第2話 妖精国の騎士団
ヴィリ妖精国の女王は妖精の子孫であるという言い伝えの通り、ミルタ女王は美しく、まるで地面などないかのような足取りで部屋に入ってきた。
「おひさしぶりですね、バティルド」
「ご無沙汰しております。女王陛下」
バティルドはドレスを少し持ち上げて、膝を折って挨拶をした。
「事情は伺いました。あなたはこの国の騎士になりたいそうですね」
「はい、妖精国の騎士は子供の頃からの憧れでした。そのために、私は研鑽を積んでまいりました」
「あなたの実力を確認した上で決めましょう。騎士団長、バティルドの入団試験をお願いします。もちろん手心を加えてはなりませんよ」
女王の後ろに控えていた騎士団長が、胸に手を当てて恭しく頭を下げた。
「心得ております」
訓練場に案内されたバティルドは、練習用の騎士服を渡され更衣室に入った。
「あなた公爵令嬢なんですって?」
着替えていると、となりにいた騎士が話しかけてきた。
「元ですわ」
「あたしエズラ・ウィンストンっていうの、エズラって呼んでね」
「バティルドです、よろしくお願いしますわ」
エズラはバティルドの身体を見て目を輝かせた。
「うわーっ、きれい! つやつやだわ! あなたの肌って傷一つないじゃない。マジで騎士になるつもりなの?」
「公爵家の傷薬が優秀だっただけですわ。実際は傷だらけですのよ」
「王子の元婚約者だっけ? そりゃあ傷があったらマズイもんねー」
「そういうことですわ」
着替えが終わり、訓練場に出ると、騎士団長が待っていた。
騎士団長は木刀を放ってよこした。
「騎士団長のライトブリンガーだ。私自ら相手をしよう。準備はいいかね?」
「はい、よろしくお願いします」
剣を構えて騎士団長と対峙した。
「いつでもよい。そちらのタイミングで始めたまえ」
「たぁっ!」
バティルドは最初から全力で剣を撃ち込んだ。
が、騎士団長に軽々と受けられてしまった。
「君の実力はこんなものかね?」
「くっ! まだですわ!」
フェイントを交えて攻撃したが、どの攻撃も騎士団長には届かなかった。
一撃、せめて一撃!
バティルドは猛攻を仕掛けた。
それが功を奏してか、騎士団長の足が一瞬だけもつれた。
「ここですわ!」
騎士団長に胴に一撃を入れたと思った次の瞬間、バティルドの剣は弾き飛ばされていた。
「え!?」
呆然とするバティルド。
「こんな初歩的なフェイントに引っかかるとは嘆かわしい!」
肩で息をするバティルドに騎士団長は告げた。
「筋は悪くない。しかし経験が圧倒的に足りてない。まずは雑用からだな。それでよければ、入団を許可しよう」
「は、はい! よろしくお願いしますわ」
騎士団への入団が決まった。ここは身分は一切関係ない、実力だけが物を言う世界だ。
騎士団の雑用を終えたバティルドは、食堂でエズラに声をかけた。
「エズラ、このあと自主練に付き合ってくださる?」
「えーーっ! バティってば、がんばりすぎじゃない?」
「私に立ち止まっている暇などありませんの」
ジゼルの言葉が頭の中に蘇る。「シナリオ通りに動いたから、王子妃になれたんです。強制力はあります」
「私はそんなものに支配されたりしませんわ。道化師になどなってたまるものですか!」
夕食を終えたバティルドは、後片付けもそこそこに、訓練場へ向かった。
◆ ◆ ◆
ソファーにふんぞり返ったロイス王子は周囲にはばかることなく笑い声を上げた。
「クックックッ、結構、結構、大変結構! ユリコーンとリリットの粛清は着々と進んでいるようでなによりだ」
王子の隣には浮かない顔で王子妃が腰かけていた。
「ジゼル、そんな顔をするものではない。君はもう王族の一員なのだ。王族には王族の義務があるのだ。わかるだろう?」
ロイスはジゼルの肩に手をまわした。
「君の知識は実に有用であった。君自身が王族にふさわしいと証明してみせたのだ。誇るがよい」
ロイスはジゼルに顔を近づけて言った。
「君が提案した融和策も功を奏したようだ。バービアラやジャイキーンら亜人どもは嬉々としてユリコーンとリリットを痛めつけているというではないか。享楽にふけるしか能がない亜人がこれほど役に立つとは望外の収穫であった。愉快、愉快!」
ロイスは膝をたたいて笑い転げた
「なぜ、それほどまでにユリコーンとリリットを忌み嫌うのですか?」
ジゼルが問うと、ロイスの態度が豹変した。笑顔が一瞬で怒りの表情へと切り替わった。
「なぜだと!?」
ロイスは左の手のひらに右の拳を打ち付けた。
「やつらは100年前には存在しなかった生物だぞ。100年前、突如現れたんだ。つまり外来種。侵略者なのだ。侵略者を駆除するのは王族の義務であろう」
ロイスはジゼルの肩を抱き寄せて、顎を持ち上げ、甘い声でささやいた。
「なあ、ジゼル。以前君が話していた前世の知識、核兵器とやらのことだが、そろそろ開発に着手してもいい頃合いだと思わないか」
「それは……」
「君は言っていたではないか。核兵器があるから世界平和が保たれていたと。ならばここシレジア王国でも核兵器を保有して平和に貢献するべきだと思うのだが」
「いえ。それは……、まだ……」
「拒否するのなら、強引にでも情報を引き出す方法もあるのだ。君だって痛い思いはしたくないだろう?」
「お、脅しですか?」
「脅しではない。選択肢の一つを提示したに過ぎない。ジゼル、君はいつも大げだな。ハハハハ!」
ロイスは一枚の書類をジゼルに渡した。
「何事も粛々と進めていくに限る。そうそう、国境付近にリリットの集落が見つかった。君の次の公務は捕獲現場の視察だな。存分に狩りを楽しんでくるがいい」
◆ ◆ ◆
「大漁大漁!」
リリット狩りに駆り出された王国軍の兵士たちは、捕まえたリリットを荷車に放り投げた。
「王子殿下直々の命令だ。野郎共気合を入れろーーっ! っていっても相手はリリットだ。こんな楽な仕事はありゃしねえ」
「まったくだ。王子殿下万歳だぜ、ワハハハ!」
リリットたちは身を縮めてしくしくと泣いていた。
隙を見て脱走しようとしたリリットもいた。
「俺にやらせてくれ!」
兵士がライフルを構えた。
バン!
弾丸は頭部に命中し、リリットは倒れて動かくなった。
「どうよ! 俺の腕前は!」
「すげえ、一撃で頭が吹っ飛んでやがる! ライフルの威力はんぱねー」
それ以降、逃げ出そうとするリリットはいなくなった。
視察に訪れたジゼルは、王国軍によるリリット狩りから目を背けた。
目を背けた先には、国境を越えた先でキャンプを張るヴィリの騎士団がいた。
その中に、ジゼルは見知った人物を発見した。
妖精国の騎士服に身を包んだバティルドだった。
「バティルドさん、どうしてここに!?」
バティルドは騎士団長の許可を得て、ジゼルに近づいた。
「シレジア王国の軍が国境沿いに集結しているという情報が入ったのですわ。警戒と監視のため私たち騎士団が派遣されたのですわ」
「私たちはヴィリと事を構えるつもりはありません」
「それなら、あなたは何をしていますの?」
バティルドはジゼルが視界に入れないようにしていた荷車に詰め込まれたリリットの群れに視線を向けた。
「あれがあなたのやりたかったことですの?」
バティルドの口調は辛辣だった。
「私から婚約者を奪い王子妃になって、やっていることと言えば森の小さな生物の虐殺ですの?」
「私だって好きでやっているわけではありません! 王族には王族の務めがあると……」
「どうせあの王子の暴走でしょう? あれは走り出したら止まらないバカ王子なのですよ。暴走したら殴ってでも止めなさい」
「えーーっ! む、無理ですぅ……」
「あなたの前世の知識はこの世界よりも遥かに進んだ知識かもしれない。けれどその知識は平和をもたらすどころか、より混沌とした世界へと導いているように見えますわ」
「私はただ、少しでもみんなの役に立てればと思って……」
「以前ユリコーンにこっぴどくお灸を据えられた過去をお忘れなのかしら。この先ふたたびユリコーンの反撃に遭った時あなたはどうするつもりですの? 今以上に強力な武器を作って応戦するつもりですの?」
ロイス王子が望んでやまない核兵器。それがあればユリコーンに対抗できる可能性が高い。
しかし、それをもたらすのが自分であるということにジゼルは懊悩していた。
銃や火薬をシレジア王国に提供し、もてはやされたことはまだいいとして、核兵器となれば次元が違う。
あれは大量殺戮兵器だ。
けれど、とジゼルは思う。ユリコーンやリリットをハウスという絶滅収容所に押し込め、大量殺戮することと何の違いがあるのだろう。方法は違えど、どちらも大量殺戮に相違ないではないのか、と。
「もし、シレジア王国軍が国境を越えたなら、ヴィリは宣戦布告とみなしますわ。ゆめゆめお忘れなきよう、周知徹底させて下さいませ」
そう言って、バティルドは妖精国の騎士団のところへ帰っていった。
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