プロデュース第一弾 馬子にも衣装なんて言わせない (一華side)
第13話 紅子の動画
「ありえない!」
一華は自室で叫んでいた。
龍輝との初顔合わせから一週間。結局一度も会うことはできなかった。
互いに仕事が忙しい身の上。予想はしていたことなのでそれ自体は問題無い。つまり、困惑理由は別のところにあるということ。
毎晩互いにLineのやりとりをしていた……のだが、龍輝から送られてくるのはベニクラゲの動画ばかり。
『草間さん、今日もお疲れ様でした。大変な一日を乗り越えるために、紅子の癒しの姿を送りますね。疲れた心にバッチリですよ。良い夢が見れますように。おやすみなさい』
前後の言葉は素敵なのよ。結構ロマンティックな言葉のチョイスで。
なかなかセンスいいなって思うの。
でも……紅子なんだよね!
一華はぽいっとベッドの上にスマホを放り投げた。
美顔器を片手に天井を見上げる。
クラゲ馬鹿と言う言葉が頭を巡った。
そう、これは推し活のようなものよ。彼はクラゲ推しだから、私にもその良さをわかって欲しいんだわ。
愛を深めるうえで、共通の話題や価値感を分かち合うのは大切なこと。
そう思っているからこそ、私に伝えようとしてくれているだけなのよ。
でも……ここで甘い顔をしてしまったら、この先ずーっとクラゲ三昧の日々に突入してしまうかもしれない。
それは嫌。そんな生活あり得ないわ。絶対考えられないんだから。
だったら、ここは毅然とした態度で、これ以上の情報はいらないと突っぱねるべきよね。
そう考えつつも、一番あり得ないと思っているのが自分の心の移ろいだった。
紅子、可愛い!
何度も何度も動画を見せられるうちに、一華の心にも紅子が浸食し始めていた。
フワフワと漂うベニクラゲ。一センチたらずの小さな生命が、必死で触手を動かしながら生きている姿は、奇跡のように感じる。水の中を縦横無尽に動き回っているようで、その実水流に流されているだけの切ない現実。
まるで自分自身の生き様を見せつけられているような、虚しさも感じてしまって。
一華はだんだんと紅子に感情移入していった。
いやいや、あり得ないから!
動画には指を触れないようにして、龍輝へ『おやすみ』のスタンプを送る。
すると、珍しく直ぐに既読がついた。
「おっ」
これまた珍しく直ぐにメッセージが届く。
『草間さん、おやすみ前にすみません。明日は仕事なんですが、明後日の日曜日はお休みできそうです。良かったら、一緒に出かけませんか?』
「きたー!」
一華は小さく叫んで跳ね起きる。呼吸を整えてからタップ。
そして、ニヤリと意味深な笑みを浮かべた。
『明後日、是非お会いしたいです。できればこの間より長くお話したいのですが、生憎お昼の後ヘアサロンの予約を入れていまして。でもやっぱりランチをご一緒したいです。もしよろしければ、一緒にランチもヘアサロンも行きませんか? セットだけなのでそれほどお時間取らせませんので。ご一緒できたら嬉しいのですが……ああ、でもそれは私のわがままですね。ごめんなさい』
コテコテにあざといメールを送ってみる。
さて、なんと返ってくるかしら。ランチだけとか、ヘアサロンの後でとか言ってくるのが普通のパターンよね。男性は女性の用事に付き合わされるのはあまり好きでないから。
でも、彼なら……
『別にいいですよ。ヘアサロンの間、待合室でお待ちしています。そうすれば、その後もご一緒できますし』
よっしゃー!
誰の視線も無いと言う気安さで、一華は思わずガッツポーズをした。
普段、外では絶対に見せない姿。
『水島さん、ありがとうございます。嬉しいです。楽しみにしています』
『そう言っていただけて、俺も嬉しいです。お誘いして良かった。こちらこそよろしくお願いします』
律儀な龍輝の返信の後、互いに『おやすみなさい』のスタンプを送り合った。
一華はもう一度満足そうに微笑む。
うふふ。ヘアサロンと言うのは、私のためじゃ無いんだな。これが。
忙しい水島さんは、きっとまだ髪を切りに行かれていないわ。
だったら、一緒に行って私好みの髪型にしちゃうんだからね。
腕が鳴るわーと思わず両手を組み合わせた。
行きつけのスタイリストさんには既に予約済みだった。龍輝とのデートが無ければ、普通に自分がスタイリングしてもらおうと考えていたが、チャンスが上手く到来した。
あの、ぼさぼさで手入れされていない髪は折角の面差しを台無しにしている。
もったいなくてもったいなくて、ムズムズしていたのよね。
私好みの、スタイリッシュな髪型に変身させよう。
一華ははしゃぐ心のまま、当日着て行く洋服を選び始めた。
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