第5話 死の淵


 重労働と栄養不足で、瑪瑙は病気になってしまいました。

 動けなくなったリリットは、即処分されました。

 瑪瑙は点呼にも出ず、労働にも行かず、ベッドで横になって、最後の時を待っていました。


 ジャイキーンに殺された村の仲間たち。

 リリット村の三人の姉。

 身代わりになった名前も知らないリリット。

 いろんな人が夢にでてきて、瑪瑙を呼んでいるみたいでした。

 もう、そっちへ行ってもいいよね……。


「瑪瑙」

 名前を呼ぶ声に目を開けた瑪瑙は、目の前にいるのが、バービアラでもジャイキーンでもなく、シルユリなのが、なかなか信じられませんでした。

「ほんとうに、シルユリなの?」

 瑪瑙は手を伸ばして、シルユリの顔に触れました。

 丸坊主でも、そのことがシルユリの美しさになんの影響も与えていませんでした。

「本物だわ」

「さあ、これをお飲み。そして、心配しないで、ゆっくりとおやすみ」

 シルユリは甘い甘い飲み物を飲ませてくれました。

 それを飲むと、重かった身体も心も、軽くなったような感じがしました。

 それから毎日、瑪瑙が回復するまで、シルユリは来てくれました。


 あとから聞いたのですが、シルユリがバービアラのお気に入りだったから出来たことだそうです。バービアラのご機嫌を取りながら、目を盗んで瑪瑙のところに来てくれたのです。



 瑪瑙が良くなるのと入れ替えに、今度は硨磲しゃこが倒れてしまいました。

 硨磲しゃこは瑪瑙が泣いていると、いつもなぐさめてくれました。硨磲しゃこがいたからこれまでやってこれたのです。なんとかして硨磲しゃこを助けてあげたいと思いました。


 けれど、硨磲しゃこのために命を賭して助けに来てくれるユリコーンは、もうこの世にはいませんでした。シルユリもバービアラの監視の目を盗むことができませんでした。


 いつも夢の中にいる玻璃はりが、声を上げて泣き出しました。玻璃は硨磲しゃこに背中を向けたまま、いつまでも泣き止みませんでした。


 硨磲しゃこはその意味を察したようでした。

「いいんだ、これであたしもお姉さまのところへいける」

 硨磲しゃこの口元には笑みがこぼれていました。

「あたしのお姉さまユリコーンはね、瑪瑙、あんたのユリコーンと同じくらい美しかったんだよ……」


 硨磲しゃこは明け方ひっそりと息を引き取りました。

「起きろ! 起きろ!」

 怒鳴りながらやってきたアル・ブレヒトは、硨磲しゃこの亡骸を手荒に扱いました。

 その様子を、瑪瑙はありったけの憎悪をこめて見つめていました。

 同時に勝ち誇った気分でもありました。


「アル・ブレヒトも、ジャイキーンも、バービアラも、硨磲しゃこに手を出すことはできない。硨磲しゃこはもう誰にも触れることができない場所にいるんだから」



 ◆ ◆ ◆



 バービアラの世話を終え、ユリコーンハウスに戻ったシルユリに、ユリコーンたちが声をかけた。

「シルユリ、首尾はいかがでした?」


「順調です。ジャイキーンやバービアラは用心深さに欠けるきらいがある。それが幸いして、武器の調達もかなりの数になっています」


「間もなく決行ですね」

「この地獄から妹たちを開放する時が来たのですね」


「ところで、私たちの中に、誰か一人でもユリコーンと通信が回復した人はいませんか?」


「……」


「残念ながら……、通信は未だに回復しませんね」

「いったいユリコーンに何が起こったのでしょう」

「このハウスにいるのは全て生体端末クローンです。もし一人でもユリコーンがいれば、アル・ブレヒトもジャイキーンもバービアラも、とっくに生きてはいなかったでしょう」

「無いものを嘆いても仕方がありません。私たちに出来ることを最大限にやっていく他ないのです」

「私たちには戦闘能力はありませんが、武器が扱えないわけではないので、数さえ揃えば十分に対抗できるはずです」


「気になるリリットがいます」クレメントという名のユリコーンが言った。

「私はその子を連れて脱出してもかまいませんか?」

「それでかまわない。戦闘は必要最小限で、リリットファーストでお願いする」

「うむ、当然ですね」

「リリットの喜びこそが我らの生きる喜び。われら誇りもて戦おう」

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