第1話 金の谷~廃墟


「まって、シルユリ! あたしもう歩けない!」

 瑪瑙は山道の真ん中で、しゃがみこんでしまいました。

 少し先を歩いていたシルユリが、戻ってきて心配そうな顔で尋ねました。

「足が痛いのかい?」

「ううん、そうじゃないの」

「じぁあ、気分が悪くなったのかい?」

「ううん、あたしまだ小さいの。5つになったばかりだもん。旅に出るのはたいてい、6つになってからなの」

 瑪瑙は甘えた目つきで、シルユリを見上げました。

「それでね、おんぶしてほしいの」

 シルユリは優しい笑みを浮かべて、小さな瑪瑙をおぶって歩きだしました。


 山の頂上までもう少しのところで、瑪瑙が尋ねました。

「ねえ、シルユリ? この山を越えると、本当にユリコーンの谷がある?」

「うん、今度こそ、あるといいね」

 と、シルユリは答えました。

 リリット村を発ち、季節はひとめぐりしましたが、ユリコーンの谷はまだどこにも見つかりませんでした。

 もしかしたら、ユリコーンは絶滅してしまい、シルユリが最後のユリコーンかもしれないとさえ考えました。

 けれど、世界中をくまなく探し終わるまでは、けっしてあきらめたりはしませんでした。


 山頂にたどりついた二人が眼下に見たものは、黄金色に輝く谷でした。

「きれい」

 瑪瑙がうっとりと目をほそめました。

「ほら見てごらん。小屋が見える!」

 シルユリの指さす先に、いくつもの小屋が見えました。ユリコーンの住居です。

 瑪瑙がぴょんぴょん飛び跳ねました。

「やったあ! ついにユリコーンの谷を発見したんだ!」

 二人は金の谷目指して山道をころがるように駆け下りました。


 小屋はどれももぬけのからでした。

 もう何か月も前から放置されているようでした。小屋の内外には、うっそうとした草がはえていました。

「ここも、廃墟……」

 瑪瑙もシルユリもがっくりしてしまいました。

「みんな、どこへいっちゃったのかしら?」

「おそらく、アル・ブレヒトに絶滅させられたか、あるいはハウスに連れて行かれたかのどちらかだろう」

 とシルユリは言いました。 


「ハウス?」

 瑪瑙は初めて聞く言葉に首をかしげました。

「ユリコーンはみんなそこにいるの?」

 瑪瑙は目をきらりと輝かせて尋ねました。たくさんのユリコーンに会えれば、それだけたくさんの種がもらえるからです。

「ハウスがどんなところかは、全くわからない。そこへ行って生きて帰った者は一人もいないんだ……」

 シルユリの表情はとてもけわしいものでした。



 その夜は廃墟で眠りました。

「シルユリ、起きてる?」

 土の中にもぐりこんでいた瑪瑙が顔だけ出して尋ねました。

「どうしたの?」

 うとうとしたいたシルユリは目を開けました。

「もし、ユリコーンがたくさん見つかったら、とっても忙しくなると思うの。だってみんなから種をもらわなくちゃいけないでしょう?」

「そうだね」

「でもね、心配しなくてもいいの。いちばんさいしょは、あたしシルユリから種をもらうって、きめてるんだから」

 そう言うと、瑪瑙は土の中にもぐって寝てしまいました。

 シルユリはクスッと微笑んで、目を閉じました。


 ◆ ◆ ◆


 真夜中に起き上がったシルユリは、廃墟の中を歩き、一番大きな建物の中に入った。

 地下室への入り口を見つけ、階段を下りると、そこには通信機器が据え付けられていた。

 コンソールに手を這わせたが、反応はなかった。

「だめだ、繋がらない」

 なぜ、繋がらないのだろう。

 ユリコーンたちはどこへ行ってしまったのだろう。


 考え得る理由は二つ。

 何らかの理由で滅んでしまった。

 あるいは、故郷に帰ってしまったか。


「どちらにしても、生体端末クローンでしかない私には、どうすることもできない」


 生体端末クローンは、操者からの接続が切れれば沈黙してしまうのが常なのだが、シルユリはなぜか意思を持って動いている。


 いったい自分の身に何が起こったというのだろうか。

 答えを知っているはずのユリコーンは、もうどこにもいない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る