処女②
漫画の内容なんて全く頭に入ってこない。
それでも定期的にページをめくる。
ドキドキと胸が騒ぎ出し、口から吐き出す自分の息を凄く熱く感じた。
「樹里」
「何?」
「こっち向けよ」
直人はそう言って、ページをめくろうとした私の右手を握る。
握られた手は驚く程熱くて――…私はゆっくりと顔を上げた。
顔を上げた先。
直人は右手で私の手を握り、左肘をベッドについて私を見つめていた。
ドクン――と、目が合った瞬間に心臓が大きな音を立てて動き出す。
それは直人に聞こえてしまうんじゃないかと思う程に大きな音。
「何?」
大きくなった心音に気付かれないようにと、精一杯冷静な声を出す私に、
「……何で来たの?」
直人はまた同じ事を聞く。
「漫画読みに」
答えた私は直人の瞳から目が離せなくなる。
直人の手に力が入ったのを感じたけど、ただただ見つめる事しか出来ない。
直人がベッドから左肘を離し、上体を起こす。その目はずっと私に向けられたままで、逸らされる事はない。
直人が左手で私の頭に触れる。
その手が頭の先から後頭部へと移動する。
そして左耳の後ろ辺りでピタリと止まり――…直人は黙って私を見つめた。
何故か身動き出来ずにいる私に、直人の顔がゆっくりと近付いてくる。
それと同時に、直人の左手には私の顔を引き寄せるように力が入った。
――流されちゃダメ。
頭ではそう思ってるのに、体は動かない。
首を少し右へ傾けた直人の顔が近付く。
口から心臓が飛び出すんじゃないかと思う程、ドキドキと胸が鳴る。
――なんて綺麗な顔なんだろう……。
こんな状況にも拘わらず、そんな事を思ってしまった直後、スッと直人の視線が私の口元に移り――…ゆっくりとその唇が重なった。
――初めてのキスは唇に、プニッとしたとても柔らかい感触。
ファーストキスはレモンの味って誰が言い出したんだろう。
そんな味はしなかった。
私のファーストキスは柔らかく温かい感触と少し煙草の味がした。
直人はすぐに唇を離すと、
「目……閉じろよな……」
照れたように首を垂れ俯く。
そして「……そっか」と答えた私を、直人は首を垂れさせたまま、上目遣いに見つめた。
「目。閉じろよ?」
また直人の顔が近付いてくる。
反射的にギュッと目を閉じた私の唇に、柔らかい唇が重なる。
直人が左手に力を入れた所為で、少しだけ顔が上に傾いた私は、重なっている直人の唇が少し開いたのを感じた。
「んっ、」
開いた唇から入ってきた直人の柔らかい舌先が、私の口の中をゆっくりと掻き回す。途端に全身の力が抜けるような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になった。
「もっと口開けて」
ゆっくりと直人の舌が戻っていくのを感じ、閉じていた目を少しだけ開けると、直人は掠れた声でそう呟き、再び私にキスをする。
直人の舌が何度も何度も私の口の中を優しく掻き回し、時折クチュッと鳴る水音に変に刺激された。
「樹里?ちゃんとキスに応えて?」
全身の力が抜けた私を抱き寄せ、耳元で囁かれる直人の言葉。
「……出来ない……」
何故か息が上がった所為で、妙な色気を纏った気がする私の言葉。
「出来るよ。俺がやってるみたいにして」
直人は私の頬を撫でて優しく囁くと、右手で私の顎をしゃくり上げ、また唇を重ねた。
直人の舌が入ってくる。その舌は優しく口の中を侵す。
まるで生き物のように動く直人の舌先に、自分の舌を近付けると、二人の舌が絡み合い、下半身からゾクゾクと電流のようなものが走った。
――ダメ。直人には彼女がいる。
頭の中でそんな声が何度も聞こえた。
それでも私には直人を跳ね除ける事は出来なかった。
キスをしながら私の髪を撫でていた直人の右手がゆっくりと頬から首へと移動する。そしてその手は私の胸に優しく触れた。
円を描くような緩やかな直人の手の動きに、思わず「んっ、」と甘い吐息が漏れる。抵抗しなくちゃ――と、思っているのに頭の中は真っ白で、体が動かない。
無抵抗の私から唇を離した直人は、私の腰に腕を回してグイッと体をベッドの上に抱え上げた。
ベッドの上に座った私を見つめる直人の息遣いは荒い。
でもそれは決して直人だけじゃなく、直人を見つめる私の息遣いも荒かった。
――二つの荒い息遣いがやけに耳につく――。
直人は私の体を抱き寄せるようにして、また唇を近付ける。
その唇が触れる直前、
「童顔だから……欲情しないって言った……」
私がそう呟いたのは、最後の抵抗だった――のかもしれない。
「……樹里以外には欲情しない」
直人はそう囁いてキスをすると、私をベッドに押し倒した。
覆い被さってきた直人は、何度もキスをしながら私の背中や髪を撫でる。
されるがままの私の背中に、いつの間にかシャツの裾か入り込んでいた直人の左手が直接触れる。
びっくりするくらい熱いその手は、優しく背中を行き来する。
熱く優しい直人の手が背中で動く度、私の体はピクピクと小さく戦慄いた。
そして直人の手は何度か背中を往復した後、パチン――と、ブラのホックを外す。――その瞬間、全てが現実のものとなった。
それまで夢うつつの世界にいるような感覚だったのに、急に全てが現実味を帯びる。
直人の右手がTシャツの中を、お腹から胸へと這ってくる。
直人の舌が首筋を這い、その舌の感触に全身がゾクリとする。
体に直人の重みを感じ、耳元で直人の荒い息遣いが聞こえる。
――私は目を閉じながら、直人を感じていた。
「……初めて?」
直接胸に触れられた途端、体が強張った私に、掛けられた直人の声色は凄く優しく、問いに「……うん」と答えた私を抱き締めた直人の体温は温かい。
「……怖い?」
「……分からない……」
「優しくするから」
うん――と、返事を口にする事はなかった。
私の唇は直人の唇に強く塞がれ、私は両腕を直人の首に回した。
思わず腕に力が入ってしまった私の体を直人はギュッと抱き締めてくれる。
――怖い。でも抱かれたい。
思いが葛藤し、直に感じる直人の温もりが思考回路を狂わせていく。
僅かな迷いがある私は、それでも直人の唇が胸に移動した時、もう逃げれない――と、悟った。
全身を優しく愛撫され、フワフワとした感覚が包む。
頭も心も真っ白で、もう何も考えられなかった。
私がいつ服を脱がされたのかなんて分からない。
直人がいつ服を脱いだのかなんて分からない。
分かるのは全身を這いめぐる舌や手の感触と、肌の温もりだけ。
「樹里、いい……?」
直人の声が意識の遠くの方で聞こえ、うっすらと目を開けコクンと頷くと、直人は私の両足を自分の両腕に引っ掛けた。
「挿れるよ?」
部屋に直人の声が響く。ギュッと目を閉じると、私の中に直人がグッと入ってきた。
「―――…ッッ」
途端に走った下半身の痛みに顔が歪む。
下から上へと突き上げられるようなその痛みは、今までに感じた事のないものだった。
「樹里、息止めないで? ちゃんと入らない」
「もう、……無理……」
痛みに息を止め、自然と涙が溢れる私は、
「大丈夫。ゆっくり息吐き出して?」
その言葉通りに、ふぅと息を吐き出す。
すると直人は私の中に自分のモノを入れ切り、突然ギシギシとベッドを鳴らして動き始めた。
「やッ、痛いッッ」
直人の動きに悲鳴に近い声が出て、拒絶するように全身に力が入る。
その声に直人はすぐに動くのをやめて、「ごめん」と呟いた。
「樹理、ごめん。もう乱暴にしない」
「……直人……苦しいよ……」
「優しくするから」
「さっきも……そう言った……」
「もう大丈夫だから、力抜いて?」
頬を両手で包み込み優しく囁く直人を受け入れるように、私は少しずつ全身の力を抜いた。
それからの直人の動きは本当にゆっくりで、時折深いキスをして、頭や頬を撫でながら耳元で私の名前を囁いた。
――私は、処女を捨てた。
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