第17話 仕掛ける

 次はどこへ行こうかと相談しながら、ヘアサロンを後にする。

 なんとなくそぞろ歩きながらも、もう一つ目的の残っている一華は、さり気なく龍輝を誘導していた。

 

 行き先はもちろん『ラシーヴァ』。

 ラテン語の『遊び心』と言う名を冠するこの巨大な施設は、ショッピングモールと劇場や美術館が併設された、正に芸術と流行の最先端のような場所だった。

 建物の屋上庭園は、都会にありながらも緑の多い空間。縁結び神社もあってデートコースとしても人気の高い場所である。


「あの、水島さん。ちょっとだけ洋服見てもいいですか?」

 遠慮がちに尋ねてみれば、予想通り龍輝は嫌な顔一つせずに頷いてくれる。


「このお店、前から覗いてみたくて」 

 地方発のブランド『MIYABI』の東京第一号店。最近オープンしたばかりで、シンプルなデザインの中に大人の女性の可憐さと、毅然とした美が込められている。

 最近では珍しいメイドインジャパンクオリティだ。 


 一華が店内に入ろうとすると、龍輝が近くのベンチを指さした。 

「俺はあそこで待っていますから、心ゆくまで見て来てください」

「ありがとうございます」


 そう言いながらも、実はお目当ての品は決まっている。

 柔らかなシアー素材のシャツワンピースと、裾のドレープが美しいターコイズブルーのタンクトップに、センターラインの白いパンツを合わせたセット。

 今着ている黒のシックなワンピースとは違う雰囲気。

 

 どちらも欲しいから、いつもだったら両方とも一気買いするのだが、今回は作戦の一貫として、どちらにするか龍輝に選んでもらおうと思っていた。

 別に彼のセンスを見るためでは無い。この後の計画をスムーズに決行するための布石。


「あの……水島さん」

 再度龍輝の元へ行くと、困ったような表情を浮かべる。


「実は二つから選べなくて。もしよかったら水島さんにもアドバイスをいただきたいんですけれど」

「ええ! 俺なんかのセンスじゃだめですよ」

「いえ、その……水島さんはどちらがお好きかなと思いまして」

 あざとくならないように意識しながら言ってみる。


 実はこれ、とても危険な行為だ。

『この女、俺に気があるな』と思われて、恋においての主導権を相手に握られてしまいかねない愚行。

 そう思っているから、いつもの一華だったら絶対にやらない。


 でも龍輝は……言葉通りにしか受け取っていないようだ。「わかりました」と決意を込めて頷く。


「俺なんかの意見で良ければ」

「ありがとうございます!」

 目論見通りの進捗に喜びつつも、順調すぎてふと不安を覚える。


 うーん。やっぱり水島さんって鈍いのかな?

 それとも女性慣れしていないから、駆け引きに気づかないだけ?

 もしかして超イエスマンで簡単に詐欺に引っかかっちゃうタイプだったりして!


 ううん。違う。

 彼は物凄く純粋で誠実なだけ……


 楽しげに踊る瞳を見上げて一華は確信する。


 彼は直感的にわかってるんだわ。

 わかっていてノッてくれている。

 

 だから、つい期待してしまうの。

 

 彼とはずっと並んで歩いて行かれそうって―――



 試着室の前で所在なげに佇む龍輝に、店員が気を配って話しかけているのが聞こえる。 

 一華は大急ぎで一着目のシャツワンピースを着ると、静かにカーテンを開けた。


「お……」

 真正面から捉えてきた龍輝の目が楽しそうに煌めいた。


「綺麗な水色で夏らしくて爽やかですね。モデルさんみたいです」

「そんな……嬉しいです」

 あまりにも真剣に見つめられて、吸い込まれそうな感覚になる。


「クルって、回転してみてもらえますか?」

「え?」

「後ろも見たいなと」

「ああ、わかりました」

 一華は慌ててひらりと裾を揺らしてから振り返った。


「これで、いいですか?」

「おお。優雅ですね。凄く似合っています」

「ありがとうございます」

 一気に気恥ずかしさが沸き上がってきて、頬が染まる。


 男性の視線にどう映るのか。いつも綿密に計算して振る舞っていた一華にとって、予想外の感情。

 龍輝に見つめられた途端、冷静さが淡雪のように解けてしまった。

 代わりにマグマのように駆け巡る血流。


 思ってもみなかった自分の反応に驚いた。


 やだ。私ったら、何を舞い上がっているの?

 男性に見つめられるなんて、慣れていることなのに……


「もう一つも着てみますね」

 隠れるように試着室に入って、二つ目のツーピースに着替えた。


「おお、今度はパンツスタイル。新鮮でいいですね」


 すうっと背筋を伸ばして軽く腕を組んだ龍輝の立ち姿を美しいと思った。

 

 自分で仕掛けたはずなのに。

 こんなはずじゃなかったのに。

 

 熱が冷めない―――


 そっか……初めてだからだわ。


 こんなに綺麗な曇りの無い瞳に見つめられたのは。

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