第二章 最後のユリコーン

第1話 リリット村(ヒロイン登場!)


「もうすぐリリット村だね」

 と琥珀こはくが言うと、翡翠ひすいが深々とうなづきました。

「ほんっと、長い旅だったわ。だけどあたしたちは、やりとげたのよね。幻のユリコーンの谷を探し出して、種をたくさんもらって帰ってきたわ」

「うん。村の連中も大喜びだよね、きっと」

 それから、琥珀と翡翠は立ち止まって、後を振り返りました。ふたりの後からふわふわと地に足が付かない足取りでついてくるのは須臾しゅゆでした。

「ぼやぼやしてると、種を地面におっことしちゃうわよ」

 翡翠が注意すると、須臾はハッと目が覚めたような顔をして「えっ?」と言いました。

 琥珀と翡翠は声を上げて笑いました。

「もう、須臾ったら、まだユリコーンの谷にいるつもりなの?」

「え、やだ、そんなこと……」

 図星でした。須臾は、ユリコーンに種をもらったときの思いでにひたりきっていたのでした。


「あたしのことはお姉さまって呼んでね」

 ユリコーンのナツミはそう言いました。

「お姉さま……」

 声に出しただけで、こころが震えました。

「わたしをお姉さまの特別にしてください」

「言われなくても、あなたは私の特別よ。さあ、力をぬいて。あたしに身を委ねて」

「あっ……」

 はじめて種をもらったときの喜びは一生忘れることはないだろうと須臾は思いました。

 琥珀と翡翠にも特別なお姉さまがいて、そのお姉さまからいっとう最初に種をもらっていました。


 リリット村に近づくにつれて、三人は鼻をヒクヒクさせました。

「なんか、焦げ臭くない?」

「そうね、山火事でもあったのかしら」


 突然、ザザザザッ! と草木が押しわけられ、黒いものが飛び出してきました。

「うわっ!」

 琥珀は飛び退き、翡翠は後ずさり、須臾は尻餅をついてしまいました。

 小さな黒いものは、大きな口を開けたかと思うと、鼓膜が破れそうなほどの大声で泣き喚きました。


「うわああああああああん!」


 須臾はハッと膝をついて起き上がりました。

瑪瑙めのう!」

「えっ!」と琥珀。

「この黒チビが?」と翡翠。


「おねえちゃああああん!」


 黒チビは、須臾の腕の中に飛び込んできました。

瑪瑙めのう? ほんとうに瑪瑙なの? こんなに真っ黒になって、何があったの?」

 瑪瑙はしゃくりあげながら言いました。

「村が燃えちゃった! ジャイキーンがやってきて、村をぜんぶ燃やしちゃった!」

「なんだって!?」


 ジャイキーンはミユシュカを履いた生き物で集団で行動します。小さなリリットはいつもジャイキーンの虐めリサイタルに悩まされていました。


 焼け跡の中で、琥珀と翡翠と須臾は、呆然と立ち尽くしました。

 かつてリリット村があった場所には、今は灰と煙しかありませんでした。


「ちくしょう!」琥珀がうなりました。「わたしたちの村が…」

「ゲラゲラ笑いながら、あいつら村を焼いたんだよ!」

 と、瑪瑙が訴えました。

「面白がってやったなんて」翡翠は絶句しました。「リリット村をなんだと思ってるのよ!」

「村のみんなはどうなったの?」須臾が尋ねました。

「わかんない」瑪瑙はうなだれました。「火がまわって、みんなパニックだったわ。捕まった子はボコボコに殴られてた。あたしは運良く森の中に隠れて、おねえちゃんたちが帰ってくるのを待ってたの」


「わーーっ!」

 焼け跡の一画から叫び声に似た歓声が上がり、ミユシュカを履いた軍団が、うじゃうじゃとわきでてきました。

 リリットの1.5倍くらいの背丈があるそいつらは、須臾たちを指さして叫びました。

「見て! リリットよ!」

「狩っちゃえ! 狩っちゃえ!」

「持ち物全部奪っちゃえ! リリットのもんは全てうちらのもんよ!」

「さあ、虐めリサイタルの始まりじゃーーんっ!」


「キャーッ!」瑪瑙が怯えた悲鳴を上げました。

「ジャイキーンだ!」琥珀は瑪瑙の手を引っ張って駆け出しました。翡翠と須臾も後に続きました。

「森の中へ! 早く!」


 全員が同じ様な髪形をし、同じ様なミユシュカを履いたジャイキーンの軍団は、不気味で迫力がありましたが、リリットたちがあたふたと森へ逃げ込むと、それ以上は追ってきませんでした。

 森の中では、小さなリリットたちの方が有利だったのです。

「チッ! マジムカつくぅーーっ!」

 と、森の手前で地団太を踏みながら、ジャイキーンたちは吐き捨てました。



 小川のほとりで、須臾は煤だらけの瑪瑙をきれいにしてあげました。

 須臾たちより頭一つ小さい瑪瑙は、姉たちがそれぞれ持っている袋の中に入っているたくさんの種を見て目を丸くしました。

「種! 種だわ! リリットの種!」

「うん」琥珀がうなづきました。「不幸中の幸いというべきか、この種さえあれば、わたしたちは、いつでもどこでも村を再建できるんだ」

「ユリコーンに会ったのね!」

 瑪瑙がぴょんぴょん飛びはねました。

「どこで会ったの? どんなだった?」

「どこで会ったかは、秘密だけど」と、翡翠。「どんなだったかは、須臾に答えてもらいましょう」

 須臾は頬を赤く染めて言いました。

「ユリコーンはすっごくやさしくて、わたしたちをとってもかわいがってくれたわ。そして、いっぱい種をくれたの」



 リリットたちは、小川を遡って、新しい村となる場所を探すことに決めました。

 川沿いの細い道を歩きながら、翡翠が天を仰いで嘆きました。

「ああ、あたしたちは、安住の地を求めて、永遠にさまよう運命にあるのね」

「大げさだな」琥珀が笑いました。「すぐに見つかるさ。わたしたちの黄金の谷がね」

「で、種を植えると、瑪瑙のような悪たれが生まれてくるってわけね」

「悪たれじゃないもん!」瑪瑙がブーブー言いました。


 しばらく行くと、集落を見つけました。

 住人はみんなランドーブをジャラジャラさせて、ギーギーガーガーにぎやかにさえずっていました。

「ジャイキーンの集落だわ」と須臾が言うと、

「いや違う」と琥珀が言いました。

 確かにジャイキーンに似ていましたが、ロンシュカを履いて、より肉付きがよく、よりにぎやかで、陰険そうに見えました。そしてみな、ランドーブを身に着けていました。

 しばらく見ていると、集落内で明確な派閥ができて、いがみあっているようでした。

「バービアラの集落だ」


 リリットたちの一行は、そっとその集落から離れて、先へ進みました。



 まもなく、黄金の谷とはいかないまでも、住み良い谷を見つけたリリットたちは、草ぶき屋根の家を建てたり、リリット畑を作ってユリコーンからもらった種を植えたりして、村の再建にとりかかりました。


 ユリコーンの谷探しの旅に出る前は幼かった琥珀、翡翠、須臾の三人も、今では立派なリリットです。そんな三人に、いつもチビ扱いされて、瑪瑙はぷんぷん怒っていました。


「うろちょろしないでちょうだい、おチビちゃん。仕事を手伝わないなら、あっちへいっててよ」と琥珀には言われました。

 翡翠は、「耳元で怒鳴らないで、あんたの声は特別大きいんだから、ほらほら、好き嫌いしないで、しっかり食べるのよ、おチビちゃん」と言いました。


「ふたりとも、だーいきらい!」と、瑪瑙は思いました。


 琥珀と翡翠とは違って、須臾はめったに叱ったりすることはありませんでいた。

 それでつい、須臾の側にいる時間が増えてしまう瑪瑙でしたが、ある日。


「なにをしているの!」

 瑪瑙はビクッとして、リリット畑の土を掘る手を止めました。

 顔を上げると、かんかんに怒った須臾が立っていました。

「た、種がどうなったかなあって見ようと……」

「なんてことするの!」

 須臾はピシャリと瑪瑙の手をたたき、土を元に戻しました。

「こんなこと絶対にしないでちょうだい! わかった?」

 瑪瑙は返事をせず、ぐずぐずしていました。

「種はデリケートなのよ。もし、傷でもつけたりしたら……」


「おねえちゃんなんかだいきらい!」


 そう叫ぶと、瑪瑙はくるりと背中を向けて、リリット畑から走り去りました。

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