第一章 幻のユリコーン

幻のユリコーン


「見て見て、きれいでしょう?」

 木漏れ日の差し込む森の中で翡翠ひすいが爪先でクルリと回転しました。

 すると、ピンク色のバブーシュカワンピースの裾がひらひらと舞い、リボンをつけた髪がふわっと風になびきました。


「ほんとね。完璧な四頭身、うらやましいわ。それに見事なずんどー」

 と、須臾しゅゆは思いました。


「わかった、わかった」

 琥珀こはくがいつものように、軽くあしらいました。自分を飾ることには興味がない琥珀でしたが、テキパキした身のこなしは須臾しゅゆにはとても魅力的に見えました。


 身長一メートルにも満たない琥珀と翡翠と須臾しゅゆの三人でリリット村を出て旅を始めて以来、須臾しゅゆは常に自分が他の二人よりも劣っているという事実を突きつけられていました。ねたましい気持ちをなんとか表に出さないように気をつけていましたが、日を追うごとに、それは難しくなっていくような気がしていました。


 夜になると小さな三人は、脱いだバブーシュカワンピースが汚れないようにきちんとたたんでから、土の中にもぐって眠りました。なかなか寝付けないのか、琥珀が話しかけてきました。


「この世からユリコーンがいなくなって何年たつのかしら」

 すぐさま翡翠が反論しました。

「ユリコーンはいなくなったりしてないわ!」

「じゃあ、あんたはさびしがりやのユリコーンを見たことがあるの?」

 一瞬答えに窮した翡翠でしたが、すぐに言い返しました。

「ユリコーンはほんとうにいるのよ!」

 小さな三人の中で一番ユリコーンの存在を信じているのが、一番美しい翡翠でした。

「森のずーっと奥の方に、美しい渓谷があって、ユリコーンはみんなそこで幸せに暮らしているのよ」

須臾しゅゆ、あんたはどう思う?」

 琥珀が須臾しゅゆに尋ねました。

「わからないわ」須臾しゅゆは言いました。「でも、わたしたちは見つけなくちゃならないんだわ。でないとリリット村には帰れないもの」

「そのとおりだね」

 と琥珀は言いました。

「ああ、なんてもどかしいの。いるならいるで、さっさと出てきてくれればいいのに」

 翡翠がいらいらした口調で言いました。


 土の中で眠るのは気持ちいいけれど、長い間眠っているのは危険でした。足に根が生えて、動けなくなってしまう恐れがあるからです。



 小さな三人は旅を続けました。

 翡翠は大輪のスノーベルの花を摘んで髪にかざりました。

 ユリコーンらしき人影を見つけて近づいて確かめてみると、それはタヌキネイリをしたポンポコーンでした。

 ボンッ! と音をたてて人影は獣人に変化しました。

「ひゃっ!」

 須臾は驚き、ポンポコーンはイタズラが成功したことに気をよくして、お腹をポンポコ叩きながら、去っていきました。


 琥珀と翡翠は好奇心旺盛でしたが、少々無鉄砲なところもありました。オチ・ブレヒトの村を見つけたときには、二人はその村に行ってユリコーンの谷のありかを聞き出そうとしましたが、須臾しゅゆは真っ青になって止めました。

「ダメよ! オチ・ブレヒトに食べられてしまったらどうするの?」

「恐いのなら、ここで待ってればいい。わたしたち二人で行ってくるから」

 琥珀が言いました。

「そんなのぜったいダメよ!」

 須臾しゅゆは一生懸命に止めました。


「もう! あんたって、どうしていつもボゴボゴなの?」

 翡翠が言いました。須臾しゅゆは意味がわからなくて尋ねました。

「ボゴボゴって?」

「みっともないってことよ!」


 結局、オチ・ブレヒトの村へは行かず、ムッとした琥珀と翡翠を先頭にして、須臾しゅゆたちは旅を続けました。



 いくつもの森を抜け、いくつもの湖を渡り、そしてある日突然、誰もいない場所から声が聞こえてきました。


「あなたはだあれ?」


 小さな三人はハッとして立ち止まり、あたりを見回しました。

 見えるのは木立ばかりで、人影は一つも見えませんでした。

 再び声が聞こえてきました。


「あなたはだあれ? ここへなにしにきたの?」


 一人目が飛び出して言いました。

「わたしはリリットの琥珀。幻のユリコーンの谷を探しているの。あなたこそだれなの?」

 続いて二人目も飛び出しました。

「あたしは翡翠。あなたはユリコーンじゃないの?」


 すると、それまで見えなかったものが見えました。まるで木々にとけこんでいたかのようでした。リリットの二倍近い背丈の娘がスーッと現れたのです。


「私の名はカオリ、あなたたちが探しているユリコーンよ」

「え!?」


 カオリは驚いている琥珀と翡翠の手を引いて、森を抜けました。

 すると目の前には、まばゆいばかりの金色の草原が広がっていたのです。

 けわしい山脈とぶ厚い森に囲まれた金の谷の真ん中には、おだやかな流れの川がありました。きらめく川の周りには、たくさんのユリコーンたちがいて、泳いだり、日光浴をしたりしていました。


「こ、ここがユリコーンの谷なの?」

 感極まった口調で翡翠が尋ねました。

「そうよ」

 とカオリは答えました。


 琥珀はぴょんぴょんとびはねました。

「ついにたどりついたんだ!」


 カオリが琥珀と翡翠の二人を川岸へ連れていくと、ユリコーンたちがわっと集まってきました。

 ユリコーンたちは歓迎の挨拶とばかりに、琥珀と翡翠をなでたり、抱き上げたりしていました。


 後から一人ぽつんとついてきた須臾しゅゆは、立ち止まってその様子を見ていましたが、突然、くるりと背をむけて来た道を引き返しました。


 川岸からどんどん離れ、ユリコーンたちの声が遠ざかりました。

 足元の草をかきわけて走る音だけが須臾の耳に聞こえてきました。


 最初から分かっていたことでした。それでももしかしたらと、儚い望みを抱いていました。


 ここはわたしのいるべき場所じゃない。

 誰もわたしを見てくれない。

 誰もわたしなんか愛してくれない。

 旅の間に十分過ぎるほどわかった。

 美しい翡翠、活発で魅力的な琥珀、だけどわたしはいつも脅えてばかりでみっともない。

 わたしなんかを誰が好きになるっていうの?

 誰も好きになってくれるはずがない。

 わたしの居場所なんか、きっと世界中探したってどこにもないんだ。


 森の奥へ行って、永久に姿をくらましてしまいたいと、須臾は思いました。

 しかし、森へたどりつく前に、草に足を取られて、バタリと倒れてしまいました。

 ああ、この期におよんで、なんてみっともないんだろう。

 須臾は頭を両腕の間に埋めて、じっとうずくまっていました。

「うっ、うっ……」

 腕の隙間からすすり泣きがもれてきましたが、気がついた人は誰もいませんでした。


 背中をなでられて、須臾はビクッとしました。

 恐る恐る顔をあげると、美しいユリコーンがひとり、首をのばしてのぞいていました。

「あたしはナツミ、あなたは?」

「し、須臾しゅゆ

 ナツミはどぎまぎしている須臾を抱いて、川岸まで運んでいきました。

 すると、ユリコーンたちがぞろぞろと集まってきて、須臾をなでたり、抱き上げたりして、歓迎の挨拶をしてくれたのです。

「ちょっとまって、あ……、だめ、あははっ!」

 さっきまで泣いていたことも忘れて笑顔がこぼれました。

 ユリコーンたちは代わりばんこに須臾の頬にキスをしました。

 須臾はうれしくて笑顔ではちきれそうになりました。

 ユリコーンたちにとって小さな三人、琥珀と翡翠と須臾は、みんなかわいいリリットでした。ユリコーンたちは愛情を出し惜しみしませんでした。わけへだてなく三人のリリットを可愛がったのでした。



 ユリコーンの谷で一月を過ごした後、小さな三人は帰路につきました。

「これで胸をはってリリット村に帰れるね」

 と琥珀が言いました。

「ユリコーンの谷はほんとにあったのよ。でもこのことは、誰にも秘密よ」

 と翡翠は言い、それから須臾の方を向いて尋ねました。

「どうしたの? にやにやしちゃって」

 須臾はにっこりしたまま答えました。

「いっぱい種をもらっちゃった」


 その種を植えると、琥珀や翡翠や須臾のような子が、土の中から生まれてくるでしょう。そしてやがてその子たちも、ユリコーンの谷を求めて旅立つことになるのです。



第一章 おわり

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