第2話 最後のユリコーン


「だいきらい! だいきらい! おねえちゃんなんか、だいっきらい! もう絶対に村には帰らないんだから。あたしがいなくなったって気づいて心配するといいわ。うーんと後悔するといいわ」

 瑪瑙は小川に足をつけて、悪態をついたり、水をけちらしたりしていました。

 バシャッ! 遠くで音がしました。

 キョロキョロと探してみると、ずーっと上流の方で、頭を水につけて倒れている人の姿が見えました。

 バービアラでもジャイキーンでもありません。白銀色の髪のとてもきれいな女の人でした。


「どうしたの? 死んでるの?」

 近づいて尋ねました。

「いや、水を飲んでるんだ……」

 かすかな返事が返ってきました。

「あんただれ? ここらでは見かけない人ね?」

「私はシルユリリオン……」

「まさか」瑪瑙はアングリと口を開けました。「ユリコーンなの?」

 シルユリリオンが立ち上がると、背丈は瑪瑙の二倍近くありました。長い白銀色の髪の毛は腰のあたりまで伸びていました。


 瑪瑙を探しに来た琥珀と翡翠と須臾も、ユリコーンを見て、口をアングリと開けました。

 ユリコーンの前には両手をひろげた瑪瑙が立ちふさがっていました。


「あたしのユリコーンよ、おねえちゃんたちのじゃないんだから!」

「ばかいうんじゃないの、おチビちゃん」琥珀がたしなめました。

「あたしだって、種ほしいもん!」

「あんたはまだほんの4つのおチビちゃんじゃないの。6つにならなきゃダメよ」

 と、翡翠が言いました。

「いやだ! ほしいもん!」

 須臾がユリコーンに話しかけました。

「どうしてこんなところにひとりで?」

 ユリコーンはのどかな草原や美しい渓谷でおだやかに群れて暮らすのが常でした。

 シルユリリオンは、頭をかかえて苦悩の表情を浮かべました。

「ユリコーンの谷がアル・ブレヒトに襲われた……」

「なんだって!?」

「自らを優越種、全世界の覇者などと形容しているが、不寛容で、狂信的で、恐ろしく破壊的なやつらだ。私たちが要求を飲まないとわかるやいなや、やつらは私たちを排斥しだしたのだ」

「ひどい!」

「なんてことを!」

「ユリコーンたちはどうなったの?」

「全滅だ。私のように命からがら逃れた者が他にもいてくれればいいのだけれど……。私は探さなければならないんだ。仲間を、ユリコーンたちが住む谷を」


 シルユリリオンはリリット村に二~三日泊まっていくことになりました。

 琥珀と翡翠と須臾は、かつてユリコーンの谷でもてなされたお礼とばかりに、シルユリリオンをもてなそうとしましたが、瑪瑙が割って入って許しませんでした。

「あたしがする! あたしがシルユリのお世話をするの!」

「ほらほら、ジャマよ、おチビちゃん。あっちで遊んでおいで」

「だめ! シルユリにさわらないで! あたしのなんだから!」

「大人しくしなさい。そんなに騒いだら、シルユリに迷惑でしょ」

 シルユリは、ちっとも迷惑そうな顔をしませんでした。ちょこまか動く瑪瑙を、にこやかに眺めていました。


「ねえ、シルユリ?」

 ふたりで散歩をしているときに瑪瑙は尋ねました。

「なんだい?」

「どうしてユリコーンはリリットをかわいがるの?」

「どうしてかって? それはリリットがそこにいるからだよ」

「バービアラやジャイキーンだっているでしょう? どうしてリリットなの?」

 シルユリはかがんで瑪瑙を抱き上げました。瑪瑙を見つめるシルユリの瞳は穏やかでありながらキラキラときらめいていました。

「それはね、リリットたちが私たちにとって絶対無比の永遠の存在だからだよ」

 絶対無比も永遠も、瑪瑙にはよくわかりませんでした。でも、ユリコーンがリリットを大好きだということはわかりました。



 シルユリがリリット村を旅立つ日のことでした。

「あたしもいっしょに、ユリコーンの谷を探すの!」

 と瑪瑙は言い出しました。

「そんな」須臾は真っ青になって止めました。「あんたはまだ小さすぎよ」

「心配ならおねえちゃんたちも来れば?」

「行けるわけないわ、わたしたちは……」

 ユリコーン探しの旅は、一生に一度しか行われない慣わしなのです。

 それに今は土の中で成長しつつある種をほうっておいて、旅に出るわけにはいきません。


「確かに、これは絶好の機会だと思うよ」琥珀が言いました。「どうせ一年後か二年後には、瑪瑙は旅立たなければならないんだ。しかも一人ぼっちで。それなら、シルユリといっしょに、今旅立ったほうがずっといいよ」

「そうね」翡翠もうなづきました。「最悪の場合、シルユリがこの世の最後のユリコーンだとしたら、少なくとも、一つは種をもらえることになるわ」

「だけど……」と、言い淀む須臾。「瑪瑙はまだ小さいのよ」

「須臾はほんとうに心配性なんだから」翡翠は須臾の肩をポンポンとたたきました。「妹の旅立ちを、あたしたち三人で祝ってあげましょうよ。いいわね」


 三人の姉に見送られて、瑪瑙はシルユリといっしょに、ユリコーンの谷探しに旅立ちました。



 その夜、こっそりと家を抜け出してリリット畑へ向かった須臾は、ばったりと琥珀と翡翠に出くわしました。

「な、なにをしているの?」

 と尋ねると、

「そっちこそ」

 と問い返されました。

 三人がめいめい拳を開くと、手のひらの上には小さな種がありました。

「アハハハ」

 琥珀が笑うと、翡翠と須臾もつられて笑い出しました。

「やっぱり、みんな考えることはいっしょだね」

 琥珀と翡翠と須臾の三人は、シルユリから、一つずつ種をもらっていたのでした。ナイショでね。



第二章 おわり

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