第8話 ヴィリ妖精国


「なんだと! ハウスが次々と解放されているだと! いったい誰にだ!」


 ロイス王子は報告書をテーブルに叩きつけた。


「それが、我々が駆け付けた時には既にもぬけの殻でして。ヘルガイム、ベウビッツ、ソビルボ、トレプカント、シュビルナ、マイダフネのうち、既に半数以上が解放されています」

「ぐぬぬ。ジゼルを呼べ!」


 王子の執務室に呼び出されたジゼルは、イライラと指で机をつつくロイス王子からハウスの現状を聞かされた。


「そういう訳だ。なにかよい案はないか?」


「監視カメラを設置してはいかがでしょう?」


「監視カメラ? なんだそれは?」


「映像を送信したり記録したりする道具です」


「よし! すぐに監視カメラを設置しろ!」




 シュビルナ収容所ハウスに仕掛けられた監視カメラの映像を、ロイス王子、ジゼル王子妃、将軍、大隊長が見つめていた。


「こ、これは!」


「リリットとユリコーンですな」


「こんなに堂々と。なぜ周りは誰も気がつかないのだ!」


「奇妙なこともあるものですな」


「誰かが手引きしているのでは? 例えばバービアラやジャイキーンが」


「あの亜人どもは心底リリットを毛嫌いしている。本能的に感じているのだ、リリットが異分子であると。そんな亜人どもが奴らに協力しているとは考えにくい」


 ジゼルは前世でよく耳にしたが、実際にお目にかかったことはないとある能力について思い出した。


「プレコグニション」

 ジゼルのつぶやきを聞いてロイスが問い正した。

「ん? なんだそれは?」

「確証はないのですが、未来予知をする能力を持つものがいると考えると、警備の間隙を縫うことも不可能ではないかと……」

「それだっ! 奴ららしい小狡いやり方だ」

「信じがたいが、この映像を見た後では、信じざるを得ませんな」

 と将軍。

「で、その対策は?」


「あらゆる可能性を潰すしかありません。全ての可能性が潰えれば、プレコグニションは機能しなくなります」

「よしっ!」

 ロイスはこぶしを握り締めた。

「カラクリさえ分かればこっちのもんだ! 奴らを一網打尽にしてやる!」



 マイダフネ収容所で罠を張っていると、予想通り警備の間隙を縫ってユリコーンが現れた。


「東門に奴ら現れました!」

「かかったな! 全軍で迎え撃て! 一匹残らず皆殺しだ!」

 ロイス王子は自ら迎撃のために東門に向った。


 違和感を覚えたジゼルは、残って監視カメラの映像をながめていた。

 すると西側の門にユリコーンとリリットが現れた。

「東門は陽動だわ。ロイス王子に知らせなければ」


 そこでハッと気が付いた。


「なぜ? 知らせる必要があるの? あの生き物を殺す理由が私にはない……」


 しばしの躊躇の後、ジゼルはカメラの映像を見なかったことにして、王子がいる東門へ向かった。



 ◆ ◆ ◆



 シルユリと瑪瑙を含むユリコーン&リリットの混成部隊は、シレジア王国各地のハウスを次々に開放した。


 シレジア軍の裏を突き、常に最小限の戦闘で、仲間たちを救出した。


 救出した仲間たちとともにヴィリ妖精国に逃げ込んだ瑪瑙たちは、国境を警備する騎士団に出会った。


 最初は警戒していた両者だったが、騎士団が攻撃してこないと分かると、次第に警戒心も薄れていった。

 妖精国の騎士団は瑪瑙たちがヴィリに入ることを黙認した。

 解放されたリリットやユリコーンたちは、新しい住処を求めて森の中に消えた。


 瑪瑙やシルユリら混成部隊は、全てのハウスの開放を終えて一息ついていた。

 そこへ妖精国の騎士が、瑪瑙たちのところへやってきた。

 ヴィリを通るたびに、こちらを見張っていた騎士だとすぐに分かった。

 何度も目が合ったから覚えていた。

 でも、それだけではないような気がしていた。


「ごきげんよう、ちょっといいかしら」

 騎士は瑪瑙に話しかけた。

「あなたがリリットの代表なのかしら?」

「代表?」

 瑪瑙は首を傾げた。

「私はバティルドといいますのよ、あなたのお名前は?」

「瑪瑙だよ」

 バティルドは一瞬息をのんだ。

「瑪瑙……、きれいな名前ですわね」

「そうなの?」

 と言って瑪瑙はとなりにいるシルユリを見上げた。シルユリはこくりとうなづいた。

「あなたを中心にリリットやユリコーンは動いていたように見えましたのよ」

「たしかに声をかけたのはあたしだけど、みんながつらいのをがまんして未来を見てくれたから、たくさんのリリットやユリコーンをハウスから連れ出すことができたんだよ」

「そうだったの。えらいですわね」

玻璃はりたちはとってもえらいよ。あたしはなんにもしてないけどね」

「うふふ」


 瑪瑙の瞳がバティルドを見上げた。

「ねえ、バティルド、あたしたちどこかで会ったことある?」

「え!?」

 バティルドは瑪瑙の瞳に吸い込まれそうになった。

 鼓動の音が耳元でうるさく鳴っていた。

「なんだか、ずーーっ前に会ったことがあるような気がするんだ」

「そ、そうですの?」

「あたしもへんなこと言ってるじかくはあるんだよ」

 瑪瑙は頭をかいて笑った。


「そうね。これをあなたに」

 バティルドは首からペンダントをはずし、瑪瑙の首にかけた。

「きれい……。これ、くれるの?」

「ええ。この宝石は瑪瑙と言って、あなたの名前と同じですのよ」

「あたしと同じ名前!」

「これはお守りとでも思ってちょうだい」

「お守り!」


 ペンダントの宝石が気に入ったらしく、瑪瑙はぴょんぴょん飛び跳ねてお礼を言った。

「ありがとう、バティルド!」

 瑪瑙がにっこりと微笑むと紺色の髪が風に吹かれてサラサラと揺れた。

「どういたしましてですわ」



 騎士団のキャンプに戻ってきたバティルドをエズラが出迎えた。

「どうだった?」

「あの子はアゲートでしたわ」

「気のせい……とかじゃないよね?」

「間違いありませんわ。吸い込まれそうな瑪瑙の瞳、紺色の髪、それになによりあの笑顔、忘れるはずがありませんわ。あの子はアゲートの生まれ変わりですわ」

 それが真実なのか、あるいは思い違いなのか、エズラには分からなかった。

 本人がそう言っているのだから、それを否定する理由はない。

「それで、どうするの?」

「どうもしませんわよ。私は彼女の幸福を祈るのみですわ」

 意外な答えが返ってきた。もっと執着するかと思っていたのに。

「バティはそれでいいの?」

「いいに決まってますわ。彼女はリリットですもの。彼女が笑顔でいてくれることが、私の最大の幸せなのですわ」


「それに」とバティルドは胸に手を当てた。「ようやくペンダントを渡せたんですもの。今はそれだけで十分満足ですわ」

「あんたって、つくづく難儀な性格してるわね」とエズラは笑った。「ま、あたしは嫌いじゃないけどね」



 ◆ ◆ ◆



 国境にシレジア王国の軍隊が到着した。


「貴国に逃げ込んだ、ユリコーンとリリットの引き渡しを要求する」


 ライトブリンガー騎士団長が出て敵の隊長と対峙した。


「ほう、ユリコーンやリリットが何か罪を犯したのか? 殺人か? 強盗か?」


「やつらは侵略者なのだ。存在自体が罪なのだ。速やかに引き渡せ!」


「断ると言ったら?」


「武力行使に踏み切ることになる」


 二つの国の隊長と騎士団長はお互いに一歩も引かなかった。



「命を粗末にするとは愚かな。全軍射撃用意!」


「フッ。愚かなのはどちらかな。全騎士射撃用意!」


「なっ!」


「シレジア王国に作れた武器が我々に作れないとでも思ったかね? ちょうど試作のガトリングガンもあるし、試し撃ちにはもってこいだな」


「お、おのれ!」


「どうするかね? ここで撃ち合うかね」


「くそっ! 撤退だ! 王子に指示を仰ぐぞ!」


 シレジア王国軍は引き返していった。


 エズラは額の汗をぬぐった。


「騎士団長、冷や汗ものでしたよ。もし本当に撃ち合いになっていたらどうするんですか」


「ハッハッハッ。結果良ければ全てよしだ。しかし、探せばいるものだな。転生者というやつは。いろいろ情報を引き出せた成果がこれだ。無下にはできないものだな」



 この直後、ヴィリ妖精国の女王は、ユリコーンとリリットの保護を宣言した。

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