第四章 独り芝居の道化師

第1話 婚約破棄


「バティルド、貴様との婚約を破棄する!」


 王宮の舞踏会で、シレジア王国のロイス王子は婚約者のバティルドに婚約破棄を言い渡した。


「はあ?」


 取り巻きと談笑していたバティルドは、勝気そうなつり目をロイス王子に向けた。


「貴様は取り巻きを使ってジゼルに嫌がらせをしたあげく、学園武闘会ではジゼルを滅多打ちにしたそうだな」


「男爵家の娘が身分もわきまえず、殿下の周りをうろちょろしていたから、ちょっとお灸を据えただけでしてよ」


「ジゼルは危うく死にかけたのだぞ!」


「それがなにか? 殿下はいつから人ひとりの命に重きを置くようになりましたの? 疫病が発生した村を率先して焼き払った殿下が」


「それとこれとは別問題だ!」


「あっそ」


「貴様! それが王族に対する態度か! 貴様などこの国に必要ない!」


「ちょうどよかったですわ。私、人の話を聞かない男にはいい加減うんざりしていましたの」


 ロイス王子は額に青筋を立てて、バティルドに指を突きつけた。


「国外追放だ! 二度とわが国へ踏み入ることは許さん!」


「謹んでお受けいたしますわ。ではみなさま、ごめんあそばせ」


 バティルドは綺麗なカーテシーを決め、舞踏会の会場から出て行った。





 馬車へ向かうバティルドの後を、ひとりの少女が追ってきた。


「バティルドさん」


 バティルドは足を止め、横目でその少女を見た。


「全てシナリオ通りなんです。ごめんなさい」


「なにについて、謝っているのかしら、ジゼルさん?」


「この世界は私の前世の世界にあった物語に酷似しているんです」


「前世の世界の物語? なんのことかしら?」


「『夜明けを告げる鐘の音が響き、朝の日の光に妖精は消えていく』っていう物語です」


「聞いたこともありませんわね」


「私、転生者なんです。ここではない別の世界で生きた記憶があるんです」


 ジゼルは指折り数えだした。 


「シレジア王国、ロイス王子、悪役令嬢バティルド、そしてヒロインの私……。学園での出会いから舞踏会での婚約破棄まで、全てが物語のシナリオ通りでした。このあと私は王子妃になります」


 バティルドはため息をもらした。


「なにかのせいにするのはおやめなさい。あなたがそうなるように動いたからそうなっただけでしょう?」


「信じて下さい、ほんとうなんです!」


「似たような名前、似たような街並みなど、どこにでもありましてよ。あなたの言う物語のロイス王子は、人の話を聞かないバカ王子でしたの?」


「そ、それは……」


「あなたは銃の開発の実績が認められて、今ここにいるのでしょう? それも全て物語に記されていましたの? 全てシナリオ通りでしたの?」


「違います。でも、物語の強制力は確かにあるんです。シナリオ通りに動いたから、王子妃になれたんです。強制力はあります」


「あると言えばあるのでしょう。人が神がいると信じれば神が存在するのと同じですわ」


 バティルドはジゼルの目をまっすぐに見て言った。


「前世の物語の中に匂いはありまして? 下町で生きる人々の息づかいはありまして? 前世とか物語とか強制力とか、私にはあなたは幻想に踊らされる滑稽な道化師ピエロにしか見えませんわ」


「でも、バティルドさんは婚約破棄されて国外追放になったじゃないですか! それこそが強制力ですよ!」


「ちょうどよい機会だから、ヴィリ妖精国に行くことにしたのですわ。私、妖精国の騎士になるのが夢でしたの」


「え?」


「私のことはお気になさらず。バカ王子の手綱をしっかりと握っておきなさい。あなたにそれができればの話ですけれど。それでは、ごめんあそばせ」


 バティルドが乗り込むと馬車は勢いよく走り出した。

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