僕に冷たい美少女が「僕のことが好き」と、女装中の僕に相談してきた。
カカオオレ
第一話
僕は今、蛇に睨まれた蛙の気持ちを体感させられています。
〇
事件は昨日の放課後。
席替え係がクラスメッセージに上げた座席表の隅に書かれた、二つの隣り合う名前。
『
粧衣は僕の名前。
問題はその隣だ。
凍り付くような冷たい視線と態度で、見た目の良さに反して周りに全く男子が近寄らない…というか近寄れない美少女。
今までは席が離れていたから関わりもなかったけど、隣になればペアワークをしたり教科書を借りたりすることがある。
どうしても最低限の干渉は避けられない。
こういう時は先手必勝だ。
そして今朝。
そう思った僕は、席替えを終えてすぐに彼女のほうを向いて口を開いた。
「凍星さん、これからよろ――」
背筋が凍るような感覚に思わず声が止まる。
なんかめちゃくちゃこっち見てる。
見てるどころかもはや視線で射殺そうとしてきてる。
後ろから黒いオーラと共に「ずももももも…」って謎の効果音が聞こえるし。
なんか、遠目で見てたのと全然違う気がする。
実際に見られるとこんな圧凄いのか…。
彼女は殺意を隠すこともなく、ちまりと頭を下げる。
よろしくの挨拶のつもりなのだろうが、僕には獲物を前にいただきますをしているようにしか見えない。
…正直、もう限界かも。
胃の調子が急速に悪くなるのを感じながら、僕は席替え係に向かって心の中で呪詛を始めた。
〇
何とか今日を乗り切った。
学校が終わり、そのままの足でバイト先へと向かう。
喫茶「木枯らし」。
古民家風のお洒落な雰囲気で居心地がよく、僕もバイトに入る前から通っている喫茶店だ。
元々この店でバイトするつもりはなかったが、カウンターで一人でコーヒーを飲んでいたらオーナーに凄い熱量でバイトに入ることを勧められた。
しかも、何故か執事服ではなくメイド服のほうで。
オーナー曰く「顔がかわいくてタイプだからメイド服を着てほしい」らしい。
僕に女装の趣味はないしあまりに唐突なので勿論断ったが、時給がオークションのように2000円まで上がったところで、オーナーの懐が心配になって咄嗟に受け入れてしまった。
休憩室に荷物を置いて、制服であるシックなメイド服を持って、更衣室へ向かう。
どうやら今日は、新しいバイトが入るらしい。
バイトは募集ではなく、今回もオーナーが気に入った子をスカウトしたらしいので、僕に次いで二人目のバイトだ。
ちなみに今回は時給1400円の時点で時給のつり上げは止められたらしい。
いくらオーナーの趣味で採用してるとはいえ、お金は本当に大丈夫なのだろうか。
僕が更衣室を出ると、すぐそこの休憩室には二人の女性の話し込む後ろ姿があった。
20代前半に見える落ち着いたメイド服が似合う黒髪の女性。
これがオーナーの、
そしてその隣が、多分バイトの人かな?
高校の制服を着た、綺麗で美しい髪の女の子。
…ん?あれ?
なんだか凄く既視感が。
これは、嫌な予感しかしないな。
顔が引きつるのを自覚しながら必死にそれを抑えようとしていると、二人がこちらを振り向いた。
「ああ、粧衣ちゃん!この子が新しいバイトの子、凍星ちゃんだよ!」
「あ、宜しくお願いします。凍星で――え?」
空気が凍るのを感じる。
オーナーだけがその空気感に取り残されて、一人でニコニコしている。
まずい。
どうしよう。
女装して働いてるのがバレたら。
しかもこんな怖い人にそんなこと知られたら。
学校中にばらまかれて社会的に死ぬ。
僕は数瞬の間に何万もの思考を巡らせて、最適かと思われる姑息の一手を打つ。
「え、凍星さんって、うちの紅葉のクラスの子だよね?」
「え、あ、はい。あの…粧衣さんは?」
「私は紅葉の姉の…
これしかない。
とりあえず今はこれで凌ぐ。
幸い、もう着替えは終わっている。
ウィッグも着けて服も違うので、そう簡単には僕の正体を見破れないだろう。
僕に女装の技術を仕込んでくれたオーナーに、今だけ感謝だ。
「え?粧衣ちゃん何言ってんの?粧衣ちゃんの名前――」
僕の必死の抵抗を無に帰そうとするオーナーの発言を、全力で睨んで制する。
この人には後で説明しよう。
今はとにかく、凍星さんに怪しまれないようにすることが第一だ。
「あ、お姉さんなんですね。これからお願いします」
「あ、う、うん。よろしくね~」
こうして僕の、絶対に正体がバレてはいけないバイト生活が始まった。
僕に冷たい美少女が「僕のことが好き」と、女装中の僕に相談してきた。 カカオオレ @02kare
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