第11話 出会えて良かった

 新しい事にチャレンジする時、龍輝はいつも興奮する。

 でも今日は、いつもとは比べ物にならないくらい気分が高揚していることに気づく。


 徹夜のせいか、目の前の女性の美しさシンメトリーのせいか。

 

 早速、自慢の観察眼を駆使して、一華を頭から爪先まで分析し始めた。


※()内は龍輝脳内の声


 隙のない流れるような動き。

(まるでイルカのような無駄のない動きだな!)


 サラサラの黒髪を無造作に結い上げた姿は、セクシーでエレガント。

(おお、正にポニーの尻尾テールだ。しなやかで美しい!)


 上品なアイボリーのサマーセーターには水玉状に小さなビジュー。ほど良い透け感があって、きちんとしているのに色気も漂う。

 軽やかなブラウン系のロングスカートの裾が踊れば、引き締まった足首とストラップサンダルがチラチラと見え隠れする。全容が見えないからこそ膨らむ美脚の想像。


(なんと、タコクラゲと同じファッションだ! 水玉模様に茶色。可愛らしさと落ち着きを両立した組み合わせが最高なんだよね。極めつけは優雅にチラチラと踊る口腕の先。なんとも言えず魅力的で……ichikaさん、なんてセンスがいいんだろう)


 全てに計算されたような美しさを見せつけれられて、一瞬声も出なかった。


 そしてふと、自分の服装に気づく。

 これはデートにふさわしい恰好では無かった。待たせてしまうよりはいいだろうと思っていたが、相手の女性の洗練された格好を見れば、恋愛初心者の龍輝にも、ふさわしくないことくらいはっきりわかる。


 申し訳なさでいっぱいになり、慌てて弁明を始めてしまった。

 それは龍輝にしては珍しく、支離滅裂な説明の言葉。いつもはもっと理路整然と説明するのに。

 

 それにもかかわらず、ichikaさんは微笑みながら言ってくれた。

『大丈夫ですよ。徹夜でお仕事だったんですか? 大変でしたね』


 なんて出来た女性ひとなんだろうか。


 一気に気が楽になった龍輝は、急にお腹が空いたことに気づく。

 人間の体とは正直なものだと思いながら、ichikaにも声をかけた。


『お腹空いていませんか? 俺ぺこぺこで。良かったら食べながらお話しませんか?』


 直ぐに相槌を打ってくれた彼女に安心して、龍輝は落ち着きを取り戻した。せめて、ここからは挽回しないとな。

 相手の目を見ながら話すこと。相手が望んでいることを想像すること。

 それは、いつも生き物相手に龍輝が心がけている心得。


 言葉の通じない海の生物は、相手から自分の希望を伝えてくれることは無い。

 だからこそ、こちらが気を配り気を付けてあげなければ、アッと言う間に命を終えてしまう可能性もあるのだ。

 デートにだって、これは応用できるはずだと龍輝は考えた。


 心を込めて一生懸命、目を見て話していたら…… 

 

『あの……紅子さんの出産って、一体どんな生き物なんですか?』


 ichikaの投げかけたこの質問は、龍輝の脳内に直接響いてきた。

 あまりの嬉しさに、全身にスパークルが弾けた。


 なんと言うことだ!

 ichikaさんが俺の仕事に興味を持ってくれるなんて。

 自ら紅子のことに触れてくれるなんて、夢のようだ。


 五十嵐さん、あなたは神です! 

 先輩のお陰で、同じ趣味の女性と出会うことができました! 


 紅子のことを喜々として語りながら、龍輝は初めて女性と心が通じ合ったような喜びを噛みしめていた。


 好きなことを話した時、困惑顔をされないってだけでこんなに嬉しい気持ちになるんだな。


 すっかり舞い上がった龍輝。

 料理が届くまで延々と、紅子のことを話し続けた。


 未だかつてこんなに長い時間、龍輝の話を笑顔で聞き続けてくれた女性はいなかった———


 ichikaさん、すげぇいい女性ひと

 出会えて良かった。



 『 今度は恋を極めたい(龍輝side)』 了

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