第19話 しぶといラスボス
言うことを聞かなくなったパンダたちを見捨てるようにして、不破は移動した。どういうわけだか知らないが、不破は猫のユートピアに向かった。猫のユートピアで決着をつけたかったのか。そこで勝つ自信があったのかもしれない。
猫のユートピアに入った。
不破は芝生の上で待ちかまえていた。
「さあ、猫ども。どこからでもかかってこい」
ニトラン派の猫たちは次から次へと地面を蹴り、不破に飛びかかる。不破は杖を振り回し、飛びつく猫たちをたたき落とすのに必死だった。猫たちの、ふだんなら耳にしたことのない悲鳴が響いた。醜いむごたらしさを象徴しているようだった。
何匹かの猫が杖の犠牲となり、地面に叩きつけられたり、体を殴打されてうずくまったり、のたうちまわったりした。
仲間がやられ、猫の動きが鈍った。それを見て取ったのか、不破は足のすくんだ猫たちを杖と足で蹴散らした。
太陽が雲に隠れ、涼しい風が吹きつけた。ステラはブルッと身震いした。
「どうだ、猫ども。人間とその武器に恐れをなしたか。グワッハッハ」
不破は上機嫌で見下ろした。
「私の攻撃はこんなものではないぞ。まだ序の口だ」
不破は怪気炎を上げ、薄気味悪く笑った。その笑い声は秋空に響き渡り、ステラはぞっとした。
「よくも、よくも、仲間の猫を」
ニトランは気色ばんだ。「俺の仲間にこれ以上手を出すな。もう我慢ならない」
「ニトランよ。おまえは猫戦争を始めたもう一方の頭だろう?」
「それがどうだというのだ」
「それが問題の発端だ」
「ハル・ジマ派の側から攻撃を受けたのだ。やり返さないと、こちらがやられてしまう。人間の世界でも同じはず。戦って当然だろうが」
「やはり、そうだ。ハルのお告げは正しかった。猫戦争は起こるべくして起こった。ハルとジマは死んだけれど、ジマを操ったのはこの私だ」
「それはすでに聞いたぞ」
「ニトラン。おまえは甘い。ニトラン派は、ハルとジマを信奉するラスボスに敗れるのだ。敗れることで猫戦争は終了する。私の側の勝利で」
「それは逆だろう。ニトラン派が勝つ。正義が滅びることはない」
「ごたくを並べても始まらない。戦いをやめるつもりがないのなら、受けてやろう。ニトラン、かかってこい」
ニトランは挑発され、顔に真剣さを増した。味方の猫を後ろに下がらせ、前に進み出た。
「不破は悪魔だ。悪は十月をもって滅ぶ。秋の紅葉もしかと見届けることだろう」
「何を言うか」
「行くぞ。覚悟しろ、悪徳マスター」
ニトランは不破の前に来ると、周囲を走り回った。不破は向きを変え、めまぐるしく走るニトランから目を離さないように体を左右に揺らす。
「それー」
ニトランは叫ぶと同時に、不破の背中に飛び移る。手の届かないところに猫が貼りつき、不破は体をうねらせて身悶えした。
「このペットめ。邪魔しやがって」
「俺は死んでも離れないぞ」
落ちないと見るや、不破は芝生にひっくり返った。芝生の地面に挟まれる前に、ニトランはひょいと離れた。ニトランは、仰向けになった不破の服の上から右腕にがぶりとかみついた。
「痛っ! 何をするか。この気狂い猫め」
不破は左手で右手の猫を叩いた。ニトランは叩かれ、パッと不破から離れて距離を取った。
ラスボスは芝生からむくりと起き上がると、腹立ちまぎれに芝生をむしって投げつけた。
「この野郎め。今に見ておれ」
気の荒い悪党を、不破はどこまでも演じた。
「攻撃といっても、たかがその程度か。よく分かった」悪党はニヤリと笑った。
「なんだと?」
「こちらにはまだ余裕がある。口惜しいか。口惜しければ、私を追うがいい」
不破はマントを翻し、背中を向けて走った。細い体で風を切り、その場から逃げ出した。
「待て、不破」
ニトランとステラ、猫軍曹らは不破の後を追いかけた。
不破は公園に入った。猫たちもそこに入る。
不破は振り返って不敵に笑った。ズボンのポケットからスプレー缶を取り出し、それをこちらに向けた。
「これでも食らえ」
スプレー缶から何かの飛沫が飛び散った。
「うわっ。なんだ、これは。目が痛いぞ」
飛沫を浴び、ニトランはたまらず足で目をこすった。ステラも顔をしかめ、しきりに足で顔を触った。
「フハハハハ。護身用のスプレーだ。まいったか」
目の異状に苦しむニトランとステラを、不破は杖の先で突いた。
両者はしばらく攻撃しなかった。さすがの不破も、護身用スプレーだけでニトランらを退治するつもりはなかったようだ。
スプレーの効果が薄れてきた。
ニトラン、ステラ、猫軍曹は不破と対峙した。太陽はしだいに傾き、猫たちの影は長く伸びた。
「不破、覚悟! 私が相手よ」
ステラは叫んだ。尻尾と後ろ足で立ち、前足を大きくあげた。
「おとなしく人間として生きていればいいものを、猫戦争なぞに加わりおって」
「私は自分で運命を選んだの。不破の話したお告げに従って、猫戦争を終わらせるわ。不破を倒して」
「フハハハ。猫の体で私を倒してみるがいい」
「どうなっても知らないわよ」
ステラの台詞が終わらぬうちに、不破は力まかせにステラめがけて杖を振り下ろした。ステラは横に飛び、それをよけた。
「たいした動きじゃないわね。今度はこちらの番よ」
ステラは不破の横に回るとその影に隠れた。不破が体をねじる間に、ニトランが正面から飛びかかった。
ウワッと不破は叫んだ。ニトランの爪が服を切り裂いた。相手は逆上した。杖をめちゃくちゃに振り回し、応戦した。ニトランもよけたが、最後に一発もらって地面に叩きつけられる。
「ニトラン! だいじょうぶ?」
ステラがニトランに駆け寄る。
「おまえも道連れにしてやる。死ね」
不破が杖を振り上げた。ステラはニトランをかばい、目をつぶった。ステラの背中にしなった杖が飛んでくる。そう思った。
実際には、そうはならなかった。バシンと鈍い音がした。うっすらと目を開けると、ステラの背中に黒い影が重なっている。
「猫軍曹!」
二匹の猫のピンチを猫軍曹が体を張って守った。猫軍曹は杖をまともに食らい、倒れて起き上がれない。その目は閉じている。
「しっかりして!」
「哀れな仲間だな」
不破は低く笑った。
「許さないわ。不破め」
ステラは口を閉じて歯を食いしばった。猫の命を粗末にするような人間は、同じ生き物として断じて許すわけにいかない。
ステラは猫軍曹の体からするりと抜けだし、不破のすねにかみついた。
「こら、このメス猫め」
不破が振りほどこうとする。それでもステラは足にかみついて離さない。不破が杖を振り下ろした。その動きは読めていた。ステラはパッと離れた。杖は自身の足に当たり、不破は自業自得でおおいに痛がった。自慢のメガネがずり落ち、とてもぶざまな恰好に見えた。
「ざまあ見なさいよ。愚かな人間め」
ステラは不破を見下した。不破はメガネを元の位置に戻し、こう言った。「おのれ。このあばずれ猫。私は本当に怒ったぞ」
「怒ればどうなると言うの?」
「私を怒らせると恐いのだ。こうしてやる」
不破はズボンのポケットに押し込んであったアンプルを取り出し、ステラの前にかざした。
「何よ、その容器の中身は」
「フフフ。透明で分からないだろうが、動物に害のある成分が入っておる。これをおまえに飲ませてやる」
「飲まないわよ」
「こっちに来るがいい」
「だれが行くものか」
「そうか。では、捕まえて、むりにでも飲ませるまでだ」
不破は杖を地面に置き、ステラを捕まえようとかがんだ。ステラは身のこなしが軽く、簡単には不破などに捕まらない。不破は数分もすると息が上がり、追いかけるのをやめた。
「しょうがないな。アレを使おう」
不破は背負っていたカバンの中から大きなネットを取り出した。格子状のネットで、都会でゴミを捨てる際にカラスがほじくるのを妨げるゴミネットと同じである。
「これを用いて、文字通り、一網打尽にしてくれよう」
不破はステラの動きを封じようとする作戦に出た。緑色のゴミネットを投げたものの、これもまた動きが遅い。すばしっこい猫にはまるで役に立たない。どこに投げても、ゴミネットには石ころくらいしかかからないのが関の山である。
「ふん、だめか。くそっ」
不破は舌打ちした。緑色のゴミネットを足で踏んづけ、放置した。
今度は、ニトラン側の反撃だ。
的の大きな不破は狙いをつけやすい。まずは、猫軍曹が前に来て囮になった。その隙に、後ろに回ったニトランとステラが背後から飛びかかった。
「おっ、おまえたち、後ろから二匹も。汚いやり方だ」
不破はそう罵った。なんと言われようと、戦いに勝つには手段を選べない。
ニトランは首の後ろにかみつき、ステラは背中を滑り下りて不破の股間をパンチした。この攻め方は効果的だった。
「うげっ」
睾丸を叩かれ、さしもの不破も片膝をついた。男の急所をやられ、背中を丸めてかなり痛がった。
「いててて。この猫め」
不破は三匹の猫たちにやられ放題で、公園の砂場に追い詰められた。
「くそぉ。これでどうだ」
砂場の砂をつかみ、猫たちの顔めがけて投げつけた。
「うわっ。い、痛い」
ステラは叫んだ。飛んできた砂粒がステラやニトランの目に入った。至近距離からの目つぶしを食らい、さすがのステラやニトランもたじろいだ。
不破の放った苦しまぎれの攻撃は、彼の窮地を打開した。不破は尻をつけて後ずさりした。猫たちがひるんで攻めてこないと見るや、またしても公園から走って逃げ出した。
あと一歩のところまでラスボスを追いつめたが、不破はすんでのところで脱出を図った。
公園の奥で動かなくなっている猫軍曹を置いておき、ニトランとステラは味方の猫を連れて不破の後を追った。
不破を追い詰めることはできた。もう少しのところで、しぶといラスボスを取り逃がした。ステラはとても残念に思った。
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