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 少し先に行ったら、そういう景色が広がるのかと思い、僕は暗いコンクリートの坂道を駆け上がった。


 が、カーブを曲がっても同じような漆黒の闇夜に溶けた空間がそこにあるだけであった。


 僕は坂を駆け下りて、下で待っていたアサミに言った。


「ボクら、どこかで道を間違えたかな?」


 どおりで人通りがないわけだ、と僕は独りごちながら、一旦入口の外の道へ出た。


 もう一度スマホを出して調べる。

 彼女は、僕のそばで少し寒そうにしながら黙って立っていた。


 僕は画面の地図と、歩いてきた道、神社へ登る道を交互に見た。


 思わず、うめいた。

「……合ってるよ」


 僕はもう一度、坂道を踏みしめ中ほどまで登った。

 そして上を向く。

 木々の枝が風で揺れる音がした。


 それらが桜だとしたら、すべてが符号する。


 そう思った瞬間、僕はすっかり力が抜けてしまった。


(そういうことか)


 桜が散ってしまったあとらしい。

 それで桜祭りも終了したのだろう。

 今年は例年より桜の開花が早かったのかもしれない。


 先週来られたら、こんなことにはならなかっただろう。

 残業代も出さないのに、あの夜残業を命じた上司を、今さらながら恨めしく思った。


 それでもアサミは涼しい顔して言った。

「また来年見に来たらいいよ」


 僕は頷き、しばらくしてから、思わず目を見張った。

 来年も彼女が僕のそばにいてくれるという意味だったから。


 失望が一転して希望に変わったのだった。


 僕はその夜、しみじみ思った。

(桜が咲いてなくてよかった)


 おかげで、僕はアサミの本当の気持ちを測ることができたのだから。



 そうして、僕らはその後、夏を迎え、秋を共に過ごし、自然と付き合う方向へ進んでいった。



 少なくとも僕は、そう思っていた。


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