第18話 ラスボスの逆襲
空き家の二階にいた不破はベランダに出て、こう叫んだ。
「よく見るがいい。我が軍は、ただのハル・ジマ派の残党ではないぞ」
不破は自分の陣営を指さした。
「パンダ!」
ステラは叫んだ。なんということだろうか。ステラは驚いて腰を抜かしそうになった。さっきまで猫だった動物の面影は消えている。そこに立っていたのは、白と黒のツートンカラーで小さめのパンダだった。猫よりもずんぐりむっくりで、パンダ以外の動物でないのは明らかだ。耳も丸く、尻尾は丸くて短い。足は太めで、肉球の形も猫とは違うはずだ。
「パンダに何をしたの?」
ステラは不破をなじるように言った。
「そんなことはどうだっていい。おまえたちは愛くるしい人気者に命を奪われる運命なのだ」
実際、パンダはかわいらしさを振りまきながら、その怪力でニトラン派の猫を苦しめた。
「おかしいわね。パンダはクマの仲間だけど、元をただせば祖先は猫。小学校の遠足で女の先生がそう言ってたよ」
ステラはパンダの鋭い爪をよけながら、割り切れない思いだった。
「パンダと猫が戦う必要はどこにあるの?」
「そうだな。よく分からない。パンダに聞いてみないと」
ニトランも疑問を持ちながら、向かってくるパンダと戦うしかなさそうだった。
野生のパンダが中国の竹林にいる映像が浮かんだ。おとなしそうな外見とは裏腹に、攻撃的で竹と竹の間に隠れるのが上手。竹藪ならぬ雑多な場所に隠れるのは猫以上なのかもしれない。猫がパンダにメタモルフォーゼしたのなら、不破率いる軍団がゲリラ戦を有利に展開できるのも不思議ではないと思った。でも、小さめのパンダたちを倒したところで、猫戦争に勝利したと呼べるのか。
「いずれにせよ、不破を倒せば謎は解ける。そして、きっとタケルも助かるわ」
ステラはそう呟いた。
「そうだ。それはいちばんの近道だ」
猫軍曹は前足をあげた。
「とにかく戦おう。戦って勝利を収めることでしか、猫戦争は終わらない」
ニトランも同意見のようだ。ステラたちは何度も危ない目に遭ったし、味方の一部を目の前で殺されて辛い経験をした。パンダを前にして戦を放棄するわけにはいかない。
小さなパンダたちは狂ったように歯をむき出しにし、硬そうな爪でニトラン派の猫を襲撃する。少々傷を負っても捨て身で一撃を加えてくる相手に対し、それまでの猫同士で争った戦いとは質が異なり、作戦も功を奏しなかった。体力差をいかしたパンチが飛んできて、それをまともに受けると相当大きなダメージをこうむるのだ。
ニトランは陣営を立て直すため、全軍に撤退を命じた。
「引け。引けぇ。可能なかぎり早く、安全な場所に集結しろ」
ニトラン派は三つほどの場所に集結した。集結した軍は、数を三分の一に減らしていた。
「ニトラン、たいへんだ。恐れていたことが起こった」
「どうした?」
「敵のパンダがニトラン派の猫を殺し、その肉を食ってるぞ」
「なんだって?」
「パンダは笹や竹を食べるんじゃないの?」
ステラとニトランは顔を見合わせ、首を曲げた。何かの間違いでは、と思いたかった。
「もはや、パンダはパンダでない。猫を食らう肉食兵だ」
「ヤバイな。それは危険すぎる。猫を食欲の対象にされてたまるもんか」
ニトランはヒゲをピンと張った。こういう時のニトランの表情は、何かを企んでいる時に見せるものだ。
「ニトラン、ヤバイよ。どうするの?」
ステラは心配し、ニトランの方を見た。
「まだ手は残っている。これからが勝負どころだ」
ニトランはそう言ってくるりと足を裏返し、自分の肉球をぺろりとなめた。ステラはニトラン派に秘密兵器か何かがあり、それが機能するのを期待した。
「ニトラン。いよいよ、あれを使うのか」
「ああ、そうだ。奥の手を使うしかなかろう」
ニトランは舌を出し、今度は口をなめた。
「ニトラン。これから何をするつもり?」
「ステラは黙って見ているがいい。俺たちにはまだ余力がある」
「余力?」
「ああ。戦っている猫だけがニトラン派じゃない。今に分かる」
不破の逆襲により、ニトラン派は劣勢に立たされた。その事実を受け止め、ニトランは起死回生の一手に打って出た。
ニトランは大きく息を吸い込むと、聞いたことのないような大音量の声で鳴いた。その鳴き声に呼応するように、今まで戦に加わらなかった老若男女の猫たちと、捕虜になったハル・ジマ派の猫たちが大群となって駆けつけた。パンダと不破に対して、それらの猫の大群が結束して怒濤のような波状攻撃をしかけた。
「すごい、すごい。さすがは派閥の長、ニトランね」
ステラは彼を褒め、感心した。
「見ろ。パンダたちがじりじりと下がっていくぞ」
ニトランは叫んだ。
味方の兵を増やしたことで、不破率いるパンダ軍はのそのそと逃げ回った。背中を向けて敗走するパンダに対し、猫たちはその大きな尻にガブリガブリと次々にかみついた。かみつかれるたびに、哀れなパンダは「フギャー」と獣の悲鳴を上げた。パンダは方向感覚を失ったのか、仲間同士でぶつかった。体を寄せ合って前足で顔を覆ったりもした。だれが見ても、彼らは戦意を喪失していた。臆病になったパンダはもはや猫たちの敵ではなくなった。パンダは動きを止めて震えながら地面に尻をつけた。その背中を猫たちがバンバンと蹴り出した。
「こら、パンダどもよ。立ち上がれ。私の兵士だろう?」
不破の命令に、パンダはうんともすんとも応じない。
不破は空き家から出てきた。その両手を大きく振り上げた。
「ええい。立ち上がって、猫と戦え」
いくら不破が怒ろうと、パンダは見向きもしない。いくら不破が指示を出そうと、どのパンダも立ち向かおうとはしない。
「どうやら、味方に見捨てられたな。不破」
「ちくしょう」
「見たか。そちらの兵はもはや、ただの臆病なマスコット人形と化したぞ」
「うーむ」
「不破。どうするつもりだ?」
ニトランは不破に対して強く出た。不破は黒縁メガネの汚れを指でふき、こう言った。
「くそぉ、ニトランめ。私はまだあきらめない。戦いをつづけるぞ」
「戦うにしても、兵が残ってないじゃないか。完全に愛想を尽かされて」
「何を言うか。ただの猫のくせに」
「哀れなマスターよ。あんた、猫をやっつけて何を望んでる?」
「偉そうに。人間の方が偉いものを」
「数々の猫虐待。許さないぞ、不破」
「なんとでも言え。動物が人間相手に勝てるものか」
「さぁ。どうかな」
「ニトラン。ずいぶん自信がありそうだな」
「不破。もはや、手下となる猫もパンダもいない」
「それがどうした。私一人で充分だ」
「往生際が悪いぞ、バーのマスター」
「私には私なりの理想と願望があり、考えがある。不毛な猫戦争はまだ終わりではない。ラスボスの私を倒さないかぎり、悲劇の幕は閉じないぞ」
「ほう、面白い。悪徳マスターの肩書きを捨て、善良な猫たちに征伐されるがいい」
「こしゃくなペットめ。人の恐ろしさを思いしるがいい」
「不破の負けだ。あっさり負けを認め、猫戦争を終わりにしろ」
「うるさい。そうは行くもんか。私が最後の砦になってやる。悪さを磨いて生きてきた私を相手に、互角に戦えるとでも言うのか」
「ふん。猫の力を甘く見ないでもらいたいね。それ、行くぞ」
ニトランは合図を送る。ニトラン、ステラ、猫軍曹の三匹でもって、不破に突進した。三匹は不破を襲撃した。不破は腰や足をかまれ、ステラたちを振り切って懸命に逃げた。
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