第14話 彼のワードローブ
待ち合わせ当日の日曜日、午前十一時三十分。
予約しているヘアサロンと同じビルの二階には、『フォアグラオムレツ』で有名なフランス料理店『ル・シエル』が入っている。フランス料理と言ってもランチはリーズナブルでハードルも高く無い。水島さんも大丈夫なはず、と一華は考えていた。
予想通り、今回は身だしなみに気を使ってきたようだ。
にもかかわらず、一華の心にはダメ出しの言葉が膨れあがる。
努力の後は見られるわね。
でも……これじゃサラリーマンの我慢大会だわ。
フランス料理と言う言葉に引きづられてしまったのだろうか。
暑い夏の日差しの中にも関わらず、長袖の白シャツに紺ブレ。濃紺ジーンズ。
見ている方が暑く感じてしまうが、本人は涼しい顔をしていて汗だくでも無いようだ。
ちゃんとアイロンが当てられた襟元は、清潔感すら醸し出していた。
うーん、無難。その一言に尽きるわね。
きっと彼のワードローブには、学生の頃からずーっと変わらずに、ごくごくオーソドックスなジーンズとスラックスとシャツとポロシャツとTシャツとブレザーが掛かっているに違いないわ。
つまらなそう。
鬱陶しく目を隠していた長い前髪を誤魔化すために、ムースで固めてオールバックにしているのもビジネスマン風に拍車をかけていた。
別に美しいおでこだから出してもいいんだけれどね。なんかぴちっとし過ぎてて無機質な感じ。
全体的にもう少し、抜け感が欲しいのよね。
折角スタイルがいいんだから。もっとモード感も欲しいところ。
そこまで考えてにっこりする。
でも……今日はこれから変身タイムよ。楽しみだわ。
笑顔の裏の本音を知らない龍輝は、屈託の無い笑みを見せながらレストランの扉を抑えてエスコートしてくれる。
うん。こういうところは合格!
そして、今日も笑い皺がキュート!
彩豊かで繊細なフランス料理に、目も舌も満たされる。
痩せの大食い傾向の水島さんでは、この量では物足りなかったかしらと気になっていたが、目を輝かせながらゆっくりと噛みしめている様子に、好感度がまた一つあがった。
この間の豪快な食べ方も気持ち良かったけれど、今日の一つ一つ大切に味わう食べ方はもっと好き。
こういうところにも、彼の何事にも全力で楽しむ姿勢が垣間見えて、最初の日に感じたイメージは間違ってはいなかったと、自分の直感力に自信を深めた。
「美味しいですね。恥ずかしながら、それ以上の言葉が出てこない。それに見た目が美しい。色と形の調和を追及しているのが凄く伝わってきます」
今日も楽しそうに食レポを繰り広げる龍輝。加えてワインのテイストにまで言及。
「昼間から贅沢な気分です。このロゼはサクラの花ような香りがしますね。凄く飲みやすいから、グラスで良かったなと思いました。ボトルで頼んでいたらいくらでも飲めてしまいそうで危険ですね」
そう言ってキュートな笑い皺を見せた。
「お酒はお強いんですか?」
「普通だと思います。まあ、これくらいで顔に出ることは無いですが。草間さんはどうですか?」
「私も普通です」
内心で、本当は
お会計の段階になって、龍輝はまた自分が払うと言い出した。マッチングアプリの流れとしては定石。
わかってるわ。飯モクで無くても、デート三回目くらいまでは男性の方が奢る、あるいは多く出すのが一般的な考え方で、水島さんもそれを踏襲しているだけ。
でも……
つい、「今回は割り勘にしませんか」と声をかけた一華。
すると直ぐに答えが返ってくるかわりに、龍輝が真っ直ぐに一華の瞳を捉えてきた。
静かだが力ある眼光に、思わずぎゅっと胸を掴まれたような気持ちになる。
視線を外すことができずに、そのまま二人で数分見つめ合っていた。
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