訪問者
まるで睨みつけるように照りつける太陽。雲ひとつないスカイブルーの空。こんな猛暑じゃ誰も外には出たがらないだろう。家に帰って冷たいビールを喉に流し込みたい。そう考えているのは、フリーライターとして活動している西田義昭。今年の十月に三十二歳になろうとしている。彼は、三十代にみられることは少なく、よく四十代と言われることの方が多い。それもそのはずだ。彼は肥満と呼ばれる体型であり、一重でさやえんどうの様な目をしている。後頭部も数年後にはかなり寂しい光景になっているだろう。今日は、ある中学校を取材しにやってきた。何の変哲もないただの中学校。普通の人は皆口を揃えてそういうだろう。だが、この中学校はただの中学校ではない。この学校では本当に心霊現象が起こるのだ。冗談だと思うのならばそれまでだ。彼の仕事はそういったオカルトを記事にすることである。彼は関東にある大学を卒業後、東京でIT系の仕事についていたが、数年前のコロナウイルスの影響で職を失ってしまった。路頭に迷っていた時、フリーライターという職業を見つけた。次の仕事を見つけるまでの間のつなぎと考えていたが、案外フリーライターという仕事が性に合っていたのか、現在もこの仕事を続けている。彼がこの奈良県立桜一中学校を訪れたのはある出来事がきっかけであった。
それは、二年前の今日と同じ太陽が睨みつけているような日だった。僕はいつものようにオカルト小説を書くための情報収集に明け暮れていた。すっかり日が落ちてしまい、今日の晩御飯はどうしようかと考えていた矢先、僕はある少女とすれ違った。すれ違っただけでなんだと思うかもしれない。だが、僕はそうは思わなかった。その少女からは普通の人では持ちえない「何か」を持っていた。その「何か」は今になっても分からない。いや、分かりたくないと言った方がいいのかもしれない。わかってはいけないと僕の本能的な直感がそういうのだ。その少女は真っ赤な帽子をかぶっていた。顔は帽子の鍔で見ることはできなかったが、腰ほどまで伸びた黒い髪は月明りでツヤツヤとした光沢があった。服は、ノースリーブの白いワンピース。丈は膝あたりであり、少女の白くて細い手足が見えていた。夏の夜に降り立った妖精の様だと僕は思った。しかし、その幻想は瞬く間に打ち砕かれることになる。少女の声はこの世のものとは思えないほどおぞましかった。聞いてはいけない。とっさにぼくはそう思った。だがもう遅かった。少女と出会ってしまったのが運の尽きだったのだろう。僕は少女が言った言葉を今も忘れることが出来ない。それは、言語ではなかった。少なくとも僕が知っている言語ではなかった。だが、僕の脳みそに、心臓に、心に、まるで矢に撃ち抜かれたかのように少女の言葉が僕の中に入ってきた。少女は僕にこう言った。「______」と。
ようやく僕は中学校の正門に到着した。顔から吹き出る汗をハンドタオルで拭い、近くに設置してあったインターホンを軽く押した。すると、すぐに七福神の大黒天の様な六十代半ばと思われる男性がでてきた。その後僕は応接室に通された。しばらく待っていると校長と思われる大黒天のような男性がお茶を持って現れた。
「駅から遠かったでしょう。ささ、どうぞ。」
そう言って熱いお茶を僕の目の前に差し出した。こんなに暑いのに、熱いお茶をだされるとは。内心少々落胆しながら熱いお茶を啜った。
「私は奈良県立桜一中学校の校長を務めております。柳沢庄司と申します。」
名刺を差し出しながら、もう何年も前に頭皮のほとぼりが冷めたのだろうという頭を下げてきた。僕も将来こうなるのかと考えながらこちらも名刺を差し出した。
「わたくしはフリーライターをしております。西田義昭と申します。本日は時間を割いていただきありがとうございます。」
「いえいえ。ところで、一体この学校の何を記事にしようというのですか?」
おずおずと校長が訪ねてきた。まるで何かに怯えているようだ。
「そうですね。この学校に在籍していた女の子のことを伺おうと思い、まいりました」
僕は一枚の似顔絵を机の上にそっと置いた。この似顔絵は僕が二年前に作成したものだ。実際に彼女の顔の全貌をみたわけではない。しかし、何故か私には彼女の顔を鮮明に思い出し書くことが出来た。僕は美術的なセンスが人よりあった。風景画や人物画なんでも書こうと思えば書くことが出来た。この才能は僕がフリーライターになった今存分に能力を発揮してくれている。
「何故、あなたが、この少女のことを、?」
左の眉が一瞬だが動いた。何か知っている。
「この少女のこと、教えていただけますか?」
僕は獲物を狩る肉食動物の様な目でまっすぐ校長を見据えた。
「も、申し訳ありませんが、プライバシーの問題になるので、お教えすることはできません。」
言えない。言ってはいけない。相手の態度を見て僕はそう思った。
「もう帰っていただけませんか?あなたにお伝えできることはなにもありませんから。」
先ほどまでの男性とは違う男性と話しているようだ。顔一面に脂汗を浮かべ、まるで刃物を突き立てられているかのような有様だ。
「わかりました。お時間を取っていただきありがとうございました。」
そういうと震えあがっている校長を横目に応接室を後にした。
「結局、何の収穫もなしかぁ、、」
そう思い、ふと隣にあった掲示板に目をやった。何枚もの紙が貼られていた。古い紙もそのままじゃないか。そう思いながら、何か情報はないかと紙をかき分けた。写真があった。そう、写真だ。あの少女の。何故こんなところにあるんだ?何故誰もはずは無いんだ?何故?何故?様々な疑問が僕の頭の中を駆け巡った。その写真に触れようとした時誰かに呼び止められた。
「あんた、あの子のこと探ってるんだろ?」
わたしは驚きながら後ろを振り返った。私に話しかけた男性は七十代前半といったところだろうか。やせ形で、昭和の刑事ドラマに出てくるような渋い顔をしている。着ているつなぎとおそろいの帽子を深々とかぶっている。
「あの子?」
「そうだ。埼春香のことだ。」
私はその名前を聞いた瞬間、体に電流が流されたかのような衝撃を受けた。少女の名前は聞いたことがないし、知らなかった。だが、私にはわかった。わかってしまった。
「何故、僕がその子のことを探っていると思われたのですか?」
少々不審に思いながら僕は問いかけた。
「あんなにでかい声をあげてたらいやでも聞こえてくるよ。校長ももう少し考えてくれないかね。この学校は壁が薄いんだ。」
耳をほじりながら、あきれたようにそう言った。
「そうですか、、申し訳ないのですが、あなたは?」
だからと言って話してる内容までわかるのか。と思ったが今はそんなこと気にしている場合ではない。
「俺はここの用務員をしている。杉だ。今ここで詳しい話は出来ない。ついてきな」
くるりと後ろを向きそそくさと歩いていってしまう。状況が完全に飲み込めていない私は呆気にとられながらも重い体を動かし後について行った。
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