第3話 違和感

 自分の方が早く着いたと思っていた一華は、店の扉を開けた途端に届いた彼からのメッセージに、一気に緊張感を取り戻した。


『すみません。早く来すぎてしまいました。お店の右一番奥の席を取ってありますので、焦らずに来てください』

 

 待たせない男。第一印象としてはバッチリね。しかも席を取って連絡まで入れてくれる。気配りもあってなかなかいいじゃない。


 一華は幸先の良いスタートに思わずにっこりする。


 お店の右一番奥の席ってことは……


 クーラーの効いた店内。滲んでいた汗を抑えるふりをしながら、さり気なく周囲へと目を配った。

  

 右奥はラタンの衝立があって良く見えないけれど、模様の隙間から柔らかそうなふわふわの髪が少しだけ見えた。


 ナチュラルな髪型。うんうん。いい感じ。


「ファイト! 私」

 一華はそう独りごちると、背筋を伸ばして歩き始めた。コツコツと響くヒールの音が自信を添えてくれる。

 

 一歩手前で歩調を緩めて、視線だけ彼の背へ向ける。

 シンプルなストライプの長袖シャツ。捲り上げた袖から見えるのは細いけれど案外筋肉質な腕。肩幅は広くて背の高さを感じさせた。


 プロフィールに記入されていた身体的項目は偽りなさそうね。

 でも……なんだろう? 

 

 なんとなく感じる違和感。想像していたような溌溂とした雰囲気よりは、なんとなく引き締まらない感。ナチュラルなゆるふわヘアと言うよりは、自然乾燥しただけと言うはね具合に、一華の心に警報が鳴る。

 

 でも、ここまで来てしまったし、お話しくらいはするのが礼儀よね?


 意を決して彼の正面へと姿を現した。


「お待たせいたしました」

「あ、い、いえ」


 慌てて立ち上がった男性、予想通り一華より大分背が高い。背中を丸めて会釈する姿に、を思い出した。


 えっと、私、今なんでそんなものを思い出したのかしら!?


 一華は自分で自分にツッコミを入れながら、目の前の男性を観察する。 

 

 前髪が長すぎて隙間からしか見えない目。辛うじて髭はそってあるがアイロンの当たっていないシャツ。寄れた七分丈のチノパンにクタクタのスリッポン。

 およそデートらしからぬ恰好である。


 ヒールの高さを気にしないでも並んで歩けるって思ったけれど……何、これ?

 全然完璧じゃない! デートでこの格好? 

 あり得ない。あり得ないわ!


 なんとか合格点と思えたところは、背の高さとフワリと香ったシャンプーの匂いだけだった。


「!」

「あの? どうかされましたか?」

「すみません。人違いでした」

 ペコリと頭を下げて回れ右した一華に、男性は慌てたように言った。


「あの、『ichika』さんではありませんか?」

「……そうですけれど」

「申し遅れました。俺の名前は水島、あっ、『リュウキ』です」


 気づかないふりして立ち去ろうと思ったのに……

 

 一華は内心ガクリと肩を落としたが、直ぐに『完璧な女』の仮面を貼りつける。

 仕方が無いわね。ここはちゃんとお話ししてからお断りするのが流れってものよね。


「ああ、ごめんなさい。人違いでは無かったんですね。改めまして。『ichika』です。よろしくお願いします」

 にこやかな笑顔で微笑むと、彼の前に腰を下ろした。


 数時間の辛抱よ。私。

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