誓いの夜は幸せな朝をより熱くする。

「ほ、ほら…私、人を好きになったのあんたがはじめてだって言ったでしょ…」


 固まって動かない私に、言い訳をするように慌てだす姫乃ちゃん。


 すごく嬉しい事を言われているのに、私はその真っ赤な顔から目が離せない。


「…デートとかそういうの、昔からちょっと憧れてて…」


 私の視線から逃げるように姫乃ちゃんは目を瞑る。


 そして、だんだんと小さくなる声。


「…だから、私とデートして欲しい…っ」


 最後にぎゅっと、姫乃ちゃんは私の頭を乗せてない方の手で私のパジャマを握った。


 キスもセックスも…恋人同士の最上級の営みとも言える行為をたくさんしてきたのに、目の前の女の子はそんな時にも見せなかった顔をしていた。


 胸の鼓動が激しくなっておさまらない。


「…相手が…私なんかで…いいんですか…」


 震える声で、聞く。


 姫乃ちゃんが昔から憧れていたデート。しかも初めてのデート。


 なのに、その相手である私は話術もなければ、知識もない。


 失望されないか、ただひたすらに不安だった。


「…何?私が好きな奴以外とデートする奴に見える?」


 しかし、私のその弱気な反応に対して、目尻に涙を溜めた姫乃ちゃんがどこか不機嫌そうに私を睨んでそう言った。


 …しまった!と、思ったが遅かった。


「そ、そんなことはっ…」


 自分に自信がないせいで、また余計なワンクッションを挟んでしまった。


 そのせいで姫乃ちゃんの機嫌を損ねる。


 素直に嬉しい、私もデートがしたい、と答えればいいのに。


 私は本当に可愛く無い奴になってしまう。


「…正直ね、すごく不安なの。」


 姫乃ちゃんは、そんな自己嫌悪に陥っている私の頭を抱えてから静かに呟いた。


「…セックスでしかあんたのこと喜ばせてあげられないんじゃないかって。」


「…え?」


 そして続いたその言葉に、私は大きく目を見開いた。


 …だってその悩みは、私も持っていた物だから。


 私だって、自分が姫乃ちゃんにあげられるのはこの身体だけだと思っていた。


 だからデートの相手として、あまりにも役不足なんじゃないかって…。


 姫乃ちゃんは事あるごとに、私を抱いてくれていたから。


「本当に私、恋愛経験無いし…そもそもあんたの事いじめてたし…セックス中のあんた、すごく喜んでくれてるように見えたし…」


 自信なさげに言葉を発する姫乃ちゃん。


 最後の一文はすごく恥ずかしいけれど、喜んでいたのは事実だ。


 だって、セックス中の姫乃ちゃんは、私を強く求めてくれているのがよく分かるから。


 そして、姫乃ちゃんが私で気持ちよくなってくれているのが分かるから。


 …やっぱり、私と同じなんだ。


 自分の快楽は勿論あるけれど、それ以上に私達は相手が喜ぶ事に喜びを感じていたんだ。


「…でも、絶対あんたのこと喜ばせて見せるから。セックス以外にも私に魅力があるって思わせて見せるから。」


 さっきまでの自信の無さはどこかへ、姫乃ちゃんは私にしっかりと目線を合わせて力強く言い切った。


 根本的な物は、私たちは似ているのかもしれないけれど、こういう所はやっぱり姫乃ちゃんは凄いなと思う。


 決めるべき所で恐れない。確定していない未来に自信を持って発言をする。


 本当に、カッコいいなって思う。


 そんな姫乃ちゃんに相応しい恋人になりたいと、強く思った。


「…だから私と、デートしてください。」


 揺れ動く緋色の瞳。


 私はもうとっくに気づいている。貴女には魅力がたくさんあることに。


 だから『求めてくれるから好き』から『好きだから求められたい』に考えが変わったんだ。


 貴女を知って、貴女をより好きになったから。


 それでも、それを今ここで言うのは違う事くらい私にもわかる。


 私は私のパジャマを握る姫乃ちゃんの手を両手で包んで、自分の顔の方に持っていく。


 そして姫乃ちゃんの手を自分の口元に当てて、隠す。


「…はい…喜んで。」


 そして幸せを噛み締めた小さな声で、その言葉を口にした。



「…んっ」


 瞼を閉じていても感じる強い光に、眉をひそめる。


 意識が次第に浮上してきて、視界の情報が脳に伝達された。


「あ、起きた?」


 最初に目に入った愛する人、朝までしてくれたのであろう腕枕。


 理解した瞬間に一気に押し寄せてくるのは幸せだった。


「ぁ…ぉ、おはようござぃます」


「うん。おはよ。」


 意識が完全に覚醒して朝の挨拶をすると、満面の笑みを浮かべた貴女が私の頬や頭を撫でてくれる。


「…あの…すごくご機嫌ですか?」


 私を撫で回す姫乃ちゃんが、すごく幸せそうにしている気がした。


 覚醒したとはいえ少し寝ぼけているのか、日本語が怪しい感じになったが質問は通じるだろう。


「何よその変な聞き方。…でもそうね、すんごいご機嫌。」


 私の不自由な質問にクスクス笑ってから、ちゃんと答えてくれる。


 それから私の前髪をどけて額にキスをして、また優しく微笑む。


「だってあんたの寝顔、可愛すぎなんだもん。朝から最高の気分。」


「ぇっ…」


「あー。照れたんだ?」


 意地悪く笑う姫乃ちゃん。


 そんなこと言われて、嬉しく無いわけがない。照れないわけがない。


 だって、姫乃ちゃんの幸せを作ったのが私なんだもん。それは私にとって何よりも嬉しいことだ。


 私は姫乃ちゃんの胸元に赤くなっているであろう自分の顔を隠す。


「…はぁ…あんたほんと、可愛いいわ。」


 姫乃ちゃんはそんな私の事を強く抱きしめて、今度は揶揄うでもなく、心の底から自然と出たと言う様な呟きをする。


 きゅぅっと心臓が締め付けられた。


 朝から幸せすぎる。こんなの味わってしまったら、もう昔の孤独な生活になんて戻れない。


「…ねぇ、体の調子はどう?」


 暫く無言で抱き合っていると、姫乃ちゃんが先に口を開いた。


「…あ、少し違和感はありますけど…歩くくらいはできそうです。」


「良かった…」


 本当にぎこちなくはなるだろうけど、1人で歩ける程度には回復したと思う。


 昨日の夜は姫乃ちゃんに抱いて貰えなかったから。


 結局デートの約束した後、恥ずかしいのか無言で私の事を抱きしめ続けた姫乃ちゃん。少し早い彼女の心音を聞いてたら、連日の疲れあってか私は気づいたら眠ってしまっていた。


 やっぱり何時間も何十時間も抱かれっぱなしはさすがに不味かったと言う事だ。


 …勿論、それでも抱かれたいと言う気持ちはずっと心にあるけれど。


「ぁの…」


 …そんな事を思っていたからか、私の中に少しだけ欲が出てくる。


「ん?」


 私の事をいまだに腕枕してくれている姫乃ちゃんは、きょとんとした表情で腕の中にいる私の顔を覗く。


 私は今から言う事への羞恥心を逃すように、彼女のパジャマを握る。


 そして、勇気を振り絞ったような震え声でそれを口にした。


「お、おはようの…ちゅーがしたいです。」


 …本当に恥ずかしい。


 けどしたくてしたくて仕方ないから、言うしかなかった。


 だって昨日の夜は、ご褒美にくれた口付け一回だっけだったから。


 …


 ……


 …でも、暫くの静寂が訪れて、少しだけ不安になる。姫乃ちゃんは何も言ってくれない。


 そんな姫乃ちゃんがどんな顔をしているのか気になって、恥ずかしさで閉じていた瞼をゆっくりと開いた。


「…ぅぁっ…ひ、ひめのちゃん?」


 その瞬間、姫乃ちゃんは軽い身のこなしで私の上に馬乗りになった。


 そして、私の両手は姫乃ちゃんの片手によって頭の上に上げさせられ、押さえつける様にベッドに縫い付けられた。


 バンザイの格好で完全に身動きを封じられた私。


 私を見下ろす姫乃ちゃんの表情は、重力によって垂れる前髪で見えない。


「昨日はあぁ言ったけど…」


 そんな状況下、ようやく口を開いた姫乃ちゃんの顔が降りてくる。


「私、別にセックスがしたくないわけじゃないのよ?むしろ、常にあんたのこと抱きたくて仕方ないくらいなの。」


 そして続く言葉と、顔が降りてきた事で見えた表情。


 …姫乃ちゃんは必死に私への欲を耐えていた。


 それが分かると、心臓だけでなくお腹の辺りが切なくなる。


「…だから、あんまり可愛い事言わないでよ。」


 最後にそう呟いたあと、一度だけ触れるだけのキスが落とされた。


 今にも襲ってきそうな目をしているのに、なんとも理性的な姫乃ちゃん。全部わたしの身体を思っての事だと思うと、たまらなく愛おしかった。


 そして、そんな姫乃ちゃんの努力は、残念ながら逆に私のスイッチを強く押してしまった。


「…んべっ。」


 …私は口を開いて、できる限り唾液を含ませた舌を伸ばし出して彼女に見せつけた。


 押さえつけて無抵抗のが、自分から食べて欲しいとねだっているんだ…捕食者姫乃ちゃんが我慢なんてできるはずがないでしょう?


 これは自惚れなんかじゃない。


 今の姫乃ちゃんなら、必ず私を食べてくれる。そんな確信あっての行動だった。


 そして予想通り、喉を大きく鳴らした姫乃ちゃんは、ゆっくりと唇を開き、ゆっくりと前屈みになり、ゆっくりと顔を近づけてくる。


「…泣いたって、知らないから。」


「ぁっ…」


 姫乃ちゃんの獲物を狙う鋭い視線に、切なく漏らした私の声。


 それを最後に私の身体は完全に彼女に支配される。


 ゾクゾクと、身体中を駆け巡る快感。


 それと同時に、口一杯に彼女の甘い味が広がった。

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