第4話 覚えられない

 行方不明になった人が、全国で、数百人を超えたあたりで、マスゴミが騒ぎ出したのだが、政府や警察は、この期に及んでも、まだまだ

「信じられない」

 という状況だった。

 基本的に、

「非科学的なことを信じるということをしない」

 という典型的な警察や政府なので、及び腰なのは当たり前で、

「混乱を避けるため」

 ということで、緘口令を敷いていたはずなのだが、本当は、

「煩わしいことはいやだ」

 ということで、下手をすれば、

「ごまかし切ろう」

 とでも思っていたに違いない。

 しかし、そんなことが許されるわけもなく、だからこそ、余計にそのぎこちなさから、マスゴミならではの、

「鼻が利く」

 ということで、簡単にバレたのかも知れない。

「餅は餅屋」

 と言われるが、まさにその通りなのだろう。

 しかし、いったん引っ張り出したことが、あまりにも不可解で説明がつかないことで、引っ張り出したはいいが、その根拠をいかに証明すればいいのか?

 ということが分かっていない。

 政府に投げるにしろ、警察相手にしろ、

「とても、扱いきれないものを、引きずり出してしまった」

 ということに対しての、罪悪感もあったかも知れない。

 マスゴミというのは、

「なかなか自分たちの非は認めない」

 というもので、

 それは、最初から分かっていたことではなく、後になって分かったこととして、出てきたことに対して逃げることはできるが、今回のように、想像もつかない大きなことであれば、非を認めないわけにはいかない。

 だから、マスゴミは、

「振り上げた鉈を振り下ろす場所に困るのだが、振り上げたまま、少し様子を見る」

 ということしかできないのであった。

 結局、誰にもその処遇にどうすることもできず。

「時間の経過とともに、都市伝説として、ごまかしきろう」

 と考えたのかも知れない。

 ただ、そんなこともできるわけもなく、マスゴミにしても、政府にしても、警察にしても、それぞれに、

「仕方のないところ」

 もあれば、

「自業自得」

 あるいは、

「因果応報」

 というところになるのではないだろうか?

 今までの時間として、いたずらに過ぎてしまうことは分かっているので、それぞれに、

「煙に巻こう」

 という考えで、共通していることなのかも知れない。

 その3つの中で、一番、事件としてかかわっているのは、警察なので、警察としては、さすがに、

「まともに煙に巻く」

 というのは、なかなかうまくはいかないだろう。

 ということにしかならない。

 それを思うと、警察とすれば、

「誰かを盾にして、何かがあった時は、その人に責任を負わせて、企業の保身を図る」

 と考えていたようだった。

 警察が、その、

「白羽の矢」

 というものを立てたのが、

「警視庁刑事かの、桜井警部」

 だった。

 桜井警部は、警視庁でも、キャリアとしても、

「数十年に一人の逸材」

 と言われていた。

 年齢的には、そろそろ40歳に近いくらいで、警察署長から、管理官。さらには、方面本部長と、順調に出世をしてきた。

 しかも、彼には、後ろ指をさされるようなところは一切なく、まわりの敵対する連中から見て、

「非の打ちどころのない」

 と言われるほどに、

「隙のない」

 というところがあったのだ。

 だからと言って、

「冷静沈着」

 ではあるが、

「感情もないような、マシーンという感じではない」

 ということであった。

 桜井警部は、捜査においては、確かに冷静沈着なところはあるが、どちらかというと、

「非科学的なものを信じていない」

 というわけではないようだった。

 さすがに立場上、

「超常現象はあり得る」

 とは言えないが、

「あらゆる可能性を考えて、捜査に当たってほしい」

 というくらいにしか言えないところがあったのだ。

 今回の、

「人間消失事件」

 というものが、

「SF小説」

 というものを彷彿させると考えると、他の人のように、

「超常現象を信じないわけにはいかないかな?」

 と言いながら、自分の中では、

「そんなバカなことはありえない」

 という結論に導くという状況を、いかに考えるかということであったのだ。

 つまりは、

「桜井警部というのは、結論としては同じでも、世間一般で考えるその考え方とは、まったくの正反対ではないか?」

 ということになるのである。

 世の中において、

「SF小説としては、面白いのだが、現実としてはありえない」

 ということで、

「超常現象だ」

 と感じるのだ。

「科学で証明されないことはないと考えていること自体が、科学に対する冒とくではないか?」

 という考えを持っている人がいる。

 その人たちは、

「なぜそんなに意識をするのか?」

 というと、

「虫の知らせ」

 というものを信じているからだと言えるからではないだろうか?

 もちろん、あとから考えて、

「あれって、虫の知らせではなかったのか?」

 ということで、絶対に、後にならないと分からないということであり。それが狂えば、

「辻褄が合わない」

 ということになるのであろう。

 盾にされることになった桜井警部であったが、まだ、さすがに、警察上層部や、さらには、

「まさか政府が絡んでいる」

 などということを分かるはずもなく、いつものように、公務をこなしていた。

 ただ、今回の事件のように、

「まるで、神隠し」

 というような事件が発覚したことで、

「実際に、事件としては、いかに超常現象だと思っていても、それは口に出せないしな」

 と思っていた。

 そこで、彼は自分の腹心の部下から、さらに、

「情報屋」

 と言われる、警察組織とは直接関係ない人間を、内偵として、組織に潜り込ませる一種の、

「捨て石」

 と言ってもいいような、

「諜報活動」

 を行う人物を組織的に持っていたのだ。

 もちろん、警察内部でも、それこそ、

「都市伝説的」

 に、

「そんな組織が暗躍している」

 ということで、警察というものの、

「底知れぬ恐ろしさ」

 のようなものが蠢いているといってもいいだろう。

 それを思うと、

「警察は血も涙もないところ」

 ともいえるが、逆に、

「そこまでしないと、検挙することができず、治安を維持することはできない」

 と言えるのではないだろうか?

 そもそも、

「治安というものは何なのだろう?」

 ということである。

 かつての大日本帝国時代に存在していた。

「これ以上ない」

 というほどの、悪法としての、

「治安維持法」

 というものがあった。

 それに端を発し、有事が近づいてくるにつれて、

「国家総動員法」

 であったり、戦時中にいろいろ制限された法律の原型となったもので、それが、

「治安というものがどういうものか?」

 ということを、思い知らせるものだということになるのであろう。

 基本的に、

「治安維持法」

 というものは、

「治安を守る」

 ということで、一番大きなものは、

「国家体制というものが、一丸となって目指している体制に対して、真向から挑戦してくるものを駆除する」

 ということになるのだろう。

 当時としては、

「共産主義の撲滅」

 ということであったり、戦時中ともなれば、

「反戦を訴える人たちに対して、国民が一丸となって、敵国に対しなければいけない事態において、その決意を妨げる思想は許されない」

 ということである。

 そもそも、天皇による、

「戦線の詔」

 において、国民は、

「戦争意義や、戦争理念の遂行のために、一層努力せよと、天皇陛下から言われているではないか」

 ということになるのである。

 要するに、

「政府であったり、軍部が、国家体制にかかわることでの安全を治めるということから、治安と呼ばれるもので、仮想敵として、反政府組織としての、共産主義者であったり、戦争遂行に反対を唱えることで、国民の団結を妨げるものを弾圧する」

 ということを目的とすることになるのである。

 その頃には、

「特高警察」

 というものがあり、

「治安維持に特化した警察」

 という集団だったのだ。

 昔であれば、平安時代末期の、

「平家の栄華」

 と呼ばれていた時代に、

「平家にあらずんば人にあらず」

 と言ったと言われる、平時忠が組織したとされる、

「禿」

 と言われる、戦災孤児となってしまった少年少女によって組織された集団などが、

「秘密警察」

 と言われるものである。

「公家たちのように、口が軽い連中であれば、子供の前では平気で、平家の悪口であったり、陰謀なども口を滑らせるかも知れない」

 ということで組織されたものであり、その網に引っかかった公家は、

「平家に滅ぼされたり、家に火をかけられたり」

 ということになるのであった。

 もちろん、これらの組織は、

「群雄割拠の戦国時代」

 などでは、当たり前のようにあったことであろう。

 何といっても、

「配下の人間にとって代わられる」

 という、いわゆる、

「下剋上」

 と言われる時代には、

「冠者」

 であったり、

「忍び」

 などと言われる、忍者たちによって、自分の身を守らせたり、街中で、不穏な動きがないかということでの、諜報活動に従事した集団があったことだろう。

「徳川における、伊賀衆であったり、後北条氏においての、風魔衆などに代表されるような忍軍が、他の戦国大名にもあったことだろう」

 もちろん、まわりの国に対しての不穏な動きに目を光らせなければいけない。それこそ、

「自分の国の治安を守る」

 ということになるのであろう。

 そんな治安維持という意味を超越した警察組織も世界にはあった。

 それが、

「ナチスにおける、ゲシュタポ」

 であったり、

「共産主義国」

 などにおいても、粛清を行った秘密組織もあったりした。

 つまりは、

「民主主義でなければ、政治体制であったり、国家元首を護衛するためと、諜報活動するためとしての、秘密警察というものが、形成される」

 ということになるのであった。

 それだけ、

「民族や国家の栄光を独裁者の全責任の下に統一する」

 というファシズムであったり、

「民主主義の限界に挑戦する」

 という形の、社会主義であるのは、

「体制としては、実に不安定なものだ」

 ということの裏返しではないだろうか?

 今回の、

「人間消失事件」

 いわゆる、

「神隠し」

 というものが、このような、

「秘密結社」

 というものによるものかどうかは、今の段階では何ともいえない。

 そもそも、

「秘密結社の存在だけでは、人間消失という不可解なできごとを、説明できるものではない」

 と言えるのではないだろうか。

 だからこそ、

「神隠し」

 と呼ばれるのであり、科学的に考えれば、

「人間を細胞単位で分解した後、それをどこかに転送し、そこで、再生させる」

 と考えるのが、一番ありえることだと思うのだ。

 というのも、

「もし、命を取る」

 ということが目的であれば、

「人間消失」

 などという、面倒くさいことをする必要はないのである。

 もっとも、

「人間に対して、何らかの恨みがある」

 ということであれば、まるで、

「見せしめ」

 であるかのような形で、

「人間に恐怖を与える」

 ということが目的だとすれば、一種の愉快犯的な発想というものが、渦巻いているといってもいいのではないだろうか。

 そんなことを考えると、

「そもそも、こんなことをたくらんだ相手が、人間である」

 と言えるかどうかである。

「人間という定義をどこにもっていくか?」

 ということで、これは、一種の特撮映画などのジャンルでも、問題になることなのかも知れない。

「基本的に、地球上で、言葉が通じるレベルのものは、人類として、人間だと言えるであろう」

 と言える。

 しかし、架空の空想上の存在として、

「地底人」

 あるいは、

「海底人」

 と呼ばれる人がいるとすれば、それが人間なのかどうかということである。

 これは、

「宇宙人」

 にも言えることで、特に特撮などにおいて、

「侵略者」

 という発想から生まれたのが、

「地底人」

「宇宙人」

 であるとすれば、人間の形にしておかないと、ドラマにならないということになるのであろう。

 昔の想像図での火星人のような存在が、

「まるで、タコの化身と言ってもいいような存在」

 というのを、宇宙真としていたのでは、侵略者としては、不十分だということであろうか?

 それを考えると、

「人間と交渉したり、相手をするのに、人間の肉体が必要だった」

 ということであれば、人間消失の意味も分かるかも知れない」

 ということではないだろうか?

 そう、この

「人間消失事件」

 というものの真相は、

「人間の肉体をほしがった」

 ということかラ始まっている。

 しかも、

「地球人と交信するためのもの」

 というのが、一番真相に近いのだろうが、実は、

「狙われた人は決まった人物が多かった」

 ということであった。

 それは、彼らがターゲットを絞る時に自分たちの都合なのか、科学力の限界なのか分からないが、とにかく、

「一つの特徴が、その効果をもたらしている」

 ということが成立しているのであった。

 それは、どういうものなのかというと、

「人の顔を覚えるのが苦手な人」

 という共通点があったようだ。

 だから、このことに関しては、警察でも、家族であっても、分かるわけはないことであった。

 むしろ、

「ターゲットを定めた」

 という相手の方も、

「人の顔を覚えることが苦手な人たちばかりが選ばれている」

 ということになっているなど、分かっていないことだったのではないだろうか?

 ということであった。

 確かに、

「人の顔を覚えるのが苦手だ」

 という人もいる。

「一回ちょっと会ったくらいで、すぐに覚えられるなど、まるで神かかっているのではないか?」

 ということであった。

 もっとも、人の顔を覚えることが苦手な人は、以前に、

「友達だ」

 と思って声を掛けると相手は、まったく違う人で、しかも、

「笑っていない」

 と思うと、

「顔が真っ赤になって、どうしようもないほどに緊張感で押しつぶされそうになった経験を持っていると、本来であれば忘れることのない人の顔を、簡単に忘れてしまっているということになるのであろう」

 ということであった。

 要するに、

「忘れてしまうということではなく、ゼロから覚えることができないということであり、言い方を変えると、加算法のような考え方ができない人だ」

 ということになるのであろう。

 それを思うと、

「人の顔を覚えられない」

 という人は、意外と少なくはないような気がする。

 というのは、

「人の顔を覚えられる人の中には、他に大きな欠点を持っていることになるのではないか?」

 ということが考えられる気がするからであった。

 それを思うと、

「人の顔を覚えられない」

 ということが、いかに厄介なことであるのかということが分かるというものだ。

「恥をかきたくない」

 という司式が強くのしかかっている状態で、

「自分の素質や能力を、完全否定されているような気がする」

 ということになるのであろう。

 それを思うと、

「人間、地球人類というものが、他の動物に比べて、柔いものだということになるのであろうか?」

 と言えるのだった。


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