第12話 タコとカニ

「ちくしょう。どうすればいいんだ?」


「ニトラン。私にいい考えがある。どこかに塩はないか」


 猫軍曹はタコの締め付けに耐えながら、言葉を発した。


「塩? そんなものはないぞ」


 ニトランはしつこく足を伸ばしてくるタコを払いのけながら、答えた。


「ねぇ、あれじゃないの?」


 ステラが足で水面を示した。運のいいことに、英語で塩と表示された箱がぷかぷかと浮いている。


「あれが塩か。俺が泳いで持ってくる」


 ニトランは水に飛び込んだ。巨大なカニやタコの足の間をすり抜け、塩入りの箱まで辿り着いた。

 そして、タコとカニをよけるようにして、注意深く遠回りに泳ぎ、箱を柱のところまで押して運んだ。


「塩を持ってきたぞ。これをどうする?」


 ニトランが訊ねる。


「タ……タコにふりかけてくれ」


 猫軍曹はどうにか声を絞り出した。


「分かった。あと少しの辛抱だ、猫軍曹」


 ニトランは言われたとおり、箱の蓋を開けた。袋を破り、中身をタコの体にぶちまけた。タコは急にもがき出した。


「やったぞ」


 ニトランは喜んだ。猫軍曹を締めつけた足はだらりと垂れて落下した。


「喜ぶのはまだ早い。タコの頭や足を蹴りまくれ」


 猫軍曹の指示に従い、柱の下方にあるタコの本体を、三匹の猫は力のかぎり足で激しく蹴った。塩をかけられ、体を蹴られ、タコはだんだん元気がなくなっていった。


「何だか、ずいぶん小さくなったみたいよ。あれだけ大きかったタコが」


 ステラの感想は的を射ていた。


「それでいい。もっと蹴りつづけて」


 猫軍曹は真剣な表情で、タコに復讐するかのように強く蹴った。

 タコに塩をたくさんかけ、バンバンと蹴りたい放題しているうちに、タコは水分が抜けて百分の一以下に縮んでしまった。


「キャハハ。タコがあんなに小さくなっちゃった。私たちの足よりも小さいなんて」


 ステラは笑い転げた。


「傑作だな。まったく」


 ニトランもおかしそうな顔をする。


「そういえば、塀にいるナメクジもそうやって死んだのを見たわ」


「そうだろう。グニャグニャした海の生き物は、大量の塩に弱いんだ」


 猫軍曹は解説した。彼の作戦の意図が分かった。


「たこ焼きにして食べたいけど、ずいぶん小さそうだ」


 ニトランは冗談めかして残念がった。

 巨大なタコは小さすぎて水中に消えた。一方、巨大なカニは水中でゆらゆらと動いているのが見えた。


「残るは巨大なカニね。どうやって始末するの?」


「ステラ。俺にいい考えが浮かんだ」


 ニトランは前足で胸を叩いた。


「みんな、俺について来い」


 ニトランは先頭に立ち、施設の天井近くにある制御室へみんなを導いた。

 制御室に着いた。

 ニトランはドアのレバーに飛び移り、ドアを開けた。

 三匹は室内に入った。中は無人である。


「どうするの?」


「まぁ、見てのお楽しみさ。じきに分かる」


 ニトランはステラの疑問に楽しそうに答えた。

 ニトランはこうした施設の扱いに慣れていたのだろう。施設の分電盤を開けると、赤いレバーに飛び乗り、レバーを下げた。

 地下神殿に大きなサイレン音が響き渡る。

 ニトランは分電盤から離れ、窓の外を見た。水中に何らかの変化が起こったのは自明だった。巨大な赤い生き物が足をばたつかせ、水面は激しく波打った。

 やがて、巨大な赤いカニはぐったりして動かなくなった。


「そういうことか」


「どういうこと? 猫軍曹」


「つまり、ニトランは分電盤を操作して、水に電流を流したんだ。さすがの巨大なカニも、水中で強力な電気を浴び、感電して死んだというわけだな」


 猫軍曹はニトランの方を向き、互いの肉球でハイタッチを交わした。

 カニは放電で気絶し、水底に沈んだ。


「やったわね。これで、巨大なタコとカニを葬ったのね」


「ステラ。ジマの作戦も失敗に終わったぞ」


 ニトランの声は弾んでいた。


「くそぉ。正義のヒーロー気取りの猫どもめ。やりおるな」


 ジマの言葉に口惜しさがにじんでいた。巨大なタコとカニを次々にやられ、ジマは地下神殿の水を抜く作戦に出た。神殿の八割を占める水は、ジマの魔力であっという間に放流された。

 一分とたたぬうちに水はなくなり、がらんどうの神殿に戻った。床には、塩をかけられて縮んだタコと、気絶して動かないバカでかいカニが転がっていた。


「さぁ。動き回ってお腹もすいた。腹ごしらえをして次の戦に備えよう」


 ニトランの呼びかけに、三匹の猫は床に下りた。

 おもむろにタコとカニを食べ始めた。


「寿司は食えないけれど、ネタとしては最高の鮮度よね」


「ステラ。きみは、案外、食いしん坊だね」


「ウフフ。そうかしら。そう言われると、そうかもね」


「ほら。そんなに口にタコを頬張ると、喉に詰まるよ」


 ニトランは優しく注意してくれた。


「平気、平気。タコの頭はおいしいわ。足もコリコリして。カニの身も柔らかくて新鮮で最高ね。海鮮三昧だわ。夢のよう」


「ステラが満足してくれてよかった。怪物を倒したかいがある」


「巨人の板前さんがいたら、包丁で巨大なカニやタコを一刀両断にさばいてくれただろうな。たくさんの皿にそれらを載せ、回転寿司の要領で流してくれたりして」


「フフフ。それは面白い妄想だな」


 ニトランはステラの愉快な話に付き合い、相槌を打ってくれた。

 ステラは腹がぽっこりとふくらむほど、巨大なカニと少量のタコを食い漁った。


「お、おまえたち。好き放題しやがって」


 ジマの慌てふためく声がした。「魚介を貪るように食う猫どもよ」


「ジマの声だ」


 ニトランが警戒する。


「なかなかどうして。やるもんだな。バカ猫どもにしては」


「何を? ジマの力もこの程度か」


「ほざくがいい。大きいのを退治したから、さぞかし退屈だろう」


「フン。そうだとしたら、どうする?」


「こちらには、強力な兵器が残っているぞ」


 ジマの口調からして、まだゆとりのありそうな態度である。悪の帝王は余裕たっぷりでつづけた。

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