今度は恋を極めたい(龍輝side)

第8話 修行僧か!?

 子どもの頃から、目に入ること全てが面白くて仕方なかった。

 どうして? なんで?

 そう思うと夢中になって調べる。わかった時の爽快感が癖になる。

 だからまた、楽しくなって極める。

 そんなことを繰り返していたら、いつの間にか三十二歳になっていた―――


 ふよふよと漂うベニクラゲを見つめながら、水島龍輝みずしまりゅうきは、ふと自らを振り返ってみた。


 大学で細胞生物学を学んでいる時に、スキューバダイビングで海の魅力に目覚めた。どちらの好奇心も満足できるようなことを求めていたら、海洋生物の製品化と言う面白い話を聞いて、この研究所へ応募したのだった。

 熱意が認められ、採用されて早五年。大変だけれど充実した楽しい毎日だ。


 だが、そろそろ新しいことにチャレンジしたいと思い始めてもいた。

 新しいこと、なんだろう?


 珍しくぼうーっと白衣で考え込んでいた龍輝に、先輩社員の五十嵐保いがらしたもつが声をかけてきた。長らく彼女がいない、出会いが無いと叫んでいたが、先月念願かなって結婚したばかり。幸せオーラが漂っている。


「よう、水島。珍しくぼーっとしてんじゃねえかよ」

「はあ」

「何? もしかして、恋煩い? とうとうお前も彼女ができたのか?」

「恋……」


 その言葉を聞いて、龍輝は初めて自分がまだ恋をしたことが無いと思い出した。


 そうだ。俺はまだ恋にチャレンジしていないぞ。これは新しい分野だ。

 でも、恋ってものは、自分一人ではできないし、自分だけが想っていて成立する話でも無いよな。どうやって始めたらいいのかな?


 真剣に考え始めた龍輝をみて、五十嵐が本気で心配を始めた。


「おい、どうした。もしかして酷い女にでもひっかかったか? お前そう言うの経験少なそうだから、危なっかしい気がしていたんだよ」

「いえ、五十嵐さん、俺、まだ恋したこと無いんですよ」

「へ? 人間にって、なんだそれ」

「一度も、恋したこと無いんです」

「……お前、いくつだっけ?」

「三十二です」

「三十二になるまで恋したことが無い。マジで? 綺麗な女の子見て、この子とイチャコラしてみたいとか思ったことねえのか?」


 女の子への興味―——

 確かに、今までは目の前の面白いことにばかり気がいっていて考える間が無かった。別に女の子とイチャコラしたくないわけではないけれど、それより面白いことがいっぱいあったから、二の次、三の次になっていたんだよな。


「……無かっです」


 五十嵐が戸惑ったような顔になる。


「あー、つまりそれって、三次元の、生身の女とデートしたことが無いって意味だろ?」

「デート……それは女性と二人で出かけること、という解釈でいいですか」

「そうだな。一般的にはそういう状況を指し示すな」


「それならありますよ」

「あんのかよ。えっ、それなのになんにも思わず、なんの進展も無かったと?」

「そうですねぇ」

「でも普通さ、二人っきりでいたらドキドキっとか、むらむらっとかするだろ」

「……そんなのありませんでしたね」

「お前は修行僧か!? いや、生殖能力を持つ生物としてありえねぇわ」


 龍輝は記憶を辿ってみる。

 女の子と二人で出かけたことは何回かある。

 一緒に水族館や映画に行ったことがあるし、ダイビングで出会った女の子からは連絡が頻繁に来ていたし。

 でも、話しているうちにだんだん疲れた顔になって、そのうちお誘いがかからなくなっていったっけ? 

 

「お前は顔もスタイルも結構いいんだからさ。女の方から積極的に迫られたこととかあるんじゃねえの?」

「んー、ハグとかキス以上のことは無いですよ」

「ハグとかキスって、それは十分迫られていると思うんだが」

「え! そうだったんですか。お酒にはボディタッチコミュニケーション率を高める効果があるんだなと思っていました」

「……」


 五十嵐がガバリと龍輝の首を絞める。

「おんまえ! なんだ、その、自慢話が自慢話になっていない残念エピソードは! これ見よがしに自慢されるよりも腹がたつ!」

「わわわ……すみません。五十嵐さん」

「ふーっ。まあ、そんなお前に恋した女の子の方が哀れだな。で、どうするんだよ。水島。このまま恋もせずに一生一人で水槽見つめて生きていくつもりか?」


 五十嵐は手を緩めながら問いかける。

 龍輝はきっぱりと宣言した。


「いえ、恋、体験してみたいです」

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