第7話 変化球だらけの男
一気に心の熱が冷めるのを感じて、一華の冷静さが戻った。
リュウキさん、『次回は無し』っと。
結論は出たので、ここからは単なる消化タイムとなった。
だが、常に己の生き方に完璧を求める一華。無意識レベルでも優雅な対応は忘れない。
「そ、そうですね。ベニクラゲ、凄く神秘的ですね」
全く興味を持てないベニクラゲの話題にも、必死に愛想笑いを張り付けて頷いた。
ところが、それをリュウキは『関心あり』と受け取ったらしい。
物凄く熱い口調で、ベニクラゲの生態や特異性、その研究がどんなことに役立つかを説明し始めた。
話は学術的な用語に溢れていて、一華の耳には全然入ってこない。
早く、ランチこないかな~
流石の一華も笑顔が引き攣る。
スペック高そうな男性なのに、彼女が居ない理由はこれね。
学者肌と言えば聞こえはいいが、筋金入りのオタク。
しかも、スイッチが入ってしまうと止まらないタイプ。
いくら光る原石でも、彼を磨くのは不可能だろう。
先ほどまでのプロデューサーモードはどこへやら。
一華は途中からあくびをかみ殺すことだけに、全神経を集中させていた。
上げ続けている口角のせいで、頬が痛くなってくる。
ランチ食べ終わるまでの辛抱よ。そうしたら笑顔でバイバイよ。
待望のランチが到着。ようやく口を閉じたリュウキは、目の前の皿をぐるりと見まわしてご満悦だ。ピザやサラダ、スープまで狭いテーブルに犇めいている。
そのまま食べ始めるのかと思いきや、ウェイターに小皿を手配して、屈託なく笑った。
「良かったら、ichikaさんも少し味見されませんか?」
まっさらなスプーンとフォークで手早くピザとサラダを取り分けてくれた。
「え、よろしいんですか?」
内心、カロリーオーバーを気にしながらも、予想外の気遣いに思わず皿を受け取ってしまった。
「はい。最初からそのつもりだったので」
なんの気負いもなくそう言って笑うと、「いただきます!」と手を合わせた。
「いただきます」
一華も一緒に唱えて、受け取ったサラダから食べ始める。
今日はセットメニューに甘んじていたのだが、本来の一華の食生活はサラダから食べるようにしている。だから、水島の厚意が凄く嬉しかった。
何なの! この変化球だらけの男は!
油断していると思わぬパンチを繰り出してくるリュウキに、またもや振り回され始めた一華の心。
シャキシャキとした野菜の歯ごたえを楽しみながらも、一華はまた彼を意識せずにはいられなかった。
ベニクラゲ談義をストップしたリュウキ。その食べっぷりは見事というくらい豪快で爽快。
パクパクと料理を放り込んでは、美味しそうに、嬉しそうに食レポしている。
「うお、これ旨い。ichikaさん、このピザ、カリカリしていて美味しいですよ。チーズはもっちりでハーモニーが最高です。サラダのドレッシングも爽やかですね。シーフードも新鮮でぷりっぷり」
そんなリュウキの様子は、一華の妄想力を刺激する。
私がお料理を作ってあげたら、こんな風に褒めながら食べてくれるかしら?
それはきっと、とっても嬉しいに違いないと思った。
リュウキさんって、なんだか憎めなくて可愛い
だだ下っていたモチベが急上昇。ゲンキンな心に思わず笑ってしまう。
「ん? 何かおかしかったですか?」
スパゲッティーを頬張った後、慌ててゴクンと飲み込んだリュウキが、不思議そうに尋ねてくる。
「いえ、美味しそうに召し上がっているのを見て嬉しくなったんです」
「あ、なんだか俺ばかり食べていてすみません。サラダもピザも食べきっちゃった……」
しょぼんとした様子で、フォークを降ろした。
「そんな……御裾分けありがとうございました。美味しかったです。でも、もう私はお腹いっぱいですからお気遣いなく」
「ichikaさんは優しい方ですね。良かった。どんな方だろうとドキドキしていたんですよ。だからichikaさんで良かったです」
心からの笑顔と共に真っ直ぐにそんな言葉を投げられて、一華の目が丸くなる。
何の躊躇もなく断言する姿には『たらし』の才能さえ感じられて、プロデューサーモードがムクムクと復活してきたのだ。
そっか。リュウキさんって、単なるオタクじゃないんだわ。
そんな一面的な話じゃなくって、もっと広くて深い情熱の持ち主。
いつでも全力で楽しんでいる人なんだ!
心の鍵穴にカチリと鍵がハマったような感覚。
そうよ。私が求めていたものはこれなんだわ!
彼なら私を満たしてくれるかもしれない———
再び芽生えた希望。
でも、今のままじゃ宝の持ち腐れね。
ふふふ。決めた!
私があなたを、
一華は静かにほくそ笑んだ。
『予想外? いいえ、想定内です!』了
【作者より】
お忙しい中、ここまで読み進めてくださいましてありがとうございますm(_ _)m
コメディ要素いっぱいですので、笑っていただけたら嬉しいです。
次の章は龍輝サイドになります(笑)
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