第10話 ロイスの闘い
シレジア王国の謁見の間を訪れたヴィリ妖精国の女王ミルタは、玉座に座ったロイス王子に迎えられた。
「王はどこですか?」
ミルタは尋ねた。
「ここにいるではないか」
ロイスは親指で自らを指さした。
「前王は
ロイス王は立ち上がり、天に向かって両手を広げた。
「俺の意思は世界の意思。侵略者を打ち倒し、異物を排出する、世界がそう望んだから、俺はその声に従って王になったのだ」
「いったい何を言っているのかしら?」
「ふっ。世界に選ばれた者にしかわからぬ真理があるのだよ」
ロイスは右手で前髪をかきあげた。
「知っているか? 排斥された種族は、生き延びると、今度は他者を排斥し始める。被害者気取りの愚者は時が経てば決まって加害者に回るのだ。その連鎖を断ち切る覚悟がこの俺にはある! 今、リリットを絶滅させれば戦いの連鎖は終わる。それができなければ、永遠に平和な世界など訪れないだろう」
「ユリコーンやリリットの性質上、そのような可能性は低いと思いますが?」
「物事の本質を理解しない輩はこれだから困る。奴らの本性を我々は身をもって知っている。かつて我々は奴らに脅されたのだ!」
「リリットに手を出したからでしょう?」
「それの何が悪い! 世界の覇者たるアル・ブレヒトには、他種族を従える責任と義務があるのだ!」
「そんなもの……」
ミルタ女王には、ロイスの言葉はもはや狂人の戯言にしか聞こえなかった。
「どうやら、和平案には応じていただけなさそうですね」
「笑わせるな! 貴様らこそ、俺に跪かねばならぬのだ!」
ロイスは内ポケットに手を入れて、ある物を取り出した。王女の周囲の騎士が警戒した。
「これが何か分かるか?」
丸いボタンのようなものが付いた金属製の物体。
「箱……ですか?」
「核爆弾の起爆装置だ!」
「え!?」
「弾道ミサイルまでは開発できなかったが、核爆弾自体は完成したのだ。このスイッチを押せば、城に設置された核爆弾が爆発する。王都全土が焼け野原になる程の威力だそうだ」
「あなたも無事では済まないのではありませんか?」
「それがどうした! 俺には覚悟があると言っただろう。目的を達成する為ならどんな犠牲も厭わない覚悟だ! これこそがシレジアの王たる所以だ!」
ロイスはニヤけた顔を女王に向けた。
「さあ、どうする、ヴィリの女王。この俺に隷属するか、それともここで果てるか。好きな方を選ぶがよい」
「選ぶまでもありません。答えはNO!です」
「もしかして、俺が起爆装置を押さないとでも考えているのか。実に愚かだ。俺は死さえも超越してみせる!」
ロイスは起爆装置を天高く掲げた。
「世界よ! 我が声に応えよ!」
カチッ!
起爆スイッチを押した音が玉座の間にいる全ての者に聞こえた。
「ミルタ女王!」
騎士団が集まり、ミルタ女王を中心に防御態勢を取った。
……。
…………。
………………。
ロイス王子は起爆装置のスイッチを何度も押した。
カチッ! カチッ!
「なぜだ! なぜ起爆しない! 責任者! 責任者はいるか!」
ロイスの後ろに控えていた年かさの男が、胸に手を当てて頭を下げた。
「陛下、王都には我々の家族もいるのです」
「だからなんだ!」
「その起爆装置はイミテーションです」
「なに! 偽物だと? なら、すぐに本物を持ってこい!」
「我々は王都を焦土にしたくないのです。そのために、ロイス王、あなたを拘束します」
「なっ!」
王国軍の兵士たちが一斉に剣を抜き、ロイス王を取り囲んだ。
「き、貴様ら! 誰に剣を向けているか分かっているのか!」
「もちろんです。ロイス様、あなたには玉座から退いていただきます」
「この国賊どもめが! 離せ! くそっ! 離せーーっ!」
ロイスが叫んだ。
「将軍! ネストリンガー将軍! すぐに国賊どもを切り伏せろ!」
しかし、ロイスの叫びに応える者はいなかった。
「なぜだ! ネストリンガー将軍はどこだ!」
ライトブリンガー騎士団長が将軍不在の理由を説明した。
「ネストリンガーとはここへ来る前に戦いました。王宮に入りたければ自分を倒してから行け、と立ちふさがったんでね。で、一騎打ちの結果、私が勝ってここにいるというわけです」
「そんなバカな! 将軍は最新式の兵器を携帯していたはずだ、負けるはずがない!」
「ネストリンガーは兵器は使いませんでした。終始剣で戦っていましたよ。やつにはやつなりの矜持があったんでしょうな」
「何が矜持だ! 因習に囚われた糞野郎が! どいつもこいつも使えないやつばかりだ!」
兵士たちに両腕を掴まれて、ロイスは謁見の間から連れ出された。
「俺はこんなところで終わるような男ではない! 必ず戻ってくるからな! 首を洗って待ってろ!」
年かさの男は、ミルタ女王に深々と頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ない。シレジア王国は和平を望んでいます」
「あなたは?」
「宰相を務めるクーネルランドと申します。お見知りおきを、ミルタ女王」
「お父様!」
騎士の中からバティルドが声を上げた。
「バティルド、元気そうでなによりだ」
「お父様こそ」
「すまないな。おまえには苦労ばかりかけて」
「お父様、私は自らの意思で妖精国の騎士になったのですわ。苦労などとはこれっぽっちも思っていませんわ」
ロイスは塔に幽閉され、王の座はしばらくの間空席となった。
次期王に公爵であるクーネルランドを推す声も上がったが、クーネルランドは固辞した。
若く柔軟な考えを持つ若者に、王になってほしいと考えていたからだった。
その結果、公爵家の長男であり、バティルドの兄、ヴィターレに白羽の矢が立った。
戴冠式は速やかに執り行われ、シレジア王国とヴィリ妖精国は和平条約を締結した。
条約の中にはもちろんリリットとユリコーンの保護も盛り込まれていた。
◆ ◆ ◆
ライトブリンガー騎士団長はネストリンガー将軍との戦いを回想した。
ミルタ女王一行を乗せた列車がシレジア王都に到着し、列車を降りたところで、ネストリンガー将軍に出迎えられた。
すかさずライトブリンガー騎士団長が前に出た。
「ネストリンガー、なぜ貴様がここにいる?」
ネストリンガー将軍は数名の兵士を引き連れていた。
「ようこそ、シレジア王国へ。と言いたいところだが、ここを通りたくば、儂を倒してから行くことだ」
「女王を招いたのは貴国の王だ、ネストリンガー! これが貴国のやり方か!」
「これは儂の独断である。王は関知しておらぬ」
「ここで撃ち合うというのかね?」
「そんな無粋な真似はせんよ。ライトブリンガー、貴様に一騎打ちを申し込む。貴様が勝てば儂らは退く。儂が勝てば妖精国は引き返す、それでどうだね?」
「よかろう」
ライトブリンガーとネストリンガーは開けた場所へ移動した。
「一つ聞いていいか」
「なんだ?」
「シレジア自慢の兵器を使わないのはなぜだ? 銃以外にも新兵器を開発していると聞いているが?」
「フン! 銃も兵器も殺戮の道具に過ぎぬ。そこに人としての矜持は一切存在せん」
ネストリンガー将軍は語った。
「相手の了解も得ずに問答無用で殺すことを虐殺と呼ぶ。兵器を手にした兵士は誰もが無抵抗の者を蹂躙する快楽に目覚めおった。人は快楽に溺れやすい生き物だ。快楽に抗うには強い意志を要する。兵器の前では、殺す者と殺される者の二者しか存在しなくなるのだ」
「確かに矜持は存在しないな」
「異世界から転生した少女が言うには、大量殺戮兵器は無抵抗の民間人をも巻き込んで使用されたそうだ」
「なんだと!」
「儂はそれを聞いて人の本質は善ではない。殺戮こそが人の本質であると、再認識した。大量殺戮兵器を使用した者は己の正義を振りかざしたと言うが、綺麗な殺戮などどこにも存在しないというのに、滑稽なことだ。どんな綺麗ごとを並べても殺戮は殺戮だ。人の歴史は常に殺戮とともにあったのだ」
「だから戦うと?」
ネストリンガー将軍は首を横に振った。
「儂もまた人の本質というものから逃れられぬ生き物だからだよ。しかし、武人としての矜持を捨てた覚えはない」
「罪のない生き物をさんざん殺しておいて?」と、ライトブリンガー。
「罪の有無など問題ではないのだ。罪は普遍ではない。しょせんは人が決めたルールだ。場所が変わればルールも変わる。そんなものが普遍であるわけがない。罪の意識に囚われるなど愚の骨頂」
ライトブリンガーとネストリンガーは距離を取って対峙した。
「その点、ロイス王子は真直ぐで純粋な子だ。こうと決めた道を愚直に突き進む。融通が利かないところが玉に瑕だがな。その程度、人であれば大なり小なり持ち合わせているものであろう」
ネストリンガーは剣を抜いて言った。
「お喋りが過ぎたようだ。儂らの闘いは一瞬で決着が着くであろう」
「ああ、同感だ」
その言葉通り、ライトブリンガーがネストリンガーの剣をへし折って
勝敗は決した。
ネストリンガー将軍は約束通り兵を引き上げ、ミルタ女王を城に通した。
去り際にネストリンガーがボソッとつぶやいた。
「なあ、ライトブリンガー」
「ん? なんだ? ネストリンガー」
「おぬしのところのガトリングガン、試し撃ちさせてもらえんかのう?」
「はあ? なにを企んでいる、ネストリンガー!」
「実は儂は新兵器には目がないんじゃ。わくわくするじゃろう。ちょこっとだけ、先っぽだけでいいから、試し撃ちさせてくれんかのう」
はーっ、とため息をついて、ライトブリンガーは回想を終えた。
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