嬉しいけれどちょっと意外に思う一華。


 うーん……女性慣れしていないように見えて、案外デート慣れしているみたいね。

『無自覚たらし』のレベルを超えて『無自覚プレイボーイ』だったらどうしよう。


 一瞬、そんな不安が湧き上がってきたが、即座に否定した。

 

 ちょっと違うかも。

 これは多分水島さんが元々持っているオープンな性格のおかげみたいね。

 それに……名前の響きがピッタリなんて。

 この前は単なる漢字のイメージでしか言って無かったのに、今日はちゃんと私と重ねてくれたのね! 

 これって凄い進化だよね。

 

 うふふ、嬉しい。 


 さり気なく龍輝の腕に手を添えて、にっこりとおねだりした。


「水島さん、あっ、龍輝さん」


 二人で見つめ合ってにこり。


「今度は龍輝さんのお洋服を見たいです」

「え、男性物なんか見てもつまらないと思いますよ」


 心底不思議そうな龍輝に、艶やかに笑いかける。


「そんなこと無いです。男性物を見るのも楽しいんです。おしゃれにタブーはありませんから、なんでもヒントになるんですよ。マニッシュに着こなしたい時なんか特に」


「マッシュルーム?」


「あはは。ちょっと違うかな。マニッシュ(mannish)は英語で「男性のような」と言う意味があるんです。つまり、男性物を女性がかっこよく着こなすことを言うんですよ」


「へー。色々ファッション用語も難しいですね。未知の世界だ」

「覗いて見ますか?」

「そう言うことなら、行ってみましょう」


 

 こちらもリサーチ済みの一華。さり気なく商品を手に取って龍輝に勧めていく。


「もしよかったら、あの……龍輝さんも試着されませんか。洋服は実際に着心地をみないとわからないことばかりなんですよ。ほんの少しのパターンの違いと、自分の体形のマッチングが上手くいかないと、着ていて違和感を感じてしまうんです。そうすると、箪笥の肥やしになってしまうから」


「なるほど。俺はいつもテキトーで。会社は白衣に着替えてしまうからラフな格好ばかりだし、着て行くところも無いから数枚あれば事足りるし。必要最低限しか持っていないかも。だから今日は何を着たらいいか凄く困りました」


 眉をハの字にして頭をかく龍輝。

 その仕草にまたもやキュンとさせられる一華。


 うん、わかってる。

 だから、今日は龍輝さんの洋服を選ぶのを楽しみにしていたんだから。


 やる気と目論見が当たった高揚感で、つい頬が緩んでしまう。そんな一華にトドメの一言が降ってきた。


「でも、これから一華さんと出かけることを考えたら、少し増やしておきたいですね」 


 ああ……ちゃんとを考えてくれている!


「よろしかったら、お手伝いさせてくださいませんか?」

「いいんですか! 良かったー。どうにも不慣れで」

 

 クシャリと笑った龍輝。

 喜びが素直にだだ漏れの瞳に、一華の母性がくすぐられる。


 なんか、物凄く頼りにされてるんだけど……でも、こういうの嫌じゃないわ。


 普段だったらバッサバッサと辛口判定しがちな一華だったが、龍輝にはついつい甘々になってしまうようだ。

 

 こんな風にさらりと弱みを見せられても、カッコ悪いとか、頼りがいが無いとか思わないのよね。

 不思議な男性ひとだわ。

 うふふ。でもこれで堂々と洋服を選べるわね。


 心の中でガッツポーズしながら、喜々として服を選び始めた。 

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