第4話 暁月の戦い
空気が透明なブルーブラックに移ろいつつあり、夜明けが近づくのがわかるが、曙光はまだまだ見えぬ刻(とき)。
月は次第に薄くなっていくも、まだ中天にあった。
高雲の流れは早い。
モンジェロ伯爵はすっかり動揺していた。伯父に天誅を下すべく派遣した精鋭兵三十名が全滅と聞いたからだ。今まさに戦場となる平原を見下ろす丘に布陣した直後であった。
「となれば、我が領土の背後は安全とは言えぬ。物見を背後にも配置せよ。いずれにせよ、我が都、モンジェロは不陥落の城塞都市ではあるが」
そこへアンニュイ。ジョルジュ、アッシュールらの龍馬が到着する。
モンジェロ伯爵は天誅失敗の件を告げた。
アンニュイはうなずき、
「そういう状況を想定して三人で来た。私がこの本陣に残ろう。ジョルジュ、アッシュール、お目付けがいないからと言って、暴れ過ぎないように」
アッシュールが唇を尖らせ、
「私がいつ暴れ過ぎた? この狂牛と一緒にしないでほしい」
「誰が牛だ? 私が狂牛ならお前はいかれたティラノザウルスだな」
「相変わらずだな。お前、それで気の利いたことを言ったつもりか」
「黙れ」
地平線が白み始め、曙光が差す。
アーリン伯爵の軍団が姿をあらわし始めた。
「いくぞ、アッシュール」
「でかい声を出すな、ジョルジュ」
二騎の龍馬が平原に向かって疾駆する。あっという間に丘を下り、平原の草を裂くように突っ走る。
走りながら遠望しつつ、アッシュールが、
「あからさまだな。到底、ロードの一辺境でしかないアーリンの辺境伯が持つような軍隊ではない」
ジョルジュは微苦笑し、
「ふ。ま、そんなところであろう。奴らの考えそうなことだ。じゃ、アッシュール、私はここで」
「うむ。こっちは私に任せろ」
ジョルジュの姿が消えた。音よりも速く去ったのだ。
「なんだ、あの騒ぎは」
モンジェロ伯爵が軍団の後方を振り向き、そう言った途端、火矢が炎雨となって降り注ぎ、砲弾の炸裂音が連続して数十も轟く。
アンニュイは落ち着き払って、
「どうやら、内部にも離反者がいたようですね。これではやはり街の方も危ない」
モンジェロ伯爵の動揺はさらに激しくなった。
「何と、我が街が、モンジェロが奇襲を受けると申されるか、しかし、我が城壁の都市は難攻不落。守備隊も待機している」
「事前に敵兵が潜伏していれば却って殺戮のコロシアムのようになってしまうでしょうね」
「そんなバカな、物見に様子を見させよう、誰かあるか」
「間に合いますかな。まず、後ろに点いた火を消し止めましょう」
そう言った瞬間には、既に龍馬を飛ばす。
アンニュイが到着すると、後陣の部隊は味方と思って後方を警戒していなかったため、不意を突かれ、大混乱であった。砲弾の数も凄い。
アンニュイがそれらをかわしながら、独りごつ。
「なるほど、一辺境伯が持つには不自然なほど潤沢な砲弾数だ。まるで、雨のように降らしてくれる」
モンジェロ伯の軍兵が次々斃れた。累々たる死屍。油を塗って鏃に火をつけた連射式の弩が間断なく飛んで来る。裂士には当たらない。全てを読むからだ。
アンニュイは神剣『虹の稲妻』を抜く。それは霓色に輝き、霓色の光を八方に放つ剣で、見るからに尋常ではない。
「裂っ!」
虹の稲妻を振ると、叢雲を集め、あちこちから幾十条もの霓色の稲妻が落ちる。たちまち謀反の兵士や将校ら合わせて数百が裂断された。
「これでよし」
モンジェロ伯爵は蒼白であった。
「信じられん、いや、話には聞いていたが、まさかこれほどとは。弩や砲兵の五、六百があっと言うに間に潰滅してしまった」
戻って来たのは飛び出してから、一分も経っていない。
「問題ありません。ご覧あれ、前方のアーリン軍推定八千もまもなく消えるでしょう」
「八千! そんなにいたのか」
「驚かれるのも無理はない。通常なら、アーリン伯の軍など、千もいるかどうか。こちらの千五百も相当無理してかき集めたでしょうが、どうやら先方は外国人傭兵がかなり混じっているようです」
「どこにそんな財源が」
そこへアッシュールが還って来た。
「アンニュイの言うとおり、ほとんど他国人、ただし、イ・シルヴィヱ人はいなかったな。
この辺りでは見かけない先鋭な武器を持つ者もいた」
モンジェロは震える声で、
「都市は無事であろうか」
アンニュイが冷たく微笑む。
「ご安心あれ。神速のジョルジュが既に着いているでしょう。
市街は戦いにくい場所ではあるが、事前に潜伏となれば。せいぜい千人くらい。ジョルジュならたちまち市内をくまなく廻って十分足らずで愚かな傭兵どもを殲滅するでしょう」
「愚かとは」
「金銭や権力など、損得で悪に与するものは愚かである。生きる意味も資格もない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます