愛された後で。

「ふぅ…やっぱり汗かいた後のお風呂は別格ね。」


「はい。凄く気持ちいいです。」


 あれから3時間抱かれ続けて、現在汚れに汚れた身体を洗い流して二人でゆったりと湯船に浸かっている。


 姫乃ちゃんの足と足の間に座って、後ろからぎゅっと抱きしめられるこの座り方は、個人的に一番好きな抱きしめられ方だ。


 大切に扱われているのがよく伝わるし、少し首をずらせば大好きな横顔が見えるから。


 それに、うなじや背中にたくさんキスしてくれるのも好き。時々顎を掴まれて後ろから強引に唇を奪ってくるのも好き。私の身体を這う手つきがどんどんいやらしくなるのも好き。


 …とにかくたくさんの好きで溢れている体勢なのだ。


「…意地悪してごめんね。」


 そんな事を考えていると、姫乃ちゃんは私の首筋を舐めながら謝罪を口にする。


 恐らくさっきの行為前の事を言っているのだろう。私は散々焦らされたし、恥ずかしい思いをしたから。


 けれど、あんなの私は気にならない。結局最後には私を愛してくれるんだから。


「全然大丈夫です。気にしないでください。」


 依然として私の首筋を味わい続ける姫乃ちゃん。私からもこめかみ辺りにキスを落として、気にしてない事を伝える。


「…ん。」


 私に嫌われると思ってるのだろうか。しゅんとしている姫乃ちゃんはすごく貴重だし、何よりも可愛い。


 そうして二人、無言で好き勝手相手の身体に口付けを落とし続けていると、ふと疑問を思い出した。


「…そういえば、浮気がどうとか言ってましたけど…どう言うことなんでしょうか」


 姫乃ちゃんの頬に舌を這わながらその疑問を口にすると、私の首筋を甘噛みしていた姫乃ちゃんの動きが止まった。


「…ぅぁ…ぇ…?…姫乃ちゃん?」


 それと同時、いつかのように私は壁際に追いやられ、手を壁についた姫乃ちゃんに覆い被さられるような形で見下ろされた。


 視線の先には、あまりにも美しい肉体。引き締まっていながら、出るところは出ていて、くびれも凄まじい。そんな身体。


 そこから顔を上げて、少し見上げると頬を少し膨らませてどこか怒っているような表情をしている姫乃ちゃんと目が合った。


 何かしてしまったのだろうかと不安になっていると、姫乃ちゃんはゆっくりと口を開いた。


「…のり子、マリアにキュンとしてた。」


「ぇっ…」


 そして言われた言葉に、私はギョッとする。


 それと同時に、姫乃ちゃんは倒れ込むようにゆっくりと私に抱きついてきた。


 私の伸ばした足の上に、女の子座りの姫乃ちゃんのお尻が乗っかって、甘えるように私の肩に顔を埋める。


 …いつもと逆。この体勢は初めてだった。


「誤魔化しても無駄だから。…マリアに抱きしめられた時顔赤くしてたし、お尻揉まれた時気持ちよくなってた。」


 それして頭をぐりぐりと私に押し付けながら、ぎゅっと腕に力を入れてくる姫乃ちゃん。


 あまりの愛しさに、私も姫乃ちゃんの腰をぎゅっと抱きしめる。


「…可愛い。」


 そして、本当に無意識に、その言葉が口から出ていた。


 その瞬間、姫乃ちゃんの身体がビクッと跳ねたのが分かった。


 これは怒られるかもしれないと悟る。


 私なんかが姫乃ちゃんに対して言っていい言葉じゃない。


 急いで謝罪しようと、私の肩に顔を隠している姫乃ちゃんの方を見て目を見開いた。


 …姫乃ちゃんの耳が、ありえないほど真っ赤になってい。


 それを見て、私の呼吸が止まる。


「…可愛い…可愛いです姫乃ちゃん…」


 そうすれば、私はもう止まらなかった。


 マリアさんにまで嫉妬して、甘えてきて、可愛いって言えば身体を震わせて羞恥心に耐えて…


 こんなの、可愛すぎる。


「っ…う、うっさい…ひゃぁ!?」


 私の『可愛い』に反抗してこようとする姫乃ちゃんだけど、その行動は読めていた。


 だから、姫乃ちゃんが口を開くと同時、私はその真っ赤な耳を口に含んであげた。


 そのまま舌を深くまで侵入させて、唾液で水音を聴かせてあげる。


「ゃ…め……ひぅっ…」


 抵抗しようとする姫乃ちゃんの頭を片手でしっかり固定して、もう一方の手で腰を固定する。


 姫乃ちゃんはこんなに細いのに、私を軽々お姫様抱っこしてしまうくらい力が強い。けれど、今は私に簡単に固定されて動けなくなってしまっている。


 …しばらくそれを続けると、姫乃ちゃんは諦めたのか、逆に手に力を入れて強く私にしがみついてきた。


 いつもは気持ちよくしてもらってばっかりだった私。


 姫乃ちゃんを気持ちよくさせる事が、こんなにも気持ちいい事だったなんて知らなかった。


 抱かれるのが私と言う固定観念に囚われていたけれど、この時、いつか私も姫乃ちゃんを抱きたいと強く思った。


「ひぅっ…」


 そんな風に思いながら、随分おとなしくなって快楽に耐えて声を漏らす姫乃ちゃんの耳から、舌を引き抜いた。


 それから肩で息をする姫乃ちゃんの後頭部に何度か口付けを落としてから、再び耳元に寄る。

 

 そして、私の思いを全部伝える。


「確かにマリアさんは素敵な女性ですが、恋愛感情を抱くことはありません。」


「あの時、確かにキュンとしてしまいました。でもそれは、匂いが姫乃ちゃんと同じだったから。」


「確かにお尻は…気持ちよかったです。…でも、それは姫乃ちゃんがいけないとおもんです。…いつもいっぱい触るから。」


 無言の姫乃ちゃんは、私を抱く腕に力が加わる。


 もしかしたら姫乃ちゃんは全部わかってるのかもしれない。分かっててもなお、納得はできないのかもしれない。


「…嫉妬、してくれたんですか?」


 私は思い切って、核心に迫る。


 怒られるのは覚悟の上。それでも姫乃ちゃんの可愛い反応が見たくて。


 私の言葉を聞いた姫乃ちゃんは、ゆっくりと顔をあげる。そして、その真っ赤な顔で私と目線を合わせて…唇を開く。


「…当たり前でしょ。」


 ゾクゾクと全身が震えた。


 姫乃ちゃんが初めて嫉妬心を認めた。しかも、こんなに可愛い顔をして。


「あんたのこと、誰にも渡したく無いくらい愛してるんだから。」


 しかし、続く言葉はあまりにも純粋な姫乃ちゃんの恋心で。


 こういった姫乃ちゃんに慣れてない私には、耐えきれなかった。


「っ…」


 胸がドキドキして、顔に熱が溜まって。


 結局私の方が姫乃ちゃんの首筋に顔を隠して、必死に耐える番になる。


「…ふふ。やっぱり可愛い担当はあんたね。」


 そんな私を抱きしめて、今度は逆に私が耳を責められる番だった。


「そんな体たらくで私を責めようなんて、100年早いわよ。」


「ひゃぁ…」


 揶揄うように笑われて、私がした時と同じように…いや、それよりももっと意地悪く、私の耳は姫乃ちゃんの唇に食べられる。


「慣れないことすんじゃないわよ。ばーか。」


 そして最後にそんな事を呟いて、まるでマリアさんにされた事を上書きするように、お尻に手が回り、執拗に責められた。



「あの、姫乃ちゃん。」


 お風呂を上がって、マリアさんが用意してくれていた食事を終えた私達。


 二人仲良くベッドに寝転がり、いつものように腕枕されながら幸せをもらって。


 私は私の考えている事を素直に話そうと、姫乃ちゃんに声をかけた。


「明日、家に帰ってもいいでしょうか。」


「え…?」


 その言葉に、私の髪の毛で愛しそうに遊ぶ姫乃ちゃんの手が止まった。


「…なに、私…なにかした?」


 そして、私の事を逃さないとでもいうように、両足を絡めてくる。


 それで、完全に勘違いさせていることに気がついた。


「ぇ、あ…ち、違くて!」


「その、一応家を出るわけですし…お母さんに一言伝えにいこうかと。」


 私が急いで訂正を入れると、姫乃ちゃんの足元が緩んだ。


 それでも、私を抱く力は先ほどよりも強い。抱くと言うより、植物のように絡みついてくる。


「…いいじゃない、最低な親なんて無視すれば。」


 そして姫乃ちゃんは呟く。


 私の過去の話を聞いて、姫乃ちゃんは母に対して怒りを覚えてくれている。

 

 その気持ちを理解しつつ、それでもちゃんとけじめはつけなければいけないとも思っている。


「そうなんですけど…やっぱり私にとって唯一の家族ですし、たった一人の親ですから…。」


 その言葉を聞くと同時、姫乃ちゃんは私の頭を掻き抱く。


 それから、なかなか来ない返事。


「…ダメ、…ですか?」


 もしも本気で反対をされたら、私は逆らえない。


 やっぱり私の中の優先順位は、姫乃ちゃんが一番だから。


 それをしっかりと頭に入れ、姫乃ちゃんの言葉を待つ。


 トクトクと、静かさの中では秒針のように心音だけが聞こえる。


 そして、ようやく姫乃ちゃんが動いた。


 大きく息を吸ってから、ため息をつく。


「…一つだけ、条件がある。」


 ゆっくりと紡がれた言葉。


 その言葉と同時、私の頭は腕から解放され、顔を合わせる。


 その真剣な緋色の視線と目が合う。


 そしてまた少しの静寂。


 それから今度は小さいため息をついて。


「…私を連れて行きなさい。」


 姫乃ちゃんの言葉に、私は目を見開いた。


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