花蘇芳
流石におかしいと感じ始めたのは、ヴィラン・アンタゴニスト暗殺から数ヶ月ほど経過したあたりだ。
彼女の暗殺を依頼した公爵、ノーマンド・バーレンウォートは、あれからも度々暗殺の依頼をしてきた。ちなみに、名前はファーストネームとラストネームだけを普段は使用する。
四人居た彼の側室は、もう全員暗殺した。そして、現在。僕は、理解不能な現状を前に痛む頭を必死に回転させ、確認する。
「……正室のオフィーリア・ノースポールが、ターゲット?」
掠れた声の問いかけに、ノーマンドはこともなげに首肯する。
「あぁ、勿論だ。これで、ようやく最後の一人だ。」
狂ってんじゃないのか、こいつ。妻を全員暗殺させるなんて、いくら跡継ぎが居るからと言ってもおかしい。そもそも、こいつは―――
「何を血迷ってそうなったの。オフィーリアを愛してるんじゃなかった?」
彼は僕の目を見て、
「愛?冗談じゃない、誰があんな女。私の愛する女は、他に居る。」
初耳だ。僕の情報収集網には、そんなことは全く入ってきていなかった。それにしても、愛だのなんだの、何がそんなに良いのだろうか。なぜ、そんなにも他人を信用できる?あとから傷付くのは、自分自身だというのに。
……家族しか信用できない僕が愛を語れる日も、いつかは来るのだろうか。
僕を真っすぐ射抜く視線に、なぜだろうか、ふとそんなことを思った。
「ということで、頼んだ。くれぐれも、暗殺とはわからないよう事故死に見せかけてくれ。」
釈然としないまま、僕は依頼を受けた。
―――それが、後に己の身に災いとなって降り掛かってくるとも知らずに。
約一週間後、派閥内の狩猟交流会が行われる。乗馬と狩猟、武術全般が趣味のオフィーリアは、そこで暗殺することにした。
決行日。
縦横無尽に馬を駆り、次々と獲物を仕留めていくオフィーリアは、優勝有力候補の一人に名を連ねていた。開始から一時間ほど経った頃、彼女は何を思ったのか、森の奥に進み始めた。僕は木を跳び移り、それを追いかけた。
「アサシンさん、出ていらっしゃいな。」
「あ〜ぁ、彼のあの態度じゃ、やっぱり予測できちゃうよね。」
足場にしていた枝から飛び降り、つまんないなぁ、とぼやきつつ、馬から降りた目の前の貴婦人を観察すれば、目を見開いて固まっていた。
「あれ?どうしたの?」
「……オーヴリー様……なんで?」
信じていたのに、という彼女の瞳に、涙の膜がはる。
「仕事だよ、仕事。そもそも、信じてた、って何さ?何を信じてたの?」
どいつもこいつも愛だの信用だの、人の何を見て語ってるんだ?そもそもそんな
「もう良いかな?僕は気が短いんだ。情報から推測したからご褒美として時間を上げたけど、あんまり面白そうなこと言わないし。」
「待って頂戴!」
「ん、何?」
暗器を指先でくるくると弄びながら、ちらりと視線をやる。
「オーヴリー様、つらくはないの?」
え?と、思わず声が出てしまう。眉を寄せ、心底
「人を殺して、自分の殻にこもって心を守る。そんな人生、虚しくならないの?」
意味がわからない。
「虚しい?一番合理的で、効率の良い生き方でしょ?物心付く前から裏で生きてるから言うけど、人間なんて口ではなんとでも言えるし、結局のところ騙し合って生きてるだけだよ。最後は自分がバカを見るだけだと分かってる。僕にとって虚しい生き方は、そっちだよ。」
もう良いよね、じゃあね、と言い、僕は手の中の暗器を放った。かろうじて動きが見えたらしく慌てて反応したが、遅い。彼女が剣を振ったとき、矢じりは既に胸に刺さっていた。一拍遅れて、乗馬服に紅が滲み始める。
「ごめんね。人を殺すことは悪いことなんだろうけど、依頼だからね。まぁ、君は愛されていなかった、それだけだよ。」
僕の
「やっぱり、愛だの信用だの、意味がなくて虚しいだけだね。」
何か言おうと口を開きかけた彼女に、宣告する。
「君は流れ矢に当たり、落馬したはずみに崖から落ちたんだよ。」
弱々しいながらも抵抗する彼女を抱き上げ、数メートル先の崖の淵に向かう。
「さよなら。
「あ―――」
腕から、力を抜いた。
「ごめんね。」
目を見開き、僕へと縋るように腕を伸ばしながら、オフィーリアは遥か谷底、幽冥へと通じる不可視の扉へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます