第4話 バービアラ~灰色の煙
毎朝「起きろ! 起きろ!」の怒鳴り声で目が覚めました。
点呼があり、それは時には2時間以上続き、ふらついたり倒れたりしたものには、容赦ない殴打が待っていました。
点呼が終わると、隊列を組んで鉄条網の外へ行進しました。
作業場と呼ばれる荒れて乾燥した不毛の地に着くと、そこで壁を作ったり、穴を掘ったり、石を積んだりしました。その作業が何の役に立つのか、瑪瑙たちにはさっぱりわかりませんでした。
「アル・ブレヒトはあたしたちをあっさりとは殺さずに、じわじわと苦しみながら死んでいくのを見て、楽しんでいるのさ」
と
夕方には隊列を組んで、鉄条網の外からハウスに戻りました。
重労働の後で、みんな足を引きずっていましたが、それでも、点呼があり、それは長い時間続きました。
朝と夕方に水と食料の支給があるものの、それは生きていくためには十分な量ではなかったので、みんな、風に吹かれれば飛ばされてしまいそうなほど、痩せていました。
アル・ブレヒトたちはリリットの管理をジャイキーンにまかせていました。
ずるくて底意地が悪いジャイキーンは、リリットの仕事の邪魔をしては大笑いしていました。
「キャハハハ! どんくさーっ!」
「マジ、うけるーっ!」
そのくせ、仕事が遅れたりすると、全ての責任をリリットに押しつけて、自分たちは知らん顔をしているのでした。
ジャイキーンを統括しているのはバービアラでした。
バービアラは最も凶悪で、リリットを生きたまま燃やしました。
また、美しいユリコーンを数人選び、自分の世話をさせていました。
シルユリがバービアラの世話をしているのをみたときは、瑪瑙はどうしようもなく悲しくなりました。
「シルユリはあたしのユリコーンなのに」
瑪瑙が泣いていると、
「あんたのユリコーンは生きているだけましさ、あたしのユリコーンは……」
ときどき瑪瑙は、自分がリリット村にいる夢を見ました。琥珀と翡翠と須臾の三人の姉にかこまれて、幸せに暮らしていたころの夢を。
目が覚めて、リリットハウスにいるのがわかると、どうしようもなくがっくりしてしまうのでした。
できるなら永久に夢の中に逃げてしまいと思う瑪瑙でした。
リリットハウスの中には、夢の世界に行ったまま帰って来ない者もいました。
「あの子は不思議な子だったよ」
と
「あの子のおかげで旅は順調だった。水も食料も、ぜんぶあの子が見つけてくれた。ときどき、何かに耳を傾けているように見えると、そのあときまって小鳥のさえずりが聞こえてくるんだ。ひゃーっと言って木のうろにもぐりこんだら、ザーッと雨が降ってきたりしてさ」
瑪瑙も聞いたことがありました。
雨が降る前に雨の音を聞き、鳥が鳴く前に鳥の声を聞いていたリリットの話を。
まるでおとぎ話みたいって思ったものでした。
「そしてあの子のユリコーンが殺される前に、あの子は見たのさ。自分のユリコーンが死ぬところをね。だけど、今のあの子が不幸だとはぜんぜん思わないね。あたしより不幸だとは……」
そう言って
毎日、たくさんのリリットが飢えのために死んでいきました。リリットの死体はコンクリートの上に山積みにされ、寒い日には、カラカラにひからびた死体を燃やして暖を取るために、バービアラたちが宿舎に持っていきました。
バービアラたちの宿舎の暖炉からたちのぼる灰色の煙を目にするたびに、瑪瑙の心はずっしりと重くなるのでした。
ある日、コンクリートの上にパンが落ちていたので、瑪瑙はさっと拾って服の下に隠しました。
すると、バービアラが建物の陰から出てきて怒鳴りました。
「きさま! 窃盗罪は死刑だということは知っているな!」
バービアラの罠でした。瑪瑙は首をつかまれて、バービアラの宿舎の暖炉の前にひったてられました。
宿舎にいたジャイキーンたちがニヤニヤと笑って見ていました。
「うちらの
「たまたま成功したくらいで調子こいてたら、あんたらも暖炉に放り込むよ!」
「ひえーーっ。バービアラこえーーっ!」
バービアラは瑪瑙の頭を掴んで、暖炉の中に突っ込もうとしました。
チロチロと赤い炎の舌が、瑪瑙の顔をなめました。
「燃え尽きるまで悲鳴を上げ続けるがいい。ぐひひひひ!」
恐怖にかられ、何がなんだかわからなくなった瑪瑙は、気がつくとバービアラの手にかみついていました。
「ぎえっ!」
バービアラが悲鳴を上げてひるんだすきに、瑪瑙は宿舎を飛び出しました。
リリットハウスにかけこむと、硨磲や他のリリットたちが、ベッドの一番奥にかくまってくれました。
まもなく、バービアラが目をギラギラさせながらやってきて怒鳴りました。
「あーしの手にかみついたリリットはどいつだ! 出てこなければ、おまえら皆殺しじゃあーーっ!」
しかし、リリットが非協力的なので、バービアラはリリットを整列させて自分で犯人探しを始めました。
ひとりひとりの顔を見て回り、瑪瑙のところにもやって来ましたが、何事もなく通り過ぎていきました。
後で知ったことですが、バービアラやジャイキーンにはリリットの区別が全くできないそうです。
「よーし、いいこと思い付いた!」
バービアラがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべました。
「犯人が名乗り出るまで、おまえら一匹ずつ暖炉に放り込んでやんよ!」
「!」
リリットたちは恐怖で震え上がりました。
そのとき、サッと手を上げたリリットがいました。
「あたしがやった」
「えっ!」瑪瑙は目を疑いました。
やったのは瑪瑙でその子ではありません。
瑪瑙の足はぶるぶる震えるだけで動きませんでした。声をだそうとしても出てきませんでした。
そうしているうちに、そのリリットはバービアラに連行されていきました。
ガクッと床に膝をつき、瑪瑙はコンクリートの上に蹲って嗚咽を漏らしました。
自分の臆病さが、自分のずるさが、こんなに嫌になったことはありませんでした。
年長のリリットから、肩をポンとたたかれました。
「あの子は死にたがってた。かわいがってくれた
他のリリットたちにも言われました。
「もし、申し訳ないと思うのなら、あんたは生きて。生きてたくさん種をもらって育ててくれ」
「あんたとあの美しいユリコーンは、あたしたちの希望なんだよ」
「あんたじゃなくても、みんな同じことをしていたさ。悪いのはあんたじゃない。あいつらのほうさ」
「ううっ……、……いっぱい種もらって……育てる……」
それだけ言うのがやっとでした。
これからはより思慮深く、より慎重に生きて行こう。そして、ユリコーンから種をもらい、たくさんのリリットを育てよう、そう思いました。
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