第2話 ジョルジュ・サンディーニ、さらに糺す

「ならば、赦してやらなくもない」

「ほ、本当ですか」

「ただし」

「ただし……」

 そう言うマルゾの声は震えていた。ジョルジュは表情を変えず、

「お前も誰かに雇われているのであろう。その本部へ連れて行け」

 少し血の気が戻ったマンゾはまた蒼白になった。

「いえ、そ、そんな、ほ、本部なんて、そんなものはありません」

「そうか。ならば、今死ね」

「だって、ないものはないんです」

「いいよ。お前は死ぬだけだ。安心しろ、誰でも死ぬ。早いか、遅いか、それだけだ」

「ひええ、ご慈悲を」

「ならぬ」

 氣を臍下丹田に込める。煉られて青白い炎となった。その凄絶な殺伐。マルゾは死の畏怖に囚われ、腰が抜けた。立てなくなってどすんと坐り、失禁する。

「待って、待ってください、言います、言います」

「言う? だめだ。連れて行け」

「そんなことしたら、殺されます」

「大丈夫だ。全員殺してやる。人の命を尊ばぬ者の命を尊ぶ必要はない。人権を尊ばぬ者に人権は必要ない。他者の人権を尊ばぬこと、それは自らの人権の放棄だ。悪党に生きる資格はない」

「その場に全員いるとは限りませんよ」

「その際は、運命だと思って諦めよ。全てお前の非違行為のせいだ」

「あゝ、神様」

 案内された場所は場末の酒場の二階で、売春婦の部屋がならぶ中の、一つの部屋であった。ドアを蹴破って、ジョルジュが入る。

 兇悪な面構えの猛者が一斉に振り向く。

「何でえ、貴様は」

 壮麗な装いをした髪の長い騎士の登場にあぜんとしている。

 その面を見回せば、どいつもこいつも髭を蓄え、筋骨隆々か、太った巨漢であった。ただし、その中に一人だけ、痩せた小柄な男がいる。見るからに悪賢そうで、こいつが取り仕切っているとジョルジュは見た。 

「ジョルジュ・サンディーニ。名前ぐらいは聞いたことがあるか、闇の仕事の斡旋者ども。正確に言えば、マフィアのしのぎを稼ぐ者どもか」

「何だって、ジョルジュ…サンディーニ……」

「悪党ども、このマルゾが情報提供者だ」

「あ、お前、マルゾ、貴様、裏切ったな」

「い、いや、違うんで、これは」

「ふふ、馬鹿な奴らよ、これでお前らが闇稼業であることが証明できた。嘘偽りはなかったな、マルゾ。さ、どこへでも行け。だが、次はないぞ」

 マルゾは命懸けで走って逃げた。

「あ、待ちやがれ、マルゾ、この落とし前を」

「冗談を言うな、今から死ぬ者に何ができる」

 たちまち血飛沫、惨殺体のみとなる。十数名の屍骸が重なるのみ。敢えて痩せた小柄な男だけを残す。

「こなくそっ!」

 小男は窓を破って階下に落ちた。存外身軽で見事に着地し、脱兎のごとく奔る。

 ジョルジュは笑う。

「ふふ、思う壺だ。これで一網打尽にしてやる」

 そう、わざと逃したのだ。音よりも速いジョルジュが追いつけぬはずがないのだ。口笛を鳴らす。どこからともなく、狼が駆け上がって来た。

「ヴォルヴ、影のごとく奴を追え、神狼よ」

 狼は突如、消えた。いや、消えたように見えただけだ。まるで、存在を消したかのように、人の眼には見えぬよう影となって疾風のように男を追った。


「アンニュイ、すまなかった。待たせ過ぎたな」

 バーのスツールに坐って、プラチナ・ブロンドを床すれすれに垂らす、たおやかな騎士ジャン・マータ、通称〝アンニュイ〟は、小さな真鍮の容器で青い酒を啜っていた。かつては亡国エルロイペの聖少年騎士であった面影がある。

「どうせこうなるとわかっていた。思ったより早かったが、これからまた、続きをやるっていうストーリーか」

「そうだ。どうも、最近、安易な荒稼ぎを選ぶ者が増えているような気がしてならない。ここいらで粛清が必要だろう」

「戦場まではまだ遠い。さほど寄り道はできぬぞ」

「うむ、ヴォルヴがそろそろ戻って来るであろう。私にはわかる。彼女とは心が繋がっているのだ。妨害がない限りは」

「おや、ヴォルヴが女性だったとは」

「失礼なことを言うな。ふ、女同士、気が合うのさ」

「同性だからって気が合うとは限らないだろう。まあ、いい。報告とやらを聞いてから考えよう」

 

 さて、バーの他の客たちはすくんでいた。戦々兢々としていた。身の丈一九〇センチ近いアンニュイと一八〇超のジョルジュ、美々しくも怖しい剣を待った二人の殉真裂士がこの狭い空間にいるのである。

 最初、アンニュイが入って来た時は皆、眉を顰め、ひそひそと話した。「いや、まさかな…」

 だが、闘気を消すこともないジョルジュが入って来たときには震え上がった。

 しかも、この恐怖はさらに高まった。一匹の灰色の大きな狼が入って来たからだ。

「来たか、ヴォルヴ。どうだった」

 狼はジョルジュを見上げた。裂士はうなずく。

「ほう、城塞都市モンジェロか。敵は意外に大物らしいな。大都市だ」

 アンニュイは微笑した。

「方角は同じだ。私たちの依頼主もそこにいる」

 

 ヴォルヴは再び姿を消し、アンニュイとジョルジュは龍馬に跨って町を出て街道へ戻る。進む。

「急ごう」

 龍馬は全力で走れば一時間で千里(四千キロメートル)を逝く。飛ぶような、桁外れの速さだ。たちまちモンジェロへ着いた。石積みの高い城壁に囲まれた都市だ。ジョルジュは嘆息した。

「ここへ来たことはない。

 噂以上だな。難攻不落というのは本当だろう」

 アンニュイは冷ややかに笑む。

「そうだな。

 我らの前では無に等しいが」

「あれが市門か、アンニュイ」

「東門だ。さあ、まずは依頼主に挨拶に行こう」

 壮大な門の前は行列であったが、裂士の姿を認めた門衛の将校が出迎え、商人や旅人や外から戻って来た市民らとは別に案内してくれた。

「どうぞこちらを」

 市街を貫く中央通りを護衛つきで進む。繁華な街だな、ジョルジュはそう思った。行き交う人々や馬車、物売りの賑わい、テーラーで採寸する紳士、両替屋、古書売りの屋台、高級料理店、路傍にテーブルを出した酒場でジョッキを酌み交わす人々。

「あれは何だ」

 ジョルジュが指さすと、華美な護衛の騎士が、

「おゝ、あれは、ネティフ公爵家の本家ご当主、ウラジー・ベン・ネティフ様のモンジェロ逗留時用のお屋敷です。宏大壮麗なことこの上ない」

 うなずいてジョルジュはアンニュイの龍馬にそっと寄せて囁く声で、

「ヴォルヴの報告と一致する」

「なるほどね、なかなか楽しそうな話になって来たな」

 

 




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