第9話 夜明けを告げる鐘の音が響き、朝の日の光に妖精は消えていく
「ヴィリめ! 侵略者どもと手を組みやがって! くそっ!」
ロイス王子は執務室の椅子を蹴飛ばした。
「どうしてくれよう! 八つ裂きにしても足りぬわ!」
大隊長が提案した。
「バービアラとジャイキーンに銃を持たせてはいかがでしょう? 奴らは心底リリットを憎んでおりますからな」
「亜人の敵は亜人というわけか。面白い! 許可する!」
「この糞バービアラ! うちらに指図すんじゃねえ!」
「ジャイキーンごときが粋がってんじゃねえよ!」
「ヒャッハー!
「ケツの青いジャイキーンどもが、おとといきやがれ!」
ズダダダダ!
双方に武器を与えたとたん、バービアラとジャイキーンは諍いを始めた。
「おい! やめろ! 弾を無駄遣いするな!」
「あんだと、てめえ!
「ジャイキーンども! 今すぐ暖炉の煙にしてやんよ!」
弾丸が尽きるまで、亜人たちの諍いは続いた。
ロイスは報告を聞いて唖然とした。
「なにィ! シレジア軍の隊長でも、武器を持った亜人のコントロールはできなかたっただと!」
大隊長は、深々と頭を下げた。
「はい、誠に申し訳ありません!」
将軍は言った。
「亜人の敵は亜人。これはバービアラとジャイキーンにも当てはまるというわけですな」
ロイスは拳を机にたたきつけた。
「ジゼルを呼べ!」
「君の力が必要だ」
と、ロイス王子は言った。
「君の前世の知識、核兵器が我々には必要なのだ。何者にも屈しない強固な意志を示すために、我らの誇りを守るために、ジゼル、君に核兵器の開発を命じる」
ジゼルが返事を躊躇っていると、容赦の無い平手が飛んできた。
「思い上がるな! 村娘風情が! 返事は『はい』又は『YES』のみだ! わかったか!」
ロイスは研究棟の責任者を呼んだ。
「こいつを地下室に監禁しろ! 情報を吐き出し終わるまで、薬を投与し続けろ!」
「よろしいのですか、王子妃をこのように扱って」
「問題ない! 使えない王子妃は、王子妃にあらず、だ!」
「では、遠慮なく。ヒッヒッヒッ。どんな情報が出てくるか楽しみですなぁ」
「いやっ! 離して! 誰か助けて!」
ジゼルは衛兵に連行され、研究棟の地下室に隔離された。
光のない闇の中で、ジゼルは壁によりかかって座っていた。
ここに閉じ込められて何日たっただろうか。
頭がひっかきまわされて、考えが定まらない。
私は何をしゃべったのか? それすらもわからない。
シナリオ通りにストーリーを進めれば、なにもかもうまくいくはずだった。
約束されたハッピーエンドにたどりつくはずだったのに。
なのに、なぜ私はこんなに不幸なの……。
一昨日も注射、昨日も注射、そして今日も注射。
だれか、だれか、だれか……。
こんなはずじゃなかった。こんなはずでは……。
小さなリリット。前世で飼っていた猫を思い出す。
ぐりぐり頭をこすりつけて、毎日強引に膝の上にのってきた。
ごろんと寝転んでお腹を見せて、なでてなでてと催促した。
視察で訪れた国境沿い、荷車に放り込まれ、悲しげに泣いていた。
銃を向けられてもキョトンとしてた。
やめて! 殺さないで! どうしてそんな小さな子を撃つの!
「あれがあなたのやりたかったことですの?」
悪役令嬢バティルドの言葉が突き刺さる。
ちがう、ちがう、ちがう!
銃で撃ち殺され、絶滅収容所で大量殺戮され、灰と煙になって天高く昇っていく無垢なる魂。
リリットの死とともに、私の心も死んでいく。
もう取り返しがつかない。
私は罪人だ……。
罪人だ……。
衛兵が地下室のカギを開けて言った。
「出ろ。お前にはもう用はない」
「アハッ」
「なんだこいつ、笑ってやがる」
「アハハハハッ」
衛兵は待たせていた馬車の荷台に女を放り込んだ。
「国境に捨ててこいだとさ。上からの命令だ」
御者はふりかえって荷台を見た。
「へえへえ。それにしても、きったねえ女ですねえ。鼻が曲がっちまう」
「アハッ」
「罪人なんてみんなこんなもんだ。文句を言わずにさっさと捨ててこい」
「わかりやしたよ。金はもらってるんだ。その分しっかりと働きやすよ」
「アハッ、アハハ……」
笑い声がしだいに遠ざかっていった。
瑪瑙は国境沿いの川に頭をつっこんで倒れている女の人を見つけた。
「どうしたの? 死んでるの?」
「アハッ」
ボロボロの服を着た女の人は、瑪瑙を見て笑い出した。
「リリ……、リリ……、アハハハッ」
「お姉さまぁーーっ!」
瑪瑙は走ってシルユリを呼んできた。
「とりあえず、騎士団の所へ連れて行こう」
ふたりは笑い続ける女の人を、騎士団のキャンプに連れて行った。
瑪瑙とシルユリが連れてきた、ボロボロの女を見て、バティルドは自分の目がしばし信じられなかった。
「ジゼル! ジゼルではありませんの!」
「アハハハッ。バティ……、バティ……」
騎士団長はジゼルの状態を見て言った。
「おそらく薬だな。強力な自白剤を投与し続けられた罪人が、廃人になったのを見たことがある」
「自白剤!?」
バティルドは愕然となった。
「なんてこと! 彼女は王子妃ですのに、あれほど国に貢献したというのに。ロイス王子は、ここまで愚かでしたの!」
「バティ……、リリ……、アハハハハッ」
「礼を言いますわ、瑪瑙、彼女を見つけてくれて」
バティルドはジゼルの手をしっかりとつかんだ。
「彼女は私たちが連れて行きますわ」
「アハッ、バティ……、アハハッ」
親に手を引かれる子供のように、ジゼルはバティルドの後をついていった。
◆ ◆ ◆
バティルドは病院に見舞いに行ったが、病室にジゼルの姿はなかった。
昨日から行方不明だと看護師から聞かされた。
下町に行って街の住人に尋ねてみた。すると、幼子のように笑いながら、くるくると踊る彼女を見たという。
ジゼルの足跡をたどり町の外れの廃墟へ足を運ぶと、そこで倒れている彼女を発見した。
夜が明けるまで踊り続けて、力尽きてしまったようだった。
ジゼルを抱き上げ病院へ戻る道を歩きながら、バティルドは沈痛な面持ちでつぶやいた。
「これが、あなたが言っていた物語の結末ですの? ジゼル……」
目覚めると知らない天井だった。
「ここ……どこ?」
研究棟の地下室に監禁されていたことは覚えている。
その後の記憶が全く無い。
どうやら地下室から連れ出され病室に入れられたようだ。
助かった……のかな。
看護師がドアから顔をのぞかせた。
「あ、お目覚めですね? すぐに騎士団に連絡を入れますね」
「はい? 騎士団?」
ジゼルは首をかしげた。
しばらくすると、知らせを受けたやってきた騎士を見て、ジゼルは目を丸くしたた。
「え!? バ、バティルドさん?」
「ごきげんよう、ジゼルさん。お目覚めのようでなによりですわ」
「なぜここにいるんですか?」
「ジゼルさん、ここがどこかご存知?」
「へっ? ここ? シレジア王国の病院じゃないんですか?」
「ここはヴィリ妖精国ですわよ」
「なっ!?」
バティルドはジゼルがここへやってきたいきさつを説明した。
「……そんなわけで、あなたは今ここにいますのよ」
「なんかすごく迷惑をかけたみたいで申し訳ありません。記憶はすっぽり抜け落ちてますが、ほんとうに申し訳ありません」
「まったく、あなたってひとは」
「かさねがさね面目有りません……」
ジゼルは穴があったら入りたい気分だった。
「でも、廃人になった私をどうやって治療したんですか?」
そんな便利な治療薬がこの世界にあるとは思えなかった。いったいどうやって……。
「妖精の涙を使用したのですわ」
「ひぇっ!」
ジゼルの喉から変な声が漏れた。
「幻の秘薬と言われる妖精の涙ですか!? どんな病も治すと言われ、一滴が国家予算に匹敵すると言われるあの妖精の涙ですか!?」
「その妖精の涙ですわ」
ジゼルの体中からダラダラと冷や汗が流れ出した。
「女王陛下のご慈悲に感謝することですわね」
「女王陛下が!?」
「妖精の涙の服用には、女王陛下の許可が必要なのですわ」
「そ、そ、そ、それで私はどんな対価を支払えばよいのでしょうか」
王子妃に求められる対価はいかほどのものか。ブルブルとジゼルの手は震えていた。
「シレジア王国に問い合わせたところ、王子妃は病の為に身罷られたとのことですわ」
とバティルドは言った。
「えっ!?」
「あなたはもう王子妃ではありませんの、ただのジゼルですわ」
それを聞いて、ジゼルの心は安堵感に包まれた。
「わ、私はもうシレジア王国にいなくてもいいのですね」
「そうなりますわね。でも、対価はしっかり支払っていただきますわよ」
「はは……、ですよねーー」
「孤児たちの施設の人出が足りてませんの。あなた子供のお相手はできまして?」
「だ、だいじょうぶです! これでも村育ちの村娘ですから! ……あっ、これ秘密だった!」
「存じてましてよ」
「ば、ばれてました!?」
「今は存在しないあの村で、私たちは何度も顔を合わせていましたのよ」
「え!? ほんとうに!?」
アゲートと踊っていた少年がバティルドだと聞かされて、ジゼルは目をぱちくりさせた。
「まずはゆっくり休んで体力を回復させて下さいませ。お仕事の話はそれからですわね」
そう言って、お見舞いの果物を置いてバティルドは帰っていった。
「はーーっ」
ジゼルは天井を見上げてため息をついた。
「王子妃ではない、ただのジゼル……か」
これからはシナリオとか強制力とか考えないで、自分の考えで生きて行こうと思った。
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