第4話 自信喪失

 ほっとしたように共に腰を下ろしたリュウキ。

 今ようやく気づいたかのように、鬱陶しい前髪を掻き上げた。顕になった涼やかな目元。一華の瞳と真正面から鉢合わせると、焦ったように釈明をし始める。


「すみません。昨夜急に紅子の出産が始まってしまったので。徹夜で撮影をしていたものですから、時間に遅れそうになって飛び出してきてしまいました」


 紅子? 出産? 撮影?

 

 その言葉に、サーッと一華が青ざめた。


 この男は既婚者だったのか! 身重の奥さんを置いてマッチングアプリ!

 セフレでも探しているのか! 

 出産の撮影って何! 変態か!

 いや、ちょっと待って、私の脳内!


 いきなり暴走した妄想に、一華自身が驚いた。

 アプリの危険性を知っている分、危機管理意識が異常に働いてしまったようだ。

 思った以上に警戒してテンパっている自分に今更ながら気づく。

 

 ああ、びっくりした。

 

 ふうーっ、と小さく息を吐き出す。


 落ち着いて推理していこう。

 プロフの中で彼は研究所勤務とあったわ。だからきっと、リュウキさんは生き物相手の研究をしていて、昨夜は『紅子』と名付けた生物の出産が急に始まったから、そのデータを集めるのに大変だったと言いたかったに違いないわ。

 うん、きっとこの推測で合っているはず。


 とは言え、俄かに不安になる。


 この人、本当は会話能力無いのかしら?

 それに、紅子って。センスの欠片も感じられないんですけど。


 一華の反応に頓着無く、リュウキと名乗った男は弁明を続けた。


「研究所で一応シャワーは浴びてきたんですけど、大丈夫でしょうか? 臭くないですか?」


 自分の匂いをふんふんと嗅ぎながらそう言ってくるリュウキは、良い言い方をすれば率直。悪い言い方をすればムード台無し。

 これからも、ロマンティックなデートは望めそうも無いと密かに採点を下す。


 少し余裕を取り戻した一華は、営業スマイルを張り付け直して労った。


「大丈夫ですよ。徹夜でお仕事だったんですか? 大変でしたね」

 

「ああ、そう言ってもらえてほっとしました。そうなんですよ。生き物相手は一筋縄ではいかなくて、試行錯誤しています」


 ほらね、予想通りだったわ。


 謎が一つ解けてほっとした。



 それにしても……と心の中でため息をつく。


 目の前の男性、『完璧な彼氏スーパーダーリン』とは程遠い。


 おかしい。何をどう間違えたのだろう?


 数多の情報から完璧に読み解いて、を選んだつもりだった。

 それなのに。これは一体どういうことだろう……

 

 想像とは大きく違ったリュウキを見ながら、一華は自分の推察力に自信を失ってしまった。


 私の人を見る目って……まだまだね。

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