第2話 鍵穴がカチリと音を立てた
なんでも完璧を極める彼女は、どのアプリに登録するかも完璧にリサーチした。
口コミ、SNS、あらゆる角度から評判を読み解いて登録したのは二つ。
一つは結婚雑誌を出版している大手出版社が運営しているアプリ。
最短で結婚したいと考えている人が多そうだから。
もう一つはもう少しラフな感じのところ。まずは会って、互いを知り合って恋愛に発展していった先に結婚がある。そんな普通の恋愛結婚を望めそうなところ。
なるべく若くて柔らかく見える写真を選んで登録。プロフィールも趣味や好きな食べ物の話とか、当たり障りなく、且つ同じような嗜好の人との話題づくりができるように。
卒の無い戦略のおかげか、『いいね』がたくさんもらえた。
うふふ。私もまだまだ捨てたものじゃ無いわ。
でも、ここからが重要。
ヤリモク、飯モク、サクラに勧誘、結婚詐欺。危険回避には用心深さが必要だ。
自分を安売りするつもりもないから、相手のプロフを隅から隅まで見て推察する。
記述に矛盾は無いか。写真に悪意ある改竄は無いか。
怪しくは無くても、何をアプローチしたいのかわからない人もいるし、明らかにモリモリの写真の人もいる。会社のプレゼンの要領で、彼女はダメだししながら候補者の選別をかけていった。
そんな中、一華の第六感がピコーンと鳴ったプロフ主へアプローチしてみたのが、今日待ち合わせの男性だ。
海をバックに笑っている写真は、飾り気が無くて爽やか。
趣味のスキューバダイビングはやってみたいことの一つだったから、教えてもらえたらいいなとデートの想像もできた。
でも、直ぐに会うのは危険だ。
まずはお互いにメッセージ機能でのやり取り。
言葉遣いから想像できた人物像は、真面目で一生懸命。でも率直さも感じられて、ネクラや病的な雰囲気は感じられない。なかなか良い感触。
そこで、一華はわざと相手が困るようなトンデモ質問を投げかけてみた。
『貴方が生きる上で一番大切にしているのはどんなことですか?』
マッチングアプリでこんなことを聞く人など、他にいないだろう。
だが、これは一華なりの戦略。
何も考えてないチャラ男だったら、きっと敬遠して返事が来なくなるだろう。
普段から真面目に人の話を聞いていない人だったら、いい加減な答えを送ってくるはず。
相手をふるいにかけるのにうってつけの質問だと思っていた。
そんな、ちょっぴり意地悪な気持ちで送った言葉に、彼は真正面から言い切った。
『それは、完全なる生命へのあくなき探求心と情熱です』
一気にハートを掴まれた。
おお! 凄いわ。こんなことを恥ずかし気も無く言い切れるなんて。
きっと彼は常に努力を惜しまないストイックな人なのね。
そのうえ、こんな風に気負いなく真っ直ぐに言葉にできて、少年のように純粋な心と、ロマンティックな炎を絶やさない人なんだわ。
これはきっと、運命の出会いのはず。
心の鍵穴が、カチリと音を立てた。
『よろしかったらお会いしたいのですが』
迷わずにそう送信していた。
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