番外編…共犯ティータイム。
「…はいっていいわよ。」
音の鳴ったドアに応える。
同時にドアが開き、キッチンワゴンを押して入ってくる私の従者。
「失礼します。紅茶のご用意ができました。」
見た目は言わずもがな、いつ見ても所作がすごく大人で、綺麗。
だけど今はその人…マリアを見ると、少しだけ怒りが湧いて眉間にシワがよる。
「のり子は」
のり子。私の最愛の恋人。
真っ先に出てくる言葉がそれなのは、仕方がないことだと思う。
「今は私の出した課題を必死にこなしている所です。」
「ふーん。」
「あら、随分機嫌が悪いですねお嬢様。」
それは自分でも分かっている。それくらい明からさまにぶっきらぼうな返事をした。
それに対しても、いつものようにニコニコと笑うマリア。
まだまだ私は子供だなと思いつつ…だってしょうがないじゃないか、とも思う。
だって…数時間前、私の最愛の恋人は、私の従者の従者にされちゃったんだから。
「マリアが上手くあの子を説得するって言うから、演技に付き合ってあげたのに…」
…そう。
実はさっきの私達のやりとりは、会話の殆んどはアドリブではあるのだが、本筋はお互い共有してあった。
のり子があのメイド服を着るのに手こずっている間に、マリアから提案されたのだ。
『私にお任せください。』
そう言われて、指示されたのは主二つ。
・一つ、のり子の想いを汲み取る為に、仕事関連は全て自分に任せる事を許可して欲しいという事。
─…ようするに、私が仕事に一切関与しない事で、のり子の望む恋人関係、純粋な愛し合い方を実現しようと言う事。
・二つ、とにかく、会話の中でのり子を甘く誘惑して欲しい。話がまとまりそうな終盤は特に。
─…これは、『七星姫乃に施されたくない』というのり子の反発精神を利用する為らしい。私が甘く誘惑する事で、逆にマリアの甘い提案に乗りやすくなるんだとか。
実際、最初日給の高さに驚いていたのり子はマリアのお仕事を受けることにしたんだから効果的だったみたい。
「はい。ですから、上手く説得いたしました。」
そして、マリアが笑顔で言う通り私がマリアに合わせて、マリアも私に合わせて、それで全て上手くいった。
本当にうまくいったのだ。
これでのり子の金銭面は問題なくなり、19時以降という条件付きだがずっと私の側に居続けてくれる。
じゃあ、私が何に対してこんなに不機嫌になっているのか…
「…スカートん中に手を入れて…しかも、お尻を触るのは聞いてない。」
…これである。
マリアは私の愛する恋人のスカートの中に手を突っ込み、あろうことかあのマシュマロみたいな気持ちいいお尻を触ったのである。
勿論、この行為にはすごく驚いたし、『私の恋人になにしてくれてんのよ』って、本気で思った。
でも、実はこの怒りの本質はそこでもない。
お尻を揉んだマリアに対しても怒りはあるけれど、私が本当に怒りを向けているのは、揉まれた側の方。
…四ノ宮のり子に対してである。
だってあの子…
マリアに抱きしめられた時顔をを赤くして、ときめいてたのよ!?それだけでもおかしいわよね!?
それに加えてお尻を揉まれている時よ!
赤かった顔を更に真っ赤にして、すごく気持ちよさそうな顔をしてたのよ!?
私に抱かれている時みたいに、すっごくエッチな顔をして…
…許せないわ。
あんなの浮気よ。寝取りよ。
私、従者に恋人を寝取られたんだわ。
「あぁ。…可愛かったのでつい。」
「そこは嘘でも『演技ですから』っていいなさいよ!?下心を否定しなさいよ!?」
私が唇を突き出して不満を露わにしていると、紅茶とお茶菓子をテーブルに並べながらそう言うマリア。
私はたまらずツッコミを入れる。
「お嬢様に嘘はつけません。」
「それがもう嘘なのよ…」
はぁ、とため息をつく。
まぁ、正直マリアは私達の反応を楽しんでいるだけなんだと分かってはいる。
それでも振り回されてしまうんだから、私は相当のり子の事が好きなんだなと改めて思い知らされる。
「…まぁ、それ以外は褒めてあげる。これであの子は私のそばに居てくれるわけだし。」
私はそう言って紅茶を口にする。
相変わらずマリアの淹れる紅茶は世界一だ。すごくリラックスできる。のり子に対する怒りも薄れていく。
「お嬢様。」
そうして紅茶を味わってからティーカップをテーブルに戻すと同時、さっきまでとは違う、真剣な声音でマリアに呼ばれる。
見れば、表情まで真剣なものになっていた。
「四ノ宮様の意思を蔑ろにはしたくありませんので、先ほど私が言った事は徹底してもらいます。」
そして口にしたその言葉。
長い付き合いだ。マリアがこうして私に言う時は本気の本気だと言うことは知っている。
こう言う時、いくら私がマリアの主人だからってそれを無視することは出来ない。
「本当に愛する為には"愛さない時間"が必要なのです。」
だって、いつだって真剣なマリアの言うことは正しいから。
「はぁ…そうね…」
私は溜息と共に、納得する。
今回の場合、『愛さない事』が『愛する事』になるのはちゃんと理解している。
仕事中、私の出る幕は無い。
そんな私を認めると、マリアはニコッと笑顔に戻る。
「…すごく素敵な方と出会いましたね。」
それから、まるで母親のような慈悲深い表情をするマリア。
それには色々な想いが込められている事を、私は知っている。
だってマリアは私が『七星』にずっと苦しんできたのを、知っているから。
ずっとずっと、親の代わりに私の側に居てくれたから。
私が殻に閉じこもった時や、全部が嫌になってマリアにあたってしまった時だって、見捨てずに寄り添ってくれたから。
そんな中で『七星』にまるで興味を示さないのり子に出会って幸せを知った私。
マリアは心の底からそれを祝福してくれている。
…ポッと心が温まる。
「…うん。」
対して、恋人の存在が親にバレた思春期の子供の様に照れ臭く頷く私。
「大切にしなければなりませんよ。特に、お嬢様は悪気なく一般の方達と感覚が違ってしまう事が多々あるでしょうから。」
「そう言う時は力に任せて言うことを効かせるのではなく、お嬢様から目線を合わせてあげるんです。」
マリアは私を認めて、それから優しく釘を刺すようにそれを口にする。
マリアの言う通り、『七星』である私は何もしなくても他人とは違う存在になる。
現実的な話だけで言うと、金銭感覚や物に対する価値観、人を支配する側で、人一倍強い独占欲。
自分が正しいと思っていたそれらは、実際は『七星だから』という枕詞が勝手に仕事をして、全てが正当化されていただけ。
だから、私は普通がわからない。何が正しいのかわからない。全部が正しかったから。
何もしなくても、数多の人間は私に跪き従順になった。
唯一近くにいてくれたマリアだけは、必死に私に普通の生き方を教えてくれたけど…途中で私は反抗期に入ってしまったから。
でも、私の愛する人に『七星だから』は通用しない。
だからこそ、私は彼女に興味を抱いたし、いじめたし、恋をしたし、愛を注いだ。
だからマリアの言う様に、意見が食い違う事はある。いつか喧嘩をしてしまうかもしれない。
「…できるかな…私に…」
自信が持てない私は、俯いて弱音を吐く。
すると、マリアは私の側にやってきて、頭に手を置いて励ます様に優しく撫でてくれる。
「大丈夫。お嬢様は誰よりも優しいお方ですから。」
ずっとずっと、そうだった。
マリアはいつだって、誰よりも近くで私を勇気づけてくれた。
今までのマリアとの思い出が蘇り、自然と涙が目に浮かぶ。
「…マリア…ありがとう…それから今まで態度悪くて…ごめんなさい」
私の言葉を聞いたマリアは、私の口から出た言葉が余程意外だったのか、目をパチパチとして呆気に取られていた。
あのマリアがこんな顔をするなんて、すごく貴重である。
しかし、それも一瞬で、また優しい顔に戻ると私の事を抱きしめた。
これまた懐かしい匂いに、涙腺が刺激される。
しばらく抱きしめられて、背中や頭を撫でられて。
「マリアはお嬢様の幸せを一番に願っております。だからお嬢様は何も気にしなくていいんです。」
マリアが口にした言葉。
どこまでも私を思う強い気持ち。
「ですが…」
更に続けるマリアの声が、震えた。
「すみません…マリアは今、お嬢様よりも幸せを感じてしまっています…。」
震える声、震える体、鼻を啜る音。
きゅっと胸が締め付けられた。
私はマリアの腕から抜け出して、逆にマリアを掻き抱く。
その際、マリアの顔は見ないように気をつけた。きっと、私にその顔は見られたくないだろうから。
「…なら、もっともっと幸せになるから…なってみせるから…ずっと幸せでいて。」
少し前まで酷く大きな物に感じていたマリアの身体。成長した今、改めてぎゅっと抱きしめると、その身体が実はとてつもなく華奢であることがよく分かる。
この身体で、今までずっと私を守ってくれたんだと思うと、愛しさが止まらなかった。
のり子と共に、私が愛する数少ない人。
「マリア…ありがとう。」
私が再びそれを口にすると、更にマリアの身体が大きく震えだす。
私は感謝の意を込めて、愛するマリアの後頭部に口付けを落とした。
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