第3話 明日への扉~ハウス


「歩け! 歩け!」

 アル・ブレヒトの怒号のもと、リリットたちはコンクリートの地面の上を歩かされました。

 のろのろ歩いていると、銃床で打ちすえられ、倒れると、弾丸が頭に撃ち込まれました。

『明日への扉』と書かれた門をくぐりぬけ、鉄条網に囲まれた建物にたどりつくと、鉄条網の内側では、大勢のリリットたちが、新しく到着したリリットをながめていました。

 ガリガリに痩せて目だけがギラギラと光るそのリリットたちの姿は、まるで生きた屍のようで、瑪瑙は思わず目をそむけてしまいました。

 瑪瑙たちの様子もひどいものでしたが、それよりもずっとひどいものでした。

「あたしはああはならないわ」

 と瑪瑙は思いました。


 コンクリートの建物の中に入ると、瑪瑙たちはバブーシュカワンピースを脱がされました。

 身に着けているものは全て奪われました。

 つぎに頭髪がバッサリ刈られ、全員丸坊主にさせられました。

 さらに、凍り付くようなシャワーを浴びせられました。

 ザラザラしたボロ服が与えられ、そして、左腕に番号が刻み込まれました。

「きゃっ!」

 ジューッと音がして皮膚が焼け焦げる匂いがしました。

「行け! 行け!」

 痛がる瑪瑙の背中をアル・ブレヒトが蹴飛ばしました。

 左腕に刻まれた15497という数字を見ていると、痛いのと、悔しいのとで、瑪瑙は泣けてきてしかたがありませんでした。


 番号の刻印が終わると、別の建物に連れていかれました。

 そこにはコンクリートの床の上に四段ベッドがずらりと並んでいました。

 これからここで寝起きすることになるのです。

 ベッドの数は人数分には足りないので、一つのベッドで5~6人寝なければなりませんでした。

 瑪瑙は硨磲しゃこといっしょに、一番下の段に入り込みました。


 しばらくすると、古参のリリットが新参のリリットの歓迎にやってきました。

「ようこそ、リリットハウスへ」

 と古参のリリットたちは言いました。

 これで瑪瑙たちにもわかりました。今まで誰一人、生きて帰ってきたものはいないというハウスに連れてこられてしまったのです。



 ハウスでの生活をはじめてまもなく、古参のリリットも新参のリリットも、ザラザラのボロを着て、丸坊主で、目だけがギラギラして、全く見分けがつかないことに気がついて、瑪瑙は大きなショックを受けました。


 ハウスにはおちびちゃんリリットが一人もいませんでした。そのことを古参のリリットに尋ねると、

「みんな暖炉を通ってお空に昇っていっちゃった」

 という答えが返ってきました。


『明日への扉』という門を見ると、瑪瑙はこの上ない憤りを感じました。

「ここのどこが明日への扉なの?」


「明日という意味は、抹殺、虐殺、絶滅なのさ」と教えられても、何のなぐさめにもなりませんでした。



 リリットハウスの隣には、ユリコーンハウスがありました。

 ふたつのハウスの間には、鉄条網が張り巡らされ、高圧電流が流されていました。

 瑪瑙は高圧電流に触れて感電死したリリットを何人も見ました。

 自らの意思で鉄条網に飛び込んだリリットもいました。

 どのくらい痛いのかしらと考えただけで、瑪瑙の身体にはビリビリッと震えが走りました。


 瑪瑙はよく鉄条網の向こうを見つめていました。

 そこには、ユリコーンたちがたくさんいました。

 リリット村を出発し、長い間探し続け、ついに見つけたユリコーンたちは、ハウスに押し込められ、半死半生の状態でした。

 アル・ブレヒトに対する怒りと不信、ユリコーンやリリットがどんな悪いことをしたのかという疑問が、瑪瑙の中にめらめらと沸き上がりました。


「瑪瑙」

 鉄条網の向こう側からの呼び声に、瑪瑙の目が大きく見開かれました。

「シルユリ!」

 長くて美しかった白銀色の髪は丸坊主に、しなやかな身体はガリガリに痩せてはいても、それは間違いなくシルユリでした。ハウスに来て以来初めて瑪瑙は喜びを感じました。


 瑪瑙はリリットハウスでの暮らしぶりを、シルユリに話しました。

 朝から夕方までの重労働、ときには2時間以上もかかる点呼、倒れた者には容赦ない殴打、日常茶飯事になっている銃殺など。

「それに、あたしたちいっつもお腹を空かせているの」

 すると、シルユリはポケットから小さなパンの塊を取り出して、鉄条網の隙間から放ってくれました。

 瑪瑙がそれを受け止めると、シルユリはにっこり笑って言いました。

「おたべ」

 瑪瑙は感謝の気持ちでいっぱいになりました。

「ありがとう」

 と言って、一口かじった後、ハッと瑪瑙は気づきました。

「でも、これ、シルユリのぶんなんでしょう?」

「私はいいから、君がおたべ」

 やさしいシルユリの顔を見ていると、瑪瑙は急に恥ずかしくなりました。

 これからはもう、シルユリの前では、食べ物の話はしないようにしようと思いました。


 シルユリを硨磲しゃこに紹介したとき、硨磲しゃこは、

「なんてすてきなユリコーンなんだ」

 とほめてくれましたが、表情はとてもつらそうでした。

 瑪瑙は言い知れぬ罪悪感を感じました。

 こんな状況でなかったらと、悔しくて仕方がありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る