第5話 そういうことだったのね!
そう言えば、まだ互いに詳しい自己紹介はしていなかったわね。
条件反射的に名刺に手をかけた一華に、リュウキが弾んだ声で提案してきた。
「お腹空いていませんか? 俺ぺこぺこで。良かったら食べながらお話しませんか?」
「そうしましょう」と相槌を打ちながら、慌てて名刺を戻す。
二回目のデートを考えられない相手に、わざわざ自分のことを詳しく教える必要は無いと気づいた。
一つしかないメニュー表をさっさと広げたリュウキ。素早く目を通している。
よっぽどお腹が空いているのだろうとぼんやりと見つめていた一華の目の前に、文字の向きを合わせたメニュー表が差し出された。
「あ、ありがとうございます」
目を見開いて礼を言う一華に、覆いかぶさった前髪の奥からニコリと微笑んだリュウキ。
「何が食べたいですか? 日替わりランチだとここからサイドメニューが選べるみたいですよ。単品が良かったらこのページ」
メニューの見方まで説明してくれる。
え! 何、この気配り。なんか意外なんですけれど。
胸の奥がきゅんと鳴った。
いやいや、待って!
これくらいのこと、初デートで男性側が気を配るのは当たり前のことよ。
きゅんとしたのは、ギャップが大きかったから。
最初の印象があまりにもズボラだったから、普通のことをしただけで、カッコ良く見えてしまっただけだわ。
メニューを見るフリをしながら、一華はチラリとリュウキを盗み見た。
やっぱり前髪が邪魔だ。
でも、その隙間からこちらを真っ直ぐに見つめている曇りなき瞳に気づいた途端、急に体温が跳ね上がる。
何、この人。
こんなに無防備な、人の良さそうな笑顔を向けられたら落ち着かなくなっちゃうじゃないのよ。
しかも……笑い皺が……なんか可愛い。
なぜだかわからないが、その笑い皺にズギュンと心を持っていかれてしまった。
どうしよう。リュウキさん、思ったよりいいかもしれない。
頭ではダメ出しのオンパレードなのに、何故か心は惹きつけられる。
一華は、自分の頭と心の乖離に戸惑っていた。
いつでも理性的で理論的に考えられるのに。
どう見てもダサ男のリュウキに、なぜこんな気持ちになったのか。
理由を知りたくて、その後もチラリチラリと彼を盗み見る。
詐欺とまではいかないけれど、プロフィール写真と今とでは面差しが大分違う。
あれは若かりし頃の写真だったらしい。
ううう……気をつけていたつもりだったのに。
私としたことが、見抜けなかったわ。
性癖ど真ん中の浅黒い筋肉質な写真姿に舞い上がってしまっていたようね。
騙された! と内心では憤慨している。
だから彼のことはもう候補者リストから外そうと思っているのに、なぜか心がそれを拒否している。
自分で自分が不思議で仕方ない。その理由を探して、一華は観察を続けた。
肌は乾燥でカサついているし頬もこけ気味。写真の頃よりもだいぶ痩せてしまっている。
かつての日焼けした肌は跡形も残っていない。すっかり色が抜けてしまっていて、むしろ色白だ。
仕事が忙しいのかな?
昨晩徹夜って言っていたし、きっと長時間労働や不規則な勤務のせいでやつれてしまったのだろうと思った。
それだけ一生懸命仕事に向き合っている真面目な男性の証拠と思えば、まあ、許せないことも無いかな。
その時、ふとメニューを支える指がとても細くて綺麗なことに気づく。
器用そうな指先!
その先、細くても筋肉質な腕を見た瞬間、一華の人体計測センサーが猛烈稼働を始めた。
ピコピコピコっと脳内に彼の立体画像を浮かび上がらせる。
この腕の細さから考えると、シックスパックは望めないわね。
でも、頭の大きさ、肩幅の広さ、腰の細さ。手足の長さのバランスは悪くないわ。
やせ過ぎなのは、私のバランス栄養メニューを食べさせればなんとかなるはず。
髪質も悪くないからうっとうしい前髪を切って整えれば問題なし。
切れ長の瞳には誠実な光が宿っているし、鼻筋は真っ直ぐ。少し薄い唇はシャープな印象。
うん。好みの顔だちなのは認めよう。
何よりも笑うとできる笑い皺がいい。
これは少し歳をとったからこそ生まれた魅力。
将来ロマンスグレーの激渋ダンディになれる可能性大!
ふふふ……
何とも言えない喜びが沸き上がってきた。
そうか。そういうことだったのね!
想像していたような完璧彼氏じゃ無かったけれど……彼は磨けば光る原石なんだわ!
そして私は、その将来性に反応していたということ!
あそこをああしてここをこうして―――私がプロデュースすれば、アッと言う間に変身させられるに違いない。
しかも、私好みの『
それって、最高!
一華はのびしろだらけの男性に新たな可能性を見い出して、喜びに打ち震えた。
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