第14話 リリットの子供たち


 一番最初に植えた種なのに、生まれたのは一番最後だった。


 約一年間土の中にいて、生まれてきたのは白銀色の髪に瑪瑙の瞳を持つ子供だった。


 その子供は白瑪瑙と名付けられた。



 白瑪瑙は手のかからない子だった。大人しくて物静かで、いつも虚空をじっと見つめ、何かに耳を傾けているように見えた。


 未来が見えるというわけではなかった。いったい何を見て何を聞いていたのか。


 子供たちがみなユリコーンの谷をめざして旅立っていった後も、その子はひとり残った。



 14歳が過ぎた頃から、リリットはどんどん衰えて、やがて土に根を張り木に変化する。


 琥珀も翡翠も須臾も既にいない。それぞれ森林公園の木になって、小鳥たちの憩いの場になっている。



 瑪瑙は17歳までリリットとして生きた。リリットの中では長寿なほうだった。


 子供たちが旅立つまではがんばらなくてはと、それだけを考えて生きた。



 瑪瑙は動けなくなる直前、ベッドに横たわったシルユリに言った。


「お姉さま、あたしを森に連れてって」


 シルユリは起き上がり、瑪瑙を抱いて森に連れて行った。



 ◆ ◆ ◆



 シルユリリオンは透明な繭の中で目覚めた。


 100年に及ぶ冬眠期から目覚め、数日はリハビリに費やすことになるだろう。


 とりあえず、メッセージボックスを開いた。


 優先順位プライオリティが高いメッセージが自動再生された。


『シルユリリオン、いつまで寝てるつもり? あんたが最後よ。こっちは生体端末クローンの消息の確認に、リリットの分布の調査などでてんてこまいよ。目覚めたらユリシスまで連絡を忘れないで!』


 ユリシスはリリット生成の発案者だ。ユリコーンの嗜好というか、ほとんどユリシスの嗜好によって誕生したような生体だった。けれどリリットはあっという間にユリコーンの寵愛を独占した。もちろん、シルユリリオンも例外ではなかった。



 一番古いメッセージは約100年前のものだった。6O2シックスオーツーがユリコーンの船を訪れ残したもののようだ。


『リリットと生体端末クローンがアル・ブレヒトたちに捕らえられている。これから瑪瑙とともに救出に向かう』


 メッセージはなんともそっけないものだった。シルユリリオンは苦笑した。6O2シックスオーツーは自分の生体端末クローンとはいえ、もっと気の利いたメッセージを残せないものか。


「アル・ブレヒトたちに捕らえられている、か。リリットは無事なのか、それとも絶滅してしまったのか。早くリハビリを終えて確認に行かなければ」 





 地上に降りて生体端末クローンの行方を調べていたシルユリリオンは、とあるアル・ブレヒトの街にたどりついた。


 大きく発展した街を歩き、目にする光景に驚いていた。


 誰も敵意を向けてこない。


 しかも、街の中にはリリットもいたのだ。


 シンプルだったバブーシュカワンピースは、とても華やかなものに変化していた。


 ちょこちょこ歩くリリットは街の景色の中に溶け込んでいた。


「この100年でいったい何が起こった……?」



 街の一画を占める森林公園は、それこそリリットであふれていた。


「あ、ユリコーンだ!」


 リリットたちがかけよってきた。6歳に満たない幼生体のようだ。


 リリットたちはめいめいさえずった。

「種ちょーだい!」

「こら! 種は6つになってからよ!」

「だってほしいもん!」

「いくらほしくたって、身体が準備ができてないんだからむりなの!」

「ねーねー、なにしにきたの?」


「ここに瑪瑙の木があるって聞いたんだが、君たち知っているかい?」


「うん、知ってる!」

「森の一番奥にあるよ!」

「一本道があるからすぐにわかるよ!」


「そうかい。ありがとう。またね、おちびちゃんたち」


「ばいばーーい」

「またねーーっ」


 幼生体と別れて、森の中の一本道を歩いていくと、やがて木漏れ日が射す開けた場所に出た。


 木漏れ日の真ん中にリリットの木があり、機能を停止した生体端末クローンが寄りかかっていた。


 木からは二本の枝が伸びており、その二本の枝は腕のように生体端末クローンを抱きしめていた。


 木と生体端末クローンはお互いを抱きしあいひとつになっているように見えた。


 木の幹には小さな瑪瑙の宝石が埋まっていた。


「これが瑪瑙の木……」



 シルユリリオンは、生体端末クローンに触れた。


6O2シックスオーツー、こんなところにいたのね」


 100年前にユリコーンの船にやってきてメッセージを残した生体端末クローンだった。


 機能停止して数十年経過していた。


 6O2シックスオーツーのメモリーにアクセスしてメモリ内に残されたデータを再生した。


 ユリコーンの船との接続が切れた後の出来事が映像と音声で残っていた。


「お姉さま!」


 はじけるようなリリットのかわいらしい声。生体端末クローンの妹で、瑪瑙という名前だ。


 ぴょんぴょん飛び跳ねたり、きゃっきゃと笑ったり、すりすりと甘えたり、がっくりと落ち込んだり、わんわん泣いたりと表情豊かなリリットの映像が映し出された。


 種をもらう瞬間の恍惚とした表情は、リリットでありながら、どこか大人びて見えた。





 しかし、ある時を境に映像は無くなり、音声のみの記録になった。


 映像が無くなってからは。瑪瑙の声だけが記録されていた。



 子育てに奮闘する瑪瑙の声。



 そして子育てを終えた瑪瑙は、自らの死期を悟った。


「お姉さま、あたしを森に連れてって」


 森の中を歩く音がして、やがて足音は止まった。


「お姉さま、愛してる」


 瑪瑙の声はそこで終り、メモリーには6O2シックスオーツーの最後の言葉が記録されていた。


「アイシテイル」



 生体端末クローンから手を離して、シルユリリオンはつぶやいた。

6O2シックスオーツー、君は私たちユリコーンが求めてやまないものを手に入れたんだね」




 ガサッ。


 背後で音がしたので、シルユリリオンは振り返った。


 そこにいたのは、白銀色の髪に瑪瑙の瞳を持つ少女だった。


「白瑪瑙? なぜ君が……」


 瑪瑙と6O2シックスオーツーの子供で、最後に生まれてきた生体。

 白瑪瑙はリリットの寿命を越えてはるかに成長していた。


 シルユリリオンはリリットが誕生したときのユリシスの言葉を思い出した。

「リリットはユリコーンを基盤として生成した生物です。腕の中にすっぽりと収まるちょうどよい大きさ、リリットが出す蠱惑的な匂い、ユリコーンなら誰しも夢中になること間違いなしです」

 ユリシスの膝の上にはきょとんとした顔でリリットが座っていた。

「完璧な四頭身、見事なずんどーだわ!」

 ユリコーンたちは目を輝かせた。皆小さなリリットに興味津々だった。その中のひとりから質問が上がった。

「ユリコーンを基盤にして生成したということは、リリットからユリコーンが生まれる可能性もあるということですか?」

「その可能性は限りなくゼロに近いです」

「ゼロではないということですね?」

「まず生まれることはないでしょう。リリットは安全安心をモットーに設計したユリコーンのための生物です。ほら見て下さい。この愛くるしさを。一度手に入れるとリリットなしの生活なんて考えられなくなりますよ」


 白瑪瑙は、限りなくゼロに近い可能性の中から誕生した、リリットでもユリコーンでもない、いや、そのどちらでもあると言える。


 リリットから生まれたユリコーン。


 この100年間、彼女は自分の正体を知らずに、独りで生きてきたのだろう。


「恐がらないで。こっちへおいで」


 シルユリリオンは手を差し出した。


 白瑪瑙はビクビクしながら近づいてきたが、手に触れようとはしなかった。


 なかなか警戒心を解かない白瑪瑙に、瑪瑙の木が梢を鳴らした。


 ザザッ。


 ここはもういいから、安心して行っておいで。


 白瑪瑙は虚空を見上げて、小さくうなづいた。





第四章 おわり

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【補足】

 愛し愛されることをユリコーンは何よりも求める生き物でした。

 その対象としてリリットを生み出しました。

 例え一瞬で消えてしまう儚い生命であっても、愛し合った瞬間は永遠だと、ユリコーンたちは考えたのでした。


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ここまで読んで下さってありがとうございました。

リリットの冒険は以上で完結です。

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