第3話 ユリコーンの船


 そこは森の奥にもかかわらず、動物の気配が全くなかった。

「なんでだろう?」

 首をひねりながら、瑪瑙は歩いていた。

 隣を歩くシルユリは、違和感を感じていないようだった。

「何かわかった?」

 と尋ねると、

「ユリコーンの痕跡だよ」

 という答えが返ってきた。

「痕跡?」

「結界が張ってあって、私たちはその中に足を踏み入れたんだ。結界っていうのは私たちを守るための目に見えない壁のようなもののことだよ」

「じゃあ、この先にユリコーンがいるの?」

「可能性は無きにしも非ずってところだね」


 しばらく歩くと、唐突に森が開け、白い建物が現れた。

 お椀を逆さにしたようなつるつるの壁の建物だった。


「転送ドーム。こんなところにあったのか」

 シルユリが建物に近づき壁に触れると、壁の一部が消えて入口になった。


「なに? どうゆうしくみなの?」

「ユリコーンの故郷の技術だよ。リリアン・ワールドには無い技術だね」


 躊躇なく入っていくシルユリの後を瑪瑙もあわててついていった。



 シルユリはコンソールに手をかざした。

「この転送陣はまだ生きているみたいだ」

「生きてるの?」

「稼働可能だという意味だよ」

 瑪瑙は転送陣がめずらしいらしく、あちこちペタペタと触っていた。


「転送陣を使えば、ユリコーンがいなくなった理由が分かるかもしれない。だけど……」

 小さな瑪瑙を置いて転送陣を使うのは躊躇われた。


「シルユリが行くなら、あたしもいくわ!」

 瑪瑙がきっぱりと言った。

「転送先がどんな場所なのか、全く分からないんだよ。それでも行くかい?」

「とーぜんよ!」

 胸を張って瑪瑙は言った。

「わかったよ。では稼働させるね」

 シルユリはコンソールのキー操作を行い、それから瑪瑙を抱えて転送陣の上に乗った。


 足元が光り、まわりが白一色に染まった。


 白い光が収まると、そこはもうドームの中ではなかった。


 つるつるの壁は同じだけれど、先ほどまでとは全く違う部屋の中だった。


「ここはどこ?」


 シルユリは部屋にあるコンソールを確認して言った。


「ここはユリコーンの船だよ」


 衛星軌道上に停泊している、巨大な船の中にふたりはいたのだった。



 100年前にこのリリアン・ワールドと呼ばれる世界にやって来たユリコーンは、生体端末クローンを地上に降ろした。


 誰も住んでない深い森の奥に転送ドームを設置して、必要な物資を転送した。


 それから、この世界の生態に適応するよう調整した生体を生み出した。


 ユリコーンの愛情を全て受け入れることができて、それでいて自立して生きていける小さな生物リリットを。




 部屋を出ると、外ではなく、また部屋だった。


「ええええっ! 部屋がいくつもつながってるー?」


 瑪瑙は大興奮で部屋から部屋へ顔をのぞかせた。


 部屋の外には細長い通路が伸びていて、左右にはコンパートメントのドアが等間隔に並んでいた。


 シルユリはコンパートメントのドアの前に立ち、認証を受けた。


 ドアが開き、シルユリの後ろから覗いていた瑪瑙は「あっ!」と声を上げた。


 ベッドの上には、透明な繭に包まれた、シルユリが寝ていたのだ。


「どうして? どうなってるの? シルユリがふたり? もしかして双子なの?」


 中に入りコンソールに手をかざし、メッセージボックスをチェックすると、期待した通り、メッセージが残されていた。


 シルユリはメッセージを開いた。


 すると、部屋の真ん中に半透明のシルユリが現れて話し始めた。 


「わわっ! シルユリが三人にふえちゃった!」


『私たちは重大な過ちを犯してしまいました』


 瑪瑙は半透明のシルユリに手を伸ばしたが、触れることはできなかった。


「あれ? すりぬけちゃった」


『故郷では100年周期で覚醒期と冬眠期を繰り返していました。故郷から遠く離れたこの場所では、そのルールは無効だろうと高を括っていたのです。事実、100年を過ぎても冬眠期は訪れませんでした。しかし、何の前触れもなく、仲間たちは冬眠期に入ったのです。マナの切れた魔道具のように、プツンと眠りに落ちたのです。覚醒期にある仲間たちだけで、冬眠期に入った仲間たちをコンパートメントに移動させ、同時に自分たちも冬眠期に備えなければなりませんでした。地表の生体端末に指示を送る暇もなく、あわただしく、私たちはコンパートメントの繭の中に身を横たえました。すぐに冬眠期が訪れるでしょう』


「なにを話してるのか、さっぱりわからないや」


生体端末クローンには自律機能がありますから、リリットたちの庇護も十分に可能なはずです。ひとつだけ懸念があるとすれば、アル・ブレヒトたちの繁殖の速さです。世界を食らいつくすほどの驚くべき勢いで増殖しています。数の少ない生体端末クローンと、生の短いリリットが、その勢いに駆逐されてしまうことを、私たちは懸念しています』


「ふわああああっ」 瑪瑙は大きなあくびをした。


『もし偶然ここを訪れた生体端末クローンがいたなら、この事実を伝え、どんなことをしてでもリリットたちを守って下さい。リリットは私たちの喜び、私たちの希望、100年後の未来で妹たちに会えることを祈っています……』



 メッセージは終わり、半透明のシルユリも消えた。


「終わったの? なんの話だったの?」


 と瑪瑙は尋ねた。


「ユリコーンは長い眠りに入ったんだ。しばらくは目覚めない、そう言っていたんだよ」


「いなくなったわけじゃないのね? もどってくるのね?」


「時が来れば戻ってくるよ。それまでに、私たちにはやらなければならないことがある」


 シルユリはコンソールに手をはわせ、モニターを点灯させた。


 モニターにはシレジア王国の地図が映し出されていた。

 地図には6つの赤い点があり、ヘルガイム、ベウビッツ、ソビルボ、トレプカント、シュビルナ、マイダフネの6か所にハウスがあることを示していた。


「100年後の未来のために、まずはハウスのユリコーンとリリットを開放する必要がある」


 シルユリは顎に手を当てて思案した。


「しかし、人手も武器も圧倒的に足りてない。生体端末クローンでは、ユリコーンが使う高火力スーツの使用許可は降りない……。どうしたものか」


「ねえ、シルユリ」


 瑪瑙がシルユリの裾をつかんで話しかけた。


「あたし思うんだけど、未来がわかるのなら、悪い未来が見えたらそれを回避することもできるんじゃないかって?」


「どういうことだい?」


「リリットの中にはときどき、未来が見える子が生まれるの」


「!」


「その子たちに協力してもらったらいいんじゃないかな?」

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