第13話 リリット村の三人娘


「うわあっ。これがアル・ブレヒトの街だべか。でっけぇーーっ!」

「んだんだ。ほんなごつ、びっくらこいちまっただ!」

 琥珀こはく翡翠ひすいは、初めて訪れた街に目を丸くしていた。

「もう! ふたりともなんてしゃべり方してるのよ!」

 そんなふたりに須臾しゅゆはあきれてしまった。

「だってさぁ」

「ねえ」

 瑪瑙めのうからいっしょに住まないかという知らせが届いて、ちょうど子育ても終わったので、はるばるリリット村からやってきたのだ。

 いざきてみれば、街の大きさに圧倒されっぱなしの三人だった。


「えーっと、住所はここであってるだべか」

「ちょいとみせておくれ、ばあさんや」

「もう! そのネタやめて!」


「須臾は相変わらずだなあ」

「真面目というか、融通がきかないというか」

「どうせわたしは生まれてからずぅーっとこんなかんじですぅ!」

「ありゃりゃ、開き直っちゃったよ」


 巡回中の騎士に恐る恐る道をたずねると、親切に目的地まで案内してくれた。


 森林公園の中に建てられた、立派な木造の家に案内されて、三人はまたまた目を丸くした。


 トントントン。


 騎士がドアをノックした。


「瑪瑙、いるかしら!」


「はーい!」

 中から元気な声が聞こえた。

「バティルド、いらっしゃい!」

 ドアが開いて瑪瑙が出てきた。

「あなたにお客様ですわよ」

 そう言って、バティルドが横に移動すると、なつかしい三人のリリットが顔をのぞかせた。


「あ、おばあちゃんたち、いらっしゃい!」


「だれがおばあちゃんじゃい!」

 パシッと琥珀が瑪瑙の頭をはたいた。

「んだんだ。あたしらは3つしか違わないんだがらね」

 翡翠も口をとがらせた。

「たしかにもう13歳だもんね、おばあちゃんだよね」

 須臾はしょんぼりうなだれた。

「こら、須臾! 年齢のことは言わない約束だよ!」

「そうよそうよ! あたしたちは永遠の6歳よ!」


「瑪瑙、私は巡回に戻りますわ。何かあったら呼んで下さいませ」

「バティルド、ありがとー。またねー」

 瑪瑙は手を振ってバティルドと別れた。

「ここじゃあなんだから、中に入ってよ」

 そう言って、三人のリリットを家の中に招き入れた。


 居間に案内された三人は、ふかふかのソファーに腰を下ろして驚愕した。


「うわぁ! からだが沈むぅーーっ!」

「これはリリットをダメにする椅子ね!」

「きもちいいですぅ!」


 瑪瑙は台所に行って、グラスに飲み物を注いで戻ってきた。

 テーブルに置かれて飲み物を手に取って口に運んだ三人は同時に感嘆の声をもらした。

「うんまーーっ!」

「お口にあったのならなによりね」

 瑪瑙はニコニコ笑って三人を見ていた。


「そいでね」

 瑪瑙もソファーに腰かけて、話を切り出した。

「今ね、畑を作って種を植えたところなの」

「今頃種を? 瑪瑙はもう10歳だよね? 遅すぎないか?」

「だって、あちこち行ってていそがしかったんだもん」

「そういえば、リリット村にやってきたユリコーンが言ってたわね。旅をしてるって」

「うん、その話はそのうちゆっくりするよ」


「で、子育ての手伝いをわたしたちにしろと」

「う、うん……。だ、だめ?」

「だめじゃないけど、瑪瑙はいくつ種をもらったの」

 と須臾は尋ねた。

「えーーとね。100個あったんだけど、いつのまにか101個になってた」


「ええええええ!」

「な、な、なんでそんなにたくさん!」

「ユリコーンに会うたびにおねだりしたら、いつのまにか……」

「101個目って誰からもらった種なの?」

「さ、さあ……」


「とんだビッチじゃねえかい!」

 と琥珀が額に手を当てて嘆いた。

「ビッチ?」

「ユリコーンたらしってことだよ!」


「ユリコーンはみんなやさしかったよ」

「むうう! あたしだって七つがせいいっぱいだったのにぃ」

 翡翠が口をとがらせて言った。


「種を一度に全部植えるの?」

 と須臾。

「ううん。4回に分けて植えようと思うんだ」

「じゃあ、一度に25人のおちびちゃんを面倒見ればいいってわけね」

「まあ、それくらいが限度だよね」


「人手が足りなかったら、騎士団から助っ人が来てくれるって、バティルドが言ってたよ」

「さっきの騎士さんね」

「うん。知り合ってからずーっとなかよくしてくれてるんだ」

「アル・ブレヒトなのに、奇特な人がいるんだな」

「これは認識を改める必要がありそうね」

「シルユリはどうしてるの? いっしょに旅をしているって聞いたけど」

 須臾が質問すると、瑪瑙は下をむいて黙り込んだ。

「あ、もしかして、もう別れちゃった?」


 瑪瑙は首を横に振った。


「いるよ」


 瑪瑙は立ち上がって、居間を出て廊下を歩いていった。


 そのあとを三人は追いかけた。


「一番風通しのいい部屋にいるんだ」


 トントンとドアをノックして、瑪瑙はドアを開けた。


「お姉さま、入るよ」


 レースのカーテンが揺れ、すずしい風が吹き込んだ。部屋の真ん中に置かれたベッドの上に、シルユリは横たわっていた。


 瑪瑙はシルユリのそばに行って話しかけた。


「お姉さま。リリット村からおねえちゃんたちが来てくれたよ」


「こ、こんにちわ」

「おじゃましてます」

「おひさしぶりです」


 物言わぬシルユリの頬を瑪瑙は愛しそうになでた。


「話せないけど、声は聞こえてるって言ってた。超省エネモードなんだって」


「どうしてこんなことに?」


「いろいろあったんだ」


「話してくれるのよね」


「いいけど、すごく長くなるよ」


「問題ないわ、わたしたちはあんたのおねえちゃんなんだから!」


「じゃあ、居間に戻って話そうか」


 そう言って、瑪瑙はベッドから離れた。


「お姉さま、また来るからね。ゆっくり休んでね」


 瑪瑙は静かにドアを閉めた。



「台所借りるね」

 と須臾が言った。 

薬草ムーンミントと木の実をお土産にたくさん持ってきたから、何か作るわね」

「お肉なら冷蔵保存箱の中に入ってるよ」

 瑪瑙に教えられて四角い箱を開けると、冷蔵保存された肉が入っていた。

「あらほんとう。これがあればお肉と木の実の薬草巻きムーンミントロールが作れるわね」

「ひさしぶりに須臾おねえちゃんの料理が食べられるんだあ、たのしみーーっ」

 うれしそうしている瑪瑙に琥珀が言った。

「瑪瑙はよくわたしたちの薬草巻きムーンミントロールを盗み食いしてたなあ」

「ちょ……。昔の話はやめてよ、琥珀おねえちゃん!」

 琥珀の話に翡翠ものっかってきた。

「あら、食べ物の恨みは恐ろしいのよ。100年経っても消えないって言われてるくらいだから」

「もう! 翡翠おねえちゃんまで!」


 あはははは! 瑪瑙の家に笑い声が満ち溢れた。

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