第一章 幻のユリコーン
幻のユリコーン
「見て見て、きれいでしょう?」
木漏れ日の差し込む森の中で
すると、ピンク色の
「ほんとね。完璧な四頭身、うらやましいわ。それに見事なずんどー」
と、
「わかった、わかった」
身長一メートルにも満たない琥珀と翡翠と
夜になると小さな三人は、脱いだ
「この世からユリコーンがいなくなって何年たつのかしら」
すぐさま翡翠が反論しました。
「ユリコーンはいなくなったりしてないわ!」
「じゃあ、あんたはさびしがりやのユリコーンを見たことがあるの?」
一瞬答えに窮した翡翠でしたが、すぐに言い返しました。
「ユリコーンはほんとうにいるのよ!」
小さな三人の中で一番ユリコーンの存在を信じているのが、一番美しい翡翠でした。
「森のずーっと奥の方に、美しい渓谷があって、ユリコーンはみんなそこで幸せに暮らしているのよ」
「
琥珀が
「わからないわ」
「そのとおりだね」
と琥珀は言いました。
「ああ、なんてもどかしいの。いるならいるで、さっさと出てきてくれればいいのに」
翡翠がいらいらした口調で言いました。
土の中で眠るのは気持ちいいけれど、長い間眠っているのは危険でした。足に根が生えて、動けなくなってしまう恐れがあるからです。
小さな三人は旅を続けました。
翡翠は大輪のスノーベルの花を摘んで髪にかざりました。
ユリコーンらしき人影を見つけて近づいて確かめてみると、それはタヌキネイリをしたポンポコーンでした。
ボンッ! と音をたてて人影は獣人に変化しました。
「ひゃっ!」
須臾は驚き、ポンポコーンはイタズラが成功したことに気をよくして、お腹をポンポコ叩きながら、去っていきました。
琥珀と翡翠は好奇心旺盛でしたが、少々無鉄砲なところもありました。オチ・ブレヒトの村を見つけたときには、二人はその村に行ってユリコーンの谷のありかを聞き出そうとしましたが、
「ダメよ! オチ・ブレヒトに食べられてしまったらどうするの?」
「恐いのなら、ここで待ってればいい。わたしたち二人で行ってくるから」
琥珀が言いました。
「そんなのぜったいダメよ!」
「もう! あんたって、どうしていつもボゴボゴなの?」
翡翠が言いました。
「ボゴボゴって?」
「みっともないってことよ!」
結局、オチ・ブレヒトの村へは行かず、ムッとした琥珀と翡翠を先頭にして、
いくつもの森を抜け、いくつもの湖を渡り、そしてある日突然、誰もいない場所から声が聞こえてきました。
「あなたはだあれ?」
小さな三人はハッとして立ち止まり、あたりを見回しました。
見えるのは木立ばかりで、人影は一つも見えませんでした。
再び声が聞こえてきました。
「あなたはだあれ? ここへなにしにきたの?」
一人目が飛び出して言いました。
「わたしはリリットの琥珀。幻のユリコーンの谷を探しているの。あなたこそだれなの?」
続いて二人目も飛び出しました。
「あたしは翡翠。あなたはユリコーンじゃないの?」
すると、それまで見えなかったものが見えました。まるで木々にとけこんでいたかのようでした。リリットの二倍近い背丈の娘がスーッと現れたのです。
「私の名はカオリ、あなたたちが探しているユリコーンよ」
「え!?」
カオリは驚いている琥珀と翡翠の手を引いて、森を抜けました。
すると目の前には、まばゆいばかりの金色の草原が広がっていたのです。
けわしい山脈とぶ厚い森に囲まれた金の谷の真ん中には、おだやかな流れの川がありました。きらめく川の周りには、たくさんのユリコーンたちがいて、泳いだり、日光浴をしたりしていました。
「こ、ここがユリコーンの谷なの?」
感極まった口調で翡翠が尋ねました。
「そうよ」
とカオリは答えました。
琥珀はぴょんぴょんとびはねました。
「ついにたどりついたんだ!」
カオリが琥珀と翡翠の二人を川岸へ連れていくと、ユリコーンたちがわっと集まってきました。
ユリコーンたちは歓迎の挨拶とばかりに、琥珀と翡翠をなでたり、抱き上げたりしていました。
後から一人ぽつんとついてきた
川岸からどんどん離れ、ユリコーンたちの声が遠ざかりました。
足元の草をかきわけて走る音だけが須臾の耳に聞こえてきました。
最初から分かっていたことでした。それでももしかしたらと、儚い望みを抱いていました。
ここはわたしのいるべき場所じゃない。
誰もわたしを見てくれない。
誰もわたしなんか愛してくれない。
旅の間に十分過ぎるほどわかった。
美しい翡翠、活発で魅力的な琥珀、だけどわたしはいつも脅えてばかりでみっともない。
わたしなんかを誰が好きになるっていうの?
誰も好きになってくれるはずがない。
わたしの居場所なんか、きっと世界中探したってどこにもないんだ。
森の奥へ行って、永久に姿をくらましてしまいたいと、須臾は思いました。
しかし、森へたどりつく前に、草に足を取られて、バタリと倒れてしまいました。
ああ、この期におよんで、なんてみっともないんだろう。
須臾は頭を両腕の間に埋めて、じっとうずくまっていました。
「うっ、うっ……」
腕の隙間からすすり泣きがもれてきましたが、気がついた人は誰もいませんでした。
背中をなでられて、須臾はビクッとしました。
恐る恐る顔をあげると、美しいユリコーンがひとり、首をのばしてのぞいていました。
「あたしはナツミ、あなたは?」
「し、
ナツミはどぎまぎしている須臾を抱いて、川岸まで運んでいきました。
すると、ユリコーンたちがぞろぞろと集まってきて、須臾をなでたり、抱き上げたりして、歓迎の挨拶をしてくれたのです。
「ちょっとまって、あ……、だめ、あははっ!」
さっきまで泣いていたことも忘れて笑顔がこぼれました。
ユリコーンたちは代わりばんこに須臾の頬にキスをしました。
須臾はうれしくて笑顔ではちきれそうになりました。
ユリコーンたちにとって小さな三人、琥珀と翡翠と須臾は、みんなかわいいリリットでした。ユリコーンたちは愛情を出し惜しみしませんでした。わけへだてなく三人のリリットを可愛がったのでした。
ユリコーンの谷で一月を過ごした後、小さな三人は帰路につきました。
「これで胸をはってリリット村に帰れるね」
と琥珀が言いました。
「ユリコーンの谷はほんとにあったのよ。でもこのことは、誰にも秘密よ」
と翡翠は言い、それから須臾の方を向いて尋ねました。
「どうしたの? にやにやしちゃって」
須臾はにっこりしたまま答えました。
「いっぱい種をもらっちゃった」
その種を植えると、琥珀や翡翠や須臾のような子が、土の中から生まれてくるでしょう。そしてやがてその子たちも、ユリコーンの谷を求めて旅立つことになるのです。
第一章 おわり
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