第37話 苦闘するVRMとエンジン
翌日からのさとみは「季節料理 鷹花」のおかみ兼ヴォルテックス・ラプター・モーターの千隼専属クルーになった。さとみはネット情報や近所の本屋で買った本や千隼本人から、モータースポーツのドライバーが摂る食事について情報収集をした。ドライバーは大量のエネルギーが必要なため炭水化物が必要であること。それとフルーツ。脂肪分は原則禁止とされている。レース前には基本ポリッジを食べさせるのが良さそう。もっともこれはチームに帯同するモバイルキッチンやホテルで賄われるのでさとみは安心していていい。日常の食事がさとみの担当するところになる。
さとみは同時に管理栄養士の資格取得に向けて動き出す。ネットで参考書を取り寄せ斜め読みをする。思った以上の難しさだった。普通だったら、それだけで投げ出してしまうところだが、今回ばかりは違う。千隼のためとなれば、さとみは何でもできる気がした。
さらに千隼のさり気ない行動にも気を配り、「季節料理 鷹花」の経営をしていくのだから容易ではなかった。
だがそれでもレースは続く。
そしてその結果は惨憺たるものだった。第四戦の第五戦のレース1、2ともにエンジントラブルでリタイアしてしまう。しかも第五戦の「鈴賀三時間レース」に至っては九十二周のうちわずか十七周でのリタイアであった。国内戦、いわゆる「ジャパンシリーズ」からさとみはガレージに招かれるようになっていた。そのさとみが千隼に駆け寄り慰めようとしたが、それより前に千隼は床にグローブを叩きつける。ヘルメットを外したその眼には強い怒りと焦りと無力感が漂っていた。その厳しい眼つきでさとみの方に顔を向ける。
「これじゃレースしていないのも同然だ。車を走らせる代わりに火を噴くんだから、話にもならない。最初はどうってことなかった。だけど段々おかしくなっていって、いきなりだ。まるで時限爆弾だ」
「また次があるわ」
「次っていつ? 六戦目? 七戦目? その次は『
さとみは千隼の背中をさすり慰める。
「来るべき時が来るまで、よ。それまで牙を研ぎ続けるの。らしくないわ」
さとみの言葉に千隼は少しずつ落ち着きを取り戻す。
「……ああ。たしかにらしくないな。珍しくいら立って。カッコ悪いところ見せちゃった」
「そんなことない。ちーちゃんがどれだけ真剣にレースに取り組んでるか、すっごくよくわかる」
そしてそんな二人のやり取りをガレージの壁に背中を預けた綾がゼリードリンクを飲みながらじいっと見つめているのだった。
その後はテストテストの連続だった。千隼も綾もくたくたになるまで走らされた。メカニックも目を血走らせて改善策を探る。それでもエンジンは一向に改善しない。
そんなテスト走行に余念のない深夜、自分でエンジンをみられないか、ガレージまでやってきた綾は意外な人を見かける。ガレージ片隅のテーブルでノートパソコンを打つ千隼と背後のベンチでうたた寝しているさとみだった。
▼用語
※
【架空のレース】
L県霧早野市の霧早野サーキットで今シーズンから行われる耐久レース。霧早野サーキットは高速サーキットかと思いきやテクニカルなコーナーやシケインも多く非常に挑戦的なコース。
【次回】
第38話 深夜、千隼と綾
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます