第5話 バティルドの初恋
「国境に人影あり。リリットとユリコーンです」
見張り台から知らせがあった。
「ハウスから脱走してきた集団みたいですが、いかがいたしますか、騎士団長」
「リリットには手を出すな。これは女王命令だ」
「はっ!」
ライトブリンガー騎士団長はつぶやいた。
「そもそも森で暮らしているだけの生き物に、攻撃などする必要なかろう」
リリットとユリコーンの一団は、国境を越えて、森へ向かっていた。
その中のひとりのリリットがバティルドの目を惹きつけた。集団のまわりを心配そうに歩き、遅れそうになった仲間に手を貸していた。
バティルドはそのリリットと一瞬だけ目が合った。
瑪瑙の瞳、紺色の髪……。
「アゲート……」
後を追いかけようとするバティルドの肩をつかんでエズラが止めた。
「こらこら、勝手な行動しちゃだめでしょ」
ハッと我に返って、バティルドは持ち場に戻った。
妖精国の騎士団が見守る中、リリットとユリコーンは森の中に消えた。
その夜、キャンプのテントの中で膝を抱えていると、エズラが入ってきた。
「なにを悩んでいるの、バティ?」
「べつに悩んでなどいませんわ」
「言い方を変えようか。落ち込んでいる原因はなに?」
「……」
「お姉さんに話してみなさい。少しは気分が楽になるかもよ」
エズラはバティルドの隣に腰を下ろした。
「はーーっ」
ため息を一つついてバティルドは話し始めた。
6年前、11歳だったころ、バティルドはよくお忍びで領地の村に出かけていた。
そこで知り合った一つ年下の少女アゲート。紺色の髪と瑪瑙の瞳を持つ彼女は人の言葉を疑わない無垢な少女だった。兄から借りた服を着たバティルドを男の子だと信じて疑わなかった。
表情が豊かで、明るく笑うアゲート。
会うたびに惹かれていった。
瑪瑙の瞳に見つめれられると、ドキドキと心臓が鳴った。
恋だと知ったのはいつだろうか。
バティルドは生まれて初めて人を好きになった。まだ気持ちを隠すことなど知らない子供だった。
身分と性別を偽ってバティルドはアゲートの紺色の髪にキスをした。
一瞬驚いたアゲートだったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
その後、ふたりは何度も木陰でキスを交わした。
心地よくて愛おしい、ふたりだけの時間を過ごした。
日を追うごとにバティルドの罪悪感はふくれあがり、とうとうある日自分の素性を打ち明けた。
「あちゃーーっ。バティふられちゃったのね。よしよし」
頭をなでるエズラを、バティルドは横目でにらんだ。
「話は最後まで聞くものでしてよ、エズラ」
アゲートは言った。男でも女でもかまわない、あなたのことが好きだと。
バティルドは生まれて初めて天にも昇る気持ちというものを経験した。
そして、彼女の瞳と同じ瑪瑙のペンダントを作って、プレゼントしようと考えていた。
しかし、それは叶わなかった。
疫病が発生して、村は焼き払われ、村人は全員殺されたのだ。
殺された村人の中にアゲートも含まれていた。
これを提案し実行に移したのがロイス王子だった。
「バティがいつもつけているペンダントってそういういわくがあったんだ」
と、エズラは言った。バティルドは胸元のペンダントに触れた。
「私だけはアゲートを忘れたくなかったのですわ」
その後、王立学園でジゼルに会った。
村娘だったジゼルを見るたびに、理不尽な怒りがこみ上げてきた。
なぜジゼルが助かって、アゲートが死んでしまったのか。どちらも同じ村娘なのに。
ジゼルには何の責任もないということは十分理解していた。それでも、憎まずにはいられなかった。
そして今日、リリットと目が合った瞬間に、まるで時間が巻き戻ったような錯覚に陥った。
アゲートと同じ瑪瑙の瞳、紺色の髪……。
「あれはリリットで、アゲートではないのに、あの子のことが頭から離れないのですわ……」
バティルドは膝に顔をうずめて肩を震わせた。
「輪廻転生って知ってる?」
エズラが冗談めかして言った。
「もしかしたらその子、アゲートの生まれ変わりかもね」
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