第17話 ラスボス登場
小部屋に壺を残し、三匹の猫は抜け穴を通ってボイラー室に出た。
「これで完璧ね。たしかに、ジマを殺し、その魂を封印できたわ。ちなみに、七十二時間までまだ余裕があるわね」
「よかったな。これでタケルも息を吹き返す」
「それはどうかな」
「え?」
「猫戦争はまだ終わっちゃいない」
妙な声が聞こえる。猫の声ではない。ステラは周囲を見た。どこかで、聞いた声。声の主は、開いたエレベーターの中から聞こえた。
「不破!」ステラは叫んだ。
「不破。もしかして」ニトランも何かに勘づいた。
「ときどき町を散歩しているバーのマスターにして、猫戦争の仕掛け人。それは、この私、不破なのだ」
「そうだったのか」
「どうして、不破がここにいるのよ」ステラは不破に問うた。
黒いマントを着た不破がエレベーターからゆっくりと出てきた。ステラは嫌な予感がした。
「テレビのお告げを聞いたな?」
「何のことかしら」
「とぼけるな。私はテレビのスピーカーからおまえに、『ハルのお告げを実行すれば、意識は戻るだろう』と教えた。『猫戦争を終わらせて』ともね。おまえは、それを本当に信じた。違うか?」
「それがどうしたっていうのよ」
ステラは語気を荒げた。
「ハルとジマを倒したのは認めてやろう。見事だ。その活躍、褒めてやる」
「不破。あなたが、ラスボスなの?」
「ハルはともかく、ジマを操っていたのは、この私だよ」
「何てことを」
ステラは不破の意図が読めた。とうとう黒幕が自らその姿を現したのだ、と。
「つまり、こういうことか」ニトランははやるステラを制し、前に出た。「ハル・ジマ派を組織し、化け猫ジマの糸を引いていたのはバーのマスター不破だ、と」
「そのように言ってるじゃないか、ニトラン。やっと気づいたか。遅かったな。愚かな猫よ」
「ラスボスの不破。あなた、どうして悪いことをするの」
「理由を聞かれてもな。これが私の生き様だから。さあ、こい。ここからは私が相手だ」
「よし、勝負しろ」
ニトランは勇ましく言い放った。
「勝てるかな? ワハハハハ。私を倒してみるがいい」
不破は黒縁のメガネを片手でずり上げ、細身の体をそらすようにして笑った。彼は杖を持っていた。
「何てことなの。私たちに何の恨みがあるの?」
「諦めろ。大人とはそういうもんだ」
「開き直らないで。これだから一部の人間は信用ならないのよ。あなたという人は、猫に対する愛情を持てないのね」
ステラは冷めた目で不破を軽蔑した。彼は皮肉を言われても、平然とかまえていた。
「さてと。こんな暗くて狭い地下室にいるのは、私の性に合わん。表に出ようか」
不破はエレベーターに乗り込み、三匹の猫を招き入れた。猫たちはエレベーターの中に入った。
エレベーターは動き、一階で停止した。
ドアが開く。そこにたくさんの猫がいた。猫たちはこちらを見て、その目を光らせた。
「どうだ? ハル・ジマ派の猫たちの歓迎は」
不破は冷ややかにこちらを見た。
「それ、猫ども。ニトラン派の幹部を血祭りに上げるのだ」
不破は持っていた杖を床に叩きつけ、新たな戦闘を扇動した。
ワーッと敵の猫たちが攻めてきた。
「逃げろ」
ニトランは多勢に無勢で、クルリと背を向けて逃げ出した。ステラと猫軍曹も敵前逃亡した。
ハル・ジマ派はナンバーワンとナンバーツーを失ったものの、新たにラスボスを迎えて士気が上がっていた。
「ヤバイぞ。早く味方の陣営に戻って態勢を立て直さないと」
ニトランは走りながら、ステラに言った。
「あのマスター、やっぱり信用ならないわ。この町に来たときから、言動が怪しかった。猫になった私とニトランたちをやっつけるつもりね」
「俺もあのマスターが憎い。現世ではバーの裏口で餌をくれたが、猫を倒そうとするのは悲しいとしかいいようがない。どんな方法でも、猫を虐げようとする人間は許せない」
「ニトランもそう思うのね。相手は人間。いい人も、よくない人もいる。とくに、大人は状況を見て態度を変えるようだし」
「タケルくんを救えるか保証はできないが、とにかく不破を倒さないことには何も始まらない」
「猫軍曹の言うとおりさ。ラスボスの不破を倒し、猫戦争を終わらせよう」
「そうね。それしかない。そうすれば、猫世界に真の平和が訪れ、タケルも元に戻れる気がするわ」
ステラは口を真一文字に結び、まっすぐ前を見た。「それと、いちおうだけれど、制限時間のことも考えてよね。不破がウソをついた疑惑は否定できないけれど」
「人事を尽くして天命を待とう」
「猫軍曹の言うのが正しい。神さまも、最後は正義に味方するだろうよ」
ニトランは勝利と希望を結びつけた。
ステラは、ジマよりも不破の方がくみしやすい相手ではないかと見ていた。確たる理由はない。ただ、恐ろしいジマを裏で操ったとはいえ、どこか間の抜けたところがあるような気がしてならなかった。
三匹は味方の陣営に入った。
「いよいよ、ラスボスとの対決だな」
「ねぇ。不破って、どうして、猫をいじめるの?」
「さぁな。聞いた話では、その昔、昼寝しているときに、猫に顔面を引っかかれた。それを根に持って、一部の猫を憎む気持ちが生まれたらしい。本当かは不明だが」
「人間でいた私でも、なんとなく、あの人は腹黒そうな気がしたわ」
「あのマスターの笑い話があるよ」猫軍曹が口を挟んだ。
「聞きたいわ」
「その昔、不破と奥さんがタクシーに乗っててさ。二人は後部座席にいたそうな。それで、彼は奥さんと口論してさ。奥さんは途中で降りて、百円ショップへ何かを買いに行った」
「そう。それで?」
「憤まんやるかたなかったんだろう、不破は。奥さんがいないからって、大きな音のおならをしてさ。気絶しそうなほど臭いのをしたんだって。仲間の野良猫から聞いたよ」
「フッフッ。笑っちゃだめだけれど、人間、誰しもおならを無性にしたくなるとき、あるよね」
「猫だって、おならくらいするよ。けっこう臭いと仲間内では言われてる」
ニトランは一般論ですませようとした。
「うっ。私のおなら、嗅いだことある?」
「いや、ない。ステラのはないよ」
「よかった」
「ミントがおならをした時、俺は臭くて逃げたよ」
ミャハハハとステラは笑うように鳴いた。
おならの話が終わり、ニトランは猫軍曹に円陣を組ませた。猫軍曹は気合いを込め、言った。
「いいか、みんな。敵の大将は不破というバーのマスターに代わった。相手は人間だ。猫の力を見せつけ、みんなで倒そう。倒すことで猫戦争を終わりにしよう」
「オー」
あちこちで気勢が上がった。
円陣をとくと、ハル・ジマ派とニトラン派のぶつかり合いが再開された。兵の数で勝るニトラン派に対し、ハル・ジマ派はゲリラ戦を展開した。ゲリラ戦といっても、猫の世界のことである。やることはたかが知れている。そう思ったとしたら、考えを改めるべきだ。ハル・ジマ派の抵抗たるや、半端ではなかった。相当激しい戦闘になり、こちらもずいぶん追い込まれた。不破が戦法を選択してハル・ジマ派を指揮したはずだが、人間がどのようにして猫に伝えたのか。ステラには疑問だった。
兵の少なくなったハル・ジマ派はさらに数を絞り、あちこちに兵を分散して隠れた。ある猫たちは段ボールの中に隠れた。別のものは、低木の茂みに身を隠した。自転車のカゴにいたり、雨よけのシートの中に身をひそめたりもした。そういう場所に二、三匹ずつで待機し、こちらの動きを監視していた。ニトラン派の出方をじっと見守り、こちらが通ると背後から一気に攻め立てた。数の多いニトラン派が大勢の軍団を連れて通ると、段ボールをかぶせたり、自転車を倒したりして妨害し、ひるんだところを襲ってきた。
「何だか、変則的な戦い方をしてくるわね。どう思う?」
ステラはニトランに意見を求めた。
「そうだな。敵の攻撃法が読めない。周囲の変化に注意して慎重に進むしかない」
「ニトラン。予想外に苦戦を強いられてる。何か打開策はないか」
猫軍曹はニトランに窮状を訴えた。
「俺も頭を悩ませている。いい方法があったら教えてほしいよ」
「ニトラン。前線が敵方のゲリラ部隊にやられたぞ」
「そうか。すぐに前線の支援に回れ。敵はいつ、どこから攻めてくるか分からん。不利と判断したら、ためらわずに兵を引くんだ」
「分かった」
ニトラン派は敵の変幻自在の戦法にかく乱され、恐怖と不安から力を存分に発揮できないような状況がつづいた。
ニトラン派の猫の屍は増えてゆき、それを目にするたびにニトランの顔に焦りと疲労の色が濃くなっていった。
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