二人は私のスカートの中に触れて。

「…うそ」


 私を見た姫乃ちゃんが、口をポカンと開けて固まった。


「は、恥ずかしいので見ないでくださぃ…」


 私は自分の身体を、2本の腕で必死に隠す。


 ─…文字通りフリフリのフリルがついた衣装。


 ─…なぜか大胆に開かれた胸元。


 ─…下着が見えそうなくらい短いミニスカート。


 ─…ふとももの肉に食い込むパツパツのニーソックス。下着とセットのガーターベルト。


 ─…可愛いけど自分が付けるとなると躊躇してしまうメイドカチューシャ。


 思いつく限りの恥ずかしい部分。


 勿論、私の二つしかない細い腕ではそれらを全く隠せるわけもなく…。


「いや、全然無理。めっちゃ見るわよ。」


 姫乃ちゃんの視線が私の身体中を這う。


 所謂メイド服とよばれるこれは、私の知る物とは少し違っていた。


 マリアさんに言われるがままに着せられたけど…


 こんなに大事なところの露出があって、身体のラインが分かる服なんて、メイド服以前に着た事がない。


 羞恥心でどうにかなりそうだった。


「マリア、あんたセンス良すぎるわ。」


「ふふ。お褒めに預かり光栄でございます。」


 姫乃ちゃんは、そんな私から一切目を離さずにマリアさんを褒める。


 私はもう隠せない身体は諦めて、両手で熱くなった自分の顔を覆った。


「ねぇ、のり子。…こっち来て?」


 そんな私に、かけられたその言葉。身体がビクッと反応する。


 ゆっくりと腕をおろして、隠した顔を晒すと姫乃ちゃんの緋色の瞳と目が合った。


 あの目は…私の事を本気で求めてる時の目だ…。


 まだ私達の付き合いは短いけれど、濃密な時間を過ごしてきたせいで、その瞳を見ればなんとなく姫乃ちゃんの気持ちが分かる様になってきた今日この頃。


 私は殆ど無意識に、ゆっくりとした足取りで声のする方を目指す。


「そう。そのままここに跨って。」


 大きな椅子に足を組んで座っていた姫乃ちゃんの目の前に辿り着くと、組んでいた足を解いて、その足を指差した。


 トクトクと、心音が聞こえる。


「おいで?」


 躊躇う私を見上げる姫乃ちゃんが、両手を私の方へ軽く伸ばして優しく微笑む。


 そしたらもう、私の身体が勝手に彼女を求めてしまう。


「…いい子ね。」


 ゆっくりと姫乃ちゃんの太ももにお尻を着地させた私。


 姫乃ちゃんはそんな私の頬に片手を置いて呟いた。


 きゅぅっと、お腹が切なくなる。


 私の顎を掴む4本の指と、唇でふにふにと遊ぶ残りの親指。


 上に乗った事で逆転する座高。愛しそうに私を見上げる姫乃ちゃん。


 そんな姫乃ちゃんにまた胸がきゅんとした。


「…ほんと…可愛いわあんた。」


 そう呟いたと同時、腰辺りに置かれる姫乃ちゃんの手。


 その手は簡単に、そのまま防御力の低すぎるスカートの中に侵入してきた。


「ひ、姫乃ちゃ…そこ…」


 私はびっくりして思わず前屈みになって、姫乃ちゃんに抱きつく。そして、恥ずかしさで姫乃ちゃんの肩に顔を埋める。


 しかしその結果、私の頬にあったもう片方の手には腰を抱かれて身動きが取れなくなってしまった。


「…見せつけたのはあんたでしょ?」


「っ…ちが…っ」


 耳元に甘い声で囁かれて、身体中に鳥肌が立つ。


「相変わらずすべすべで、もちもちで、癖になる。」


「ひゃぁっ…っ」


 そして、そう言った姫乃ちゃんにぎゅっと肉を掴まれて思わず声が出る。


 すると私の腰を抱いていた姫乃ちゃんの手がスルスルと上に登ってきて、私の後頭部をぎゅっと抱きしめた。


「…ねぇ…さっきはごめんなさい。ちょっと態度悪かったわよね。」


 そして耳元でまた囁かれて。


 今度は目を大きく見開く。


「そ、そんなっ!…私も、自分の事ばっかりで…」


 あれはお互い悪くなかった。


 私は私で、姫乃ちゃんからの純粋な愛が欲しかった。


 対して姫乃ちゃんは、どんな手を使ってでも私を欲した。


 どちらも共通して、心の根は『相手のことが好き』。


 そのやり方の違いで、ぶつかってしまっただけだ。だから謝罪する必要なんてない。


 だけど、すりすりと、私の頭に頭を擦り付けてくる姫乃ちゃん。嫌われたくなくて、甘えているのだとすぐにわかった。


 そうすると羞恥心なんかどこかに吹き飛んで、ただただ愛しいこの人の頭を両腕でかき抱いていた。


「…ねぇ、全部抜きにして答えて欲しい。」


「…私と、一緒に居たい?」


 その質問…ようするに、お金とか現実的な問題は関係なく、ただ私の気持ちを聞いている。


 だとしたら、何も躊躇わずに即答できる。


「はぃ。ずっと…一緒に居たいです。」


 私が答えると姫乃ちゃんは私の腕から抜け出して、私を見上げる。

 

 そして姫乃ちゃんが唇を薄く開いた。


 そのまま近づいてくるから、すぐにわかった。


 あぁ、キス…される。


「はいはい、忠誠のキスは契約に必要ない事なので後にしてくださいね」


 そう思った瞬間、聞こえた声に思わずびっくりして姫乃ちゃんの肩に顔を埋めて隠す。


「…あんた、ちょっとは空気読みなさいよ」


 耳元で姫乃ちゃんの不満気な声が聞こえる。


 でも、これは私たちが悪いと思う…


 姫乃ちゃんの事が好きすぎるのがいけないのか、私はそういう雰囲気になると姫乃ちゃんしか見えなくなる。


 マリアさんが居るってわかってるのに、忘れて姫乃ちゃんを求めてしまう。


 これは中々まずい事で、治さなければ本当に日常生活に支障が出てしまう。


 今はまだマリアさんだから許されてるけど…いや、待ってほしい。感覚が麻痺してるけどマリアさんだって普通にアウトなはずだ。恥ずかしすぎる。


 しかし、なんでマリアさんは平気なんだろう…いつも表情を崩さず私達を見てニコニコ笑ってるし…本当に不思議な人だ。



「さて、こちらは簡単な誓約書になります。」


 そう言って渡された資料の内容に、私は目を大きく見開いた。


「…に、日給20万…っ!?」


 デカデカと書かれた賃金…私からしたら見た事もない大金。


 何かの間違いじゃないか。0を一つ消して日給2万にしたとしても高校生がもらっていい額じゃない。


 私は驚いた表情のまま、姫乃ちゃんを見る。


「ちょっとマリア。給料が少なすぎて珍しくのり子が感情を爆発させてるじゃない。せめて日給200万くらい出しなさいよ。」


 ダメだ。この人も金銭感覚が麻痺してる人だった。


「い、いや!逆です!多すぎますっ…こんな…いただけませんっ」


 私は誓約書をマリアさんに返す様に、前に突き出す。


「おや、アルバイトの分際で当社の支給額に苦言を呈すおつもりで?」


 しかしマリアさんはいつものようにニコッと笑った表情で、そんな事を言ってくる。


「っ…でも…」


 確かに、雇用側が提示してる物にいきなり苦言を呈すのは常識ではあり得ないけど、これは話が違いすぎる。


 …というか私はまだアルバイトでもない


「当然、仕事内容はその分厳しいですよ。最後まで注意事項をお読みください。」


 そういえば私はまだ給与に関する事までしか見てない。


 とりあえず言われるがままに、誓約書に目を通す。


「…『マリアさんの採点基準に達しない場合はちゃーんとタダ働きになるから覚悟しとくように♡』……な、なんですかこれ。」


 なんというかこの誓約書、よくよく見るとあまりにも適当すぎる。…手書きだし。


「お給料が出るか出ないか、全てはこの私が基準になるということです。」


 そう言いながら、マリアさんは懐から一枚の紙、それも首下げストラップのような紐がついている物を取り出して私に渡してくれる。


「毎日こちらのスタンプカードに私がマルバツどちらかのスタンプを押します。そして、その結果でお給料が支給されるかどうかが決まる仕様でございます。」


 恐らくこれも手書きなのだろう。カレンダーみたいな感じにマスが存在し、空いているスペースには可愛らしいイラストまで描かれている。


 昔夏休みの宿題出たラジオ体操の出席カードにこんなのがあったな…。


「…ですので、ご安心ください四ノ宮様。そこに"七星姫乃の意思"は一切関与致しません。」


 カードを確認していた私はその言葉に目を見開いて、マリアさんを見る。

 

「お二人は雇用関係や金銭などの利害関係なく、これからも変わらずしっかりと純粋な愛を育めるというわけです。」


 なるほど、と思った。


 確かにこの方法なら私と姫乃ちゃんの間に、買った買われたという上下関係性は無くなる。


 けれど、姫乃ちゃんの従者であるマリアさんが採点基準なのは如何なものか…それは、間接的に姫乃ちゃんの意思が関与してるのと同じなんじゃ…


 私はそんな事を思いながら、姫乃ちゃんを見る。


 すると、すごく苦い顔をした姫乃ちゃんと目があった。


「…のり子。はっきり言うけど、こういう時のマリアは本気でしごきにくるわよ。」


 体験談なのだろうか…?


 姫乃ちゃんにそんな顔させるなんて、一体どれだけ厳しいんだろう。


 いつもニコニコ笑ってるイメージのマリアさんからはあまり想像がつかないけれど…


「私を選んでくれるなら、仕事なんてしなくていい。一生ベッドの上であんたを愛してあげる。」


 それから、真剣な顔で言われるその言葉。


 すごく嬉しいし、その胸に飛び込んで行きたくなる気持ちがないわけでもない。


「ごめんなさい姫乃ちゃん。」


 けれど、私は優しく笑ってそれを断った。


 やっぱり、ここだけは譲れなかった。


 『求めてくれるから好き』から『好きだから求められたい』に変わった私の心。


 一方的に愛されるのではなく、愛し合いたいから。


 私の答えを聞いた姫乃ちゃんは、どこか清く諦める様に微笑んだ。


 それを見届けてから、私はマリアさんを向く。


「…私、そのお仕事…やらせていただきます。」


「では、契約成立ですね。…特に必要な書類などは無いので、仕事内容の確認も含めてさっそく今日から働いてみましょうか。」


 マリアさんは笑顔で答えてくれる。


 急に始まる人生初バイトに、どこか緊張する。


 勿論金銭的に余裕がないうちのことを考えて、学園生活に慣れてきたらいずれアルバイトはするつもりではあったけど…


 でも、頑張ろう。


 少し給料が多すぎる気もするけど、ちゃんと自分で働いて稼いで、それで生活費なんかをやりくりしていこう。


 そんな風に意気込んで、マリアさんの提案に頷こうとして…


「いや、それはダメ。」


 …それを姫乃ちゃんに遮られた。


「マリアはお風呂沸かしておいて。今から私達汚れるから。」


 気付けば姫乃ちゃんは私の隣に立っていて、腕を掴まれる。


「それと、この子の着替え。これと同じ様なやつね。何着でもいいから、とにかくたくさん用意しておいて。」


 マリアさんに対して淡々と言うと、姫乃ちゃんは隣の私に視線を移す。


 その瞳に、いつもの熱い情欲を感じて、私の身体は期待に震えた。


「…こんな格好ののり子を前にしてお預けなんて、さすがに無理だから。」


 そのまま腰を抱かれ、ソックスとスカートの間の肌が見えている部分に手がするりと入ってくる。


 完全に私を捕食対象として認めた手つきに、ゾクゾクと全身が震える。


「…ご奉仕してくれる?私の可愛いメイドさん?」


 最後にそんなセリフと共に優しく微笑まれて、私の心臓は大きく跳ねた。


 本当に露出が多くて、それでもすごく可愛いこの衣装。


 着る際、私なんかに似合うわけないと思ってたし、かなり恥ずかしかった…けど、ここまで興奮してくれるのであれば、いくらでも着てあげたいと思う。


 私は肯定する様に、姫乃ちゃんを抱き返そうとする。


「それはなりません。」


 しかし、それを遮るのはマリアさんの声。


「…は?なんでよ。」


 不機嫌に私の身体を更に抱き寄せる姫乃ちゃん。


 マリアさんを見ると、相変わらずニコニコと綺麗な笑みを浮かべている。


「契約上、この別荘にいる間は19時まで四ノ宮様…いえ、は私のメイドになりますので。」


 そして、開いた口から出た言葉に、姫乃ちゃんだけでなく私も驚く。


「の、のり…ちゃん…?」


 もう色々とツッコミどころは多いのだが、1番をあげるのであればそこだろう。


 のりちゃん…恐らく私の名前から取ったあだ名であるのは想像がつくが…


「はい。のりちゃん。である時に限り、親しみを込めてそうお呼びしいたします。」


「そして、メイドである時…つまり、メイド服を身につけている間はお嬢様からのりちゃんへの手出しの一切を禁止にさせていただきます。」


 マリアさんはそう言うと、強引に引き剥がす様に、それでいて、紳士的にエスコートする様に、姫乃ちゃんから私を奪い去った。


 姫乃ちゃんは目をパチパチと動かし、口をポカンと開いて、それでも完全に体はカチッと固まって、唖然としていた。


 同じく攫われて抱かれている私も、何が起こっているのか全く理解できない。


「折衷案と申し上げましたよね?」


 そんな姫乃ちゃんと私を置いて、クスッと1人笑うマリアさん。


 そのまま腰を押されて、私は更にマリアさんと密着する。


 執事服に隠れて気づかなかったけど、すごく柔らかい体と、何よりも鼻腔をくすぐる姫乃ちゃんと同じ匂い…不覚にもドキッとさせられる。


「のりちゃんの願いをより具現化させる為、職務中の全ては私が管理いたしますので。」


「お嬢様は、終業時間である19時まで口出し及びのりちゃんへの意図的な接触は禁止。その関係で、私ものりちゃんに関する命令の一切を受け付けません。」


 とても従者が主人に言っているとは思えない言葉達。


「は、はぁ!?!?意味わかんないんだけど!?!?」


 それを聞いて、ようやく動き出す姫乃ちゃん。


「のり子を返しなさいっ…」


 眉間に皺を寄せながら私達の方へ向かって来る。


 何故か私の奪い合いに発展しているがどうしてこうなってしまったのか…ただ、マリアさんの行動は極端であるが、意図は分かった。


「いけませんよお嬢様。」


 マリアさんは私を抱いていない方の手をビシッと出して姫乃ちゃんの進行を阻止する。


 ついでに更に強く抱きしめられて顔を赤らめる私。


 更に眉間の皺の数が増える姫乃ちゃん。


 マリアさんはそんな私達の万能を楽しむ様に笑ってから、言葉を続けた。


「現在のりちゃんがメイドとして使えているのは、お嬢様ではない。この私、マリアでございます。」


 そして、姫乃ちゃんを挑発する様に、姫乃ちゃんが私にしたみたいに、私のスカートの中に手を入れてきた。


「そのあたりを履き違えない様にお願いしますね。」


 

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