初労働、そしてメイドは主人を誘惑したい。

「ただいまのりちゃん。」


 私が初めてのお仕事をこなしていると、自分のお仕事をしに行っていたマリアさんが帰ってきた。


「ぁ、…ぉ、おかえりなさい。」


 あまりこういう挨拶に慣れていない私の声は、小さく震えたものになる。


 けれど、マリアさんは優しいから気にせず微笑むだけ。本当にありがたい。


「どう?初仕事の調子は。」


 私の背後に回ったマリアさんは、私の肩に手を置いて仕事中のそれ…漫画と呼ばれる物を覗き込んでくる。


「ぇ、えと…す、すごいです」


 ふいな近距離にドキッとしつつ、手元にある漫画仕事内容を閉じて応える。


「ふふ。何その感想。」


「ごめんなさい…私、本当に漫画読んだことなくて…」


 初仕事…と言われて渡されたいくつもの漫画達。


 これを読んで、感想を伝える事が今日のお仕事…と言われたのだが…


「でも…これって娯楽ですよね?…労働になるんでしょうか…」


 初日からこれでは、半給料泥棒のようで疑問になる。


 漫画を読んでるだけで20万円貰えるだなんて、そんな仕事あっていいのだろうか…

 

「ん?ということはのりちゃん、今日のお仕事辛くなかったの?」


 そう思っていると、よくわからない切り返しをされる。


「え?…は、はい。」


「どうして?漫画面白かったの?どの辺りが?」


「ぇと…はい…すごく引き込まれてしまって…特にこの、女の子同士で恋愛する漫画には…あの…共感してしまったといいますか…正直時間を忘れて楽しんでしまったといいますか…」


 なんでこんなことを聞かれているんだろう、と思いながら正直な感想を話す。


 はっきり言って、初めての漫画はとても面白かった。


 一応男の子と恋愛する本も読んでは見たけれど、私の一押しは女子同士の恋愛漫画だった。


 キャラクターに自分と姫乃ちゃんを重ねて、妄想だけで姫乃ちゃんと色々なことを体験できるのが良かった。


 姫乃ちゃんとのデートの約束もシミュレーションできたし。


 他の本より少し厚さが薄い本だと女の子同士でえっちな事ばっかりしてたけど、自分達の方が彼女達より随分愛し合えてるなと確認できたり。


 とにかく嘘でもこれらが労働だなんて言えなかった。


 マリアさんは、私と私が読んだ漫画達を交互に見ると深く頷いた。


「のりちゃん。スタンプカード貸して?」


「ぇ…ぁ、はい。」


 そして、唐突に言われるがまま、首に下げていたスタンプカードを手渡す。


 マリアさんはそれを受け取ると、机に押さえつけて、スーツの懐から判子をスマートに取り出す。


「はい♡ごーかく♡」


 そしてそう言って、スタンプカードを渡されると、マス目の1つに可愛らしい『⭕️』のスタンプが押されていた。


「…ぇえ!?」


 思わずギョッとしてしまった。


 急いでマリアさんを見ると、相変わらずのニコニコスマイル。


「ちょっと早いけど、今日の労働はここまで。」


「あ、あの!ど、どこらへんが合格だったんでしょうか!?」


「んー、教えてあげてもいいけど…それを言ったら今度から楽になっちゃうよ?いいの?楽してお金稼ぎたい?」


「あ、ち、違いますっ…」


 採点基準がすごく気になった。


 …けれどそういわれてしまっては、こちらから聞けることは何もない。


 でも、おかしい。漫画を楽しんでいたら唐突に合格を言い渡されて、20万円が支給される…


 …こんなの姫乃ちゃんに施してもらうのと変わらないんじゃないか。


「大丈夫よ。私、甘くしてるつもりはないから。」


 しかし私の思っていることを見透かしたように、マリアさんによって全部否定される。


「今も一歩間違えてたらちゃんと給料0だったし。のりちゃんにとっては苦痛だったはずよ。」


 優しい笑顔でそう言われて仕舞えば、納得せざるおえなかった。


 採点基準を聞くわけにはいかないし…厳密に精査した結果だと言っているし…


 私は渋々であるが、控えめに頷いた。


「のりちゃん、自分の口座ってあるかしら?」


「ぁ……す、すみません…」


「いいのよ。そしたら現金での手渡しになるけど、いい?」


「20万円を…ですか?」


「大丈夫、金庫なら専用の物があるから。」


 ぁぁ、本当に頂いてしまうのか。


 改めてとんでもない額だ。私は五千円札ですら手に持ったことがないというのに。


「後で金庫と一緒に部屋に運ぶわね。…あ、お嬢様と同じ部屋でいいのよね?」


「た、多分…」


 話がとんとん拍子に進んで、完結する。


「では、初日ということもありますし、今日はこれにて終業です。お疲れ様でした。」


「え、本当いいんですか?まだ17時ですが…」


 終業時刻は19時のはずなのに、どこまでも甘すぎないだろうか。


 そう思ったが、マリアさんは困ったように笑った。


「特別です。…なにせ、お嬢様が大変膨れておりましたから。」


「っ…」


 そしてその言葉に、顔に一気に溜まる熱。


 文脈を読むのなら、姫乃ちゃんは私に会えなくて腹を立てていると言うことだ。


 そんなの嬉しすぎる。


 それに、この衣装をすごく気に入ってくれていたのと、独占欲とが合わさって、夜の姫乃ちゃんにすごく期待してしまう。


「あら、初々しいわね。」


 そんな私を見て、マリアさんはクスクスと笑う。


「服の着替えはいくらでもありますし、湯も沸かせておきます。」


「お嬢様の事、満足させてあげてください。よろしくお願いしますね、四ノ宮様。」


 そしてもう色々と察する言葉を残して、言葉使いが元に戻ったマリアさんに私は送り出された。



「っ…のり子!?」


 入っていいわよ、と言われて姫乃ちゃんの部屋に入ると、私の姿を見て目を大きく見開いた姫乃ちゃんが駆け寄ってきた。


「仕事は!?19時まで接触禁止なんじゃ…」


 そのまま勢いよくぎゅっと抱きしめられて、思わず頬が綻ぶ。


 そんなに私に恋焦がれてくれていたのだろうか。


 一応まだ私のご主人様的な立ち位置にいる姫乃ちゃんが、主人の言いつけを守っていた忠犬のように見えてしまう。


 愛しくて、可愛くて、どうしようもない。


「…その、初日なので早上がりでいいとマリアさんが」


「そうなの…」


 私からも両手を回して、その細い腰を抱く。そして、肩に顔を埋めて、いい匂いのする綺麗な金糸に擦り寄る。


 するとすぐに後頭部に手が置かれて、優しく撫でられる。


 なんとも心地のいい抱擁だった。


「…じゃあ、どうしてこの服着てるの?」


 しかし、そんな雰囲気の中言われたその言葉に、私の体は強張った。


「ぇ…っ」


「だってもう仕事終わったのよね?そしたら着替えてくればよくない?」


「っ…」


「ふーん…」


 なにか悪いことを思いついた、というような口調で私の耳元に話し続ける姫乃ちゃん。


 私の心臓は五月蝿い程に脈打っていた。


 だってこれじゃ、私だけ期待していたみたいじゃないか。


「だ、だって…マリアさんが、着替えならいくらでもあるからお嬢様を満足させてあげてって…お湯も沸かしてるからって…」


「え?それ普通のことしか言ってないわよね?そこから何を連想したの?」


「…っ」


 私の言い訳?…も、見事にかわされた。


 確かにマリアさんの言っていることは、並べればお風呂に入って着替えてという日常において至極当然のもの達。姫乃ちゃんを満足させるという言葉だけが少しだけ意味深だが、捉え方は人それぞれな物だ。


 私が勝手に、姫乃ちゃんとのセックスを連想しただけ。そして期待して可愛いと褒められたメイド服のまま来てしまっただけ。


 …そう言われてしまえば何も言い返せなかった。


「ねぇ?のり子は何を思ってそれ着てきたのかしら?」


 ドクドクドクドク…心音が更に早まる。


「…答えなさいよ」


 羞恥心で震える私を、更に追い込むように耳元に囁かれ続ける言葉達。

 

 これは完全にいじめつくされるパターンだと気がついた。


 私は一刻も早く、姫乃ちゃんに抱かれたいのに。


 そこで思い出したのは、さっき読んだ薄い漫画だった。


 ゴクリと一度唾液を飲んでから、私は手を動かした。


「い、意地悪…しないで…」


 震える涙声でそう呟いた私は、私の腰にあった姫乃ちゃんの手を持って、自分のスカートの中に誘導した。


「…早く、してください」


 そして姫乃ちゃんが大好きだと言ってくれる自分のお尻に手を当てて、ぎゅっと握らせた。


「っ…あんた…」


 すると、さっきまで余裕のあった姫乃ちゃんの喉がゴクリと大きく音を立て、同時にその余裕が完全に崩れた音がした。


 次の瞬間、姫乃ちゃんはズンっと私を軽々お姫様抱っこしてしまう。


 あまりにスマートな動作と、そうすることで見えた姫乃ちゃんの情欲に溢れた表情に、きゅんとする。


 そしてそのままベッドに投げ飛ばす勢いで寝かされて、姫乃ちゃんは当然のように馬乗りして覆い被さってくる。


「浮気した悪いメイドにお仕置きしようと思ったけど…やめね。」


「ふぇ…?浮…ぁっ…」


 すごく気になる単語があったけど、喉元を甘噛みされ、スカートの中に入った手によって簡単にガーターベルトを外され、そのまま下着を早速下ろされて…その意味を聞き出す前に私の声は途切れる。


「…主人を誘惑する悪いメイドのお仕置きに変更。」


 そして元々大きく開いていた胸元の布をガバッと勢いよく下ろされる。


 なんというかこれ、元々そういう事をする為のデザインなんじゃないかとすら思う程に、私の肌は簡単にさらけ出されてしまう。


 ただ、今はそのデザインに感謝する。


「…覚悟しなさいよ」


 おかげで姫乃ちゃんはもう完全に私に夢中になってくれているから。


 さっき読んでいた漫画、


『高飛車お嬢様を生意気メイドさんがあらゆる手段で誘惑して、お仕置きと称してたくさん抱いてもらう』


 っていうコンセプトの薄い本。


 今日はたまたまうまくいったけれど、羞恥心がまだあった。


 私もいつか漫画のメイドさんのように、姫乃ちゃんを意図的に虜にできたらいいな…なんて思いながら、与えられる快楽に身を委ねた。

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