人生初めての外泊。

 体内時計が働いて、瞼がゆっくり開く。


 身体が重い。腰が痛い。そしてとにかく怠い。


 目だけを動かして周りを見渡す。


 どう見ても七星さんの別荘だ。


 そして、体にずっとある自分のものではない体温。


 視線を横にずらすと、そこには私と同じように一糸纏わぬ姿の七星さんの姿。


 そうだ、昨晩七星さんは初めて服を脱いでくれたんだ。肌と肌が密着し、より一層ひとつになれた感じがしてすごく嬉しかった。


 私の病的な白さとは違う、程よく白い肌。凄く柔らかい形の良い綺麗な胸。そして至る所に咲く赤い花は私が付けた物だろう。


 そんな七星さんは、私の事を抱きしめながら気持ちよさそうに眠っていた。


 つまり、昨日の事は全部夢じゃなかったと言う事。


 …あぁ、やってしまった。


 結局昨日は日中にあれだけしたのに、恋人同士となってから更に夜通し抱かれ続けた。


 しかし、人生初めてのお泊まりを、この様な形で経験するとは思わなかった。


 色々な事が頭によぎるが、今はただ目の前にある綺麗な顔が愛しくて仕方ない。


 どういうわけか、現在私はこの人の恋人だ。


 勿論、七星さんにとって私は遊び相手の1人にすぎないのだろうけど。


 それでも、私は彼女の恋人になる事を選んだ。


「…七星さん。」


 何度も何度も合わせた小さな唇に目がいく。その唇の端に付いている白い粉のようなモノは、恐らく私の唾液が固まった物だろう。


 途端に顔に熱がたまる。


 昨日の激しい情事を鮮明に思い出し、悶えるように身体を動かす。


「…んん…ぁれ…」


 そのせいだろう。七星さんがぎゅっと眉間に皺を寄せてから、長いまつ毛を揺らした。


 そうすれば、綺麗な緋色の瞳が姿を見せて、焦点が定まらないのかゆらゆらと色々なところに揺れる。


「ぁ…」


 視線が迷子になりながら、ようやくその瞳が私を捉えると、一瞬にしてその瞳が大きく見開く。


「…お、おはよう…ございます。」


 目が合って、時が止まって。


 気まずい雰囲気をどうにかしようと、とりあえず朝の挨拶をしてみる。


 その瞬間、私から離れていく体温。


「…え…な、なんであんたがっ…!?」


 七星さんは、すごい反射神経で立ち上がったかと思えば、ベットから素早く抜け出す。


 しかし、七星さんは一糸も纏っていない。


 上から下まで、完璧な美を持つその身体が全て晒される。


「え、何で私が裸…っ!?…ぁっ…」


 私が急いで顔を逸らすと、七星さんは自分の状況をようやく理解したようだった。


 気持ちはすごく分かる。私だって起きた瞬間の寝ぼけた頭では、まるで現実を理解できなかったから。


「…そ、うよね。そうだった。…取り乱してごめんなさい。」


 状況を完全に把握した七星さんは、ゴソッとベットに戻って隣に寄ってくる。そして、私のかけていた掛け布団の中に入ってきて身体を密着させてくる。


 戻ってきた熱に、ひどい安心感を覚えて七星さんの方を向く。


 鼻と鼻がくっつく距離に、綺麗な顔があって一瞬ドキッとする。


 七星さんもすごく気まずいのか、頰を朱色に染めながら私から視線を逸らしていた。


 その姿を見て、私は恐る恐るといった感じに唇を開く。


「…後悔…してますか」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 私のその問い。


 七星さんはそれを聞いて、勢いよく私の頭を、その柔らかい胸に押し付けるように抱き抱えてそれを否定した。


「…もう…ごめん。正直昨日のことがまだ信じられなくて…」


 そのまま後頭部を優しく撫でながら、七星さんらしくない弱々しい態度で言葉を紡ぐ。


 後悔してないという旨の言葉と、七星さんの優しさ、そして身体の柔らかさに私の胸はキツく締め付けられる。


 純粋に、嬉しい。


 とりあえず一時は、七星さんの恋人で居れる。長くは続かないだろうけど、一時的だとしても私を愛してくれると言う事だ。やはりただただ嬉しかった。


「というか告白の後にすぐセックスするのは、なかったわね。…いろいろ話し合いをするべきだった。」


 私の後頭部に顔を埋めながら、七星さんは反省をする。本当に昨日から真新しい七星さんで一杯だ。


 私は七星さんの胸の谷間から顔を出して、下からその綺麗な顔を見上げる。


「…いえ。すごく幸せでしたから。」


 そして、そう言って微笑むと、目の前にある七星さんの喉が大きく動いたのが分かった。


 それから七星さんは、両手をすりすりと動かして、何も纏っていない私の全身に這わせ始める。


 背中や胸を中心に、上半身にひたすら手を這わせる。


 そして最後に、下半身。


 辿り着いた私のお尻の肉をぎゅっと掴んだ。誘うようなその手つきに、私の声が少し漏れる。


「…身体は大丈夫?」


 私を見つめるその熱い視線と、身体を労わる言葉に、胸が高鳴る。


 七星さんは、また私を抱く気なんだとすぐに気がついた。


 あれだけ何度も抱いてくれたのに、また私を求めてくれる。しかも、身体の心配までする優しさ付き。


 ならば、喜んで抱かれるのが私の仕事だ。


 …でも、今の私にそれは出来そうになかった。


「…ぁ…ぇと…」


 せっかく七星さんが求めてくれているのに答えられない事が悔しくて、泣きそうになる。


「え?…もしかして…動かないの?」


 その私の反応を見て察したのか、七星さんは私のお尻から手を離してガバッと起き上がる。


 コクリ…と、一度だけ控えめに頷くと七星さんの顔が真っ青になる。


「嘘…ど、どうしよ…」


「だ、大丈夫ですから…その…少しだけ休んだら、歩けるようになるはずです。」


 あたふたと慌て出す七星さんに、安心して欲しくて手を伸ばす。


「…そしたらまた、しましょう。」


 きゅっと、七星さんの細い腕を優しく掴んでそう言うと、数回瞬きをしてから2回ほど頷いて、また私を抱きしめに布団に戻ってきてくれる。


 …ごめん。と、小さく呟く七星さんに、私は顔が埋まっている柔らかい胸に長いキスで返事をした。


「…お願いだから、煽らないで。」


 その言葉に、私のお腹がキュンとした。


 煽っているのは、七星さんだ。そんなことを言われたら、その私への欲が欲しくて堪らなくなるんだから。


「…下、触らなければ大丈夫ですから」


 私はその柔らかい肌に何度か優しく噛み付いてから、顔を上げる。


「…して…ほしいです。」


「っ…」


 その言葉をきっかけに、七星さんは起き上がって仰向けの私の上に乗っかった。


 息の荒い七星さんは、まるで興奮状態の獣のようで。私は期待してまう。


 それでも手つきはすごく優しくて、何度か頰を優しく撫でられる。


 そして、最後に頭を両手で固定されて、紅潮した顔が近づいてくる。


「…口、開けなさい。」


 囁かれた命令に、私は素直に従って。


 …七星さんを全て受け入れた。



 …七星さんに再び抱かれて、どれくらい経っただろうか。


「お嬢様。これはさすがに…」


 執事服を着こなし、真っ黒な長い髪を一つに束ねた綺麗な女性。前に美容師を紹介してくれた時にも居たので、恐らく七星さんの従者であろう。


 そんな人が部屋の惨状を見て言葉を漏らす。


「…お願いだから何も言わないで。」


 ワイシャツと下着だけ付けた七星さんは、顔を真っ赤にしてその人と会話をしている。


 私と言えば、完全に動けなくなってしまっていて、殆ど全裸の状態でベッドに寝かされている。


 七星さん以外の人に肌を見られるのは、かなり恥ずかしいし、この情事後の汚れに汚れた状況が羞恥心を更に加速させる。


 私は薄い掛け布団に身を包んで、その羞恥心に何とか耐える。


「…とりあえずシーツは…いや、これはもう中の布団も全て変えなければなりませんね。」


「…よろしく。あと、この子は…」


「かなりご無理をなされたようで…まぁ、でも、2、3日は体に違和感があるかもしれませんが、1日安静にしていれば大丈夫でしょう。」


 執事服さんの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす七星さん。


「…随分優しい顔をしなさいますね。」


「っ…う、うっさい。…いいから、はやく布団を変えなさい!」


「ふふ。かしこまりました。」


 そんな七星さんをいじるように微笑む執事服さんと、また顔を真っ赤にする七星さん。


 2人がかなり親しい関係なのが、この一連の流れで見てとれた。


 彼女を相手にすると、どこか子供っぽくなる七星さんが、可愛くて微笑ましい。


「ではお嬢様、奥様の事を抱えてさしあげてください。」


 そんな風に、優しい目で2人を見つめていると執事服さんがとんでもないことを言い出した。


「…へ!?!?お、奥様!?!?」


 赤かった顔を更に朱色に染め上げて、七星さんは声を荒げる。


 私も心臓の動きがとても早くなるのを感じた。


 …私が…七星さんの奥さん…


 七星さんの妻として生活する未来を想像して、悶える。そんなの幸せすぎてどうにかなりそうだ。


「ま、違うから!変な呼び方しないでよ!」


「ふふ。そうですよね。…ですよね。すみません。」


 七星さんで遊んでいるような振る舞いを見せる執事服さんはニコニコと笑みを浮かべる。


「…では、何とお呼び致しましょう?」


 そんな執事服さんは私の方へ歩いてきて、私が問われる。


 近くに来た綺麗な顔に、ドキッと胸が高鳴るのを感じた。七星さんと遜色ない美人さんだ。


「あ、…し、四ノ宮のり子と言います。四ノ宮でも、のり子でも、好きな方で…」


 もともと対人が苦手な私なのに、こんなに綺麗な人が微笑んできたらまともに話せるわけがない。


 私は小さな声かつ、噛み噛みの言葉でなんとか答える。


「素敵なお名前で。…では、のり子様とお呼びさせて頂きますね。」


 世辞なのは分かっているけれど、素敵な名前なんて初めて言われた。


 トクトクと心臓が動いて、温かい気持ちになる。


「は、はぃ…「ダメよ」…え?」


 この人になら、のり子と呼ばれるのも悪くないかもしれない…そう思って肯定している途中で、七星さんが遮った。


「…マリア。許さないわよ。」


 七星さんの方を見れば、すごく不機嫌な様子で腕を組んでマリアと呼ばれる執事服さんを睨んでいた。


「さて、何のことでしょう?」


 それに対して、マリアさんはニコニコと余裕の笑みを浮かべて七星さんと視線を交わす。


「…マリア」


「はいはい。…では改めて、四ノ宮様で。いいですか?」


 更に眉間に皺を寄せた七星さんに、これ以上はダメだと悟ったのか、マリアさんはやれやれと言った風に私の方へ向き直った。


 とりあえず、コクリと頷いて肯定はする。


 けれど、今のやりとりは一体何だったんだろうか。七星さん、すごく怒っていたし。マリアさんは分かっててわざと怒らせていたようにも見える。…何に怒ったんだろう。


 私が思考を巡らせていると、いつのまにかマリアさんの美しい顔が至近距離にあって心臓が大きく跳ねる。


「…お嬢様、少しわがままでヤキモチ焼きさんですけど、本当はとても寂しがり屋で可愛らしい方なんですよ。」


「…え?」


 ドキドキと煩い心臓に必死に耐えていると急に耳元でそう囁かれる。


「…どうかお嬢様の事、よろしくお願いしますね。」


 それから私にそう言って優しく微笑んだ。


「ちょっと。こそこそと、何してんの。」


 マリアさんと話したのはほんの一瞬だったけど、七星さんは私達に機嫌悪く声をかけてくる。


 七星さんの唇を尖らせて頰を膨らませている姿。


 …マリアさんの言った通りなら、今七星さんはヤキモチを焼いている…?…私に?


 ドクドクドクドク…マリアさんの顔が近づいてきた時よりも激しく動き出す心臓。


 そうだ、だって七星さんは前から独占欲の塊だった。それが仮とはいえ、これからは恋人の私にその独占欲が向くのだ…こんなに幸せな事はないだろう。


「いえ、四ノ宮様の顔の至る所に液体が固形になった様な白い粉がついてましたので、一体なんだろうかと…」


 まだ不機嫌な様子の七星さんに、マリアさんは揶揄うようにそれを言う。


「い、いいから!!!!早く片付けなさい!!!!」


 そうすれば、また顔を真っ赤にした七星さんが大きな声でマリアさんを叱った。



「…はぁ、マリアのやつ…なんだかドッと疲れたわ。」


 七星さんがため息をつきながらぼやくと、ちゃぽんと水音が鳴る。


 私達は今、マリアさんが用意してくれていたお風呂に2人で浸かっていた。


 後ろから抱かれる形で2人浴槽に浸かり、うなじに何度も唇が押し付けられる。幸せで、こんなに気持ちいいお風呂は初めてだった。


「…でも、マリアさん凄かったですね。あんなにすぐ綺麗にしちゃうなんて…」


 マリアさんの手際は凄まじいもので、七星さんが動けない私の事を抱き抱えているほんの少しの間で、ベット周りを綺麗にしてしまった。


 凄いな…と思いつつ、でも私は七星さんにお姫様抱っこをされている事実にひたすら喜びを覚えていた。


 しかも、マリアさんがこっちを見ていない隙を見つけては、七星さんはキスをしてきた。何度も何度も、バレないように。


 その背徳感がすごかったし、私を見つめる七星さんの熱い視線に終始ときめいていた。


 しかし、部屋を綺麗にし終えたマリアさんが出ていく時に、


『私以外の人の前では、控えてくださいね』


 と、優しく微笑んで言われてしまった。


 全てバレていたのだ。


 その事で部屋に取り残された私達は、お互い顔を真っ赤に染め合った。


「…マリアさんは、七星さんの執事さんなんですか?」


「ええ。まぁ、そんな感じ。」


「すごく仲が良さそうでしたけど、長いんですか?」


「私が物心ついた時、そばに居てくれたのはマリアだけだったから。」


 私の質問に答える七星さんは、ぎゅっと私の身体を抱きしめる。


「あ、あの…ごめんなさい。いっぱい質問しちゃって…」


「…別にいいわよ。」


 どこか七星さんの寂しさを感じる声音と行動に、どうにかしてあげたいという気持ちが強くなる。…勿論、私なんかがどうにかできる問題ではないだろうけど。


 それでも好きな人には幸せであってほしいんだ。


 私のお腹に回る七星さんの手に、自分の手を重ねた。今私が七星さんにしてあげられる最大限の寄り添い方だった。


「…それよりあんたは?親、大丈夫なの?」


 少しの静寂を経て、今度は七星さんが質問をしてくる。 


「え?」


「なんの連絡もなしに泊まっちゃったじゃない。心配とか、してないの?」


 その言葉に、私は何と答えようか詰まる。


 思い浮かべるのは、1人の母親。


 …あの人が取る行動なら、よく分かる。


 こんな無断で外泊をして、更には学校まで休んだと知れば…


「…心配は…してないと思います。」


 そこまで考えて、私は嘘ではないが事実とも違う言葉を選んで答えた。


 とてもじゃないが、あの人のことを七星さんに知られたくなかった。


 しかし、七星さんは私の変化を見逃さなかった。


「…なに、なんかあった?」


 ぐいっと、私の顎を持って、強引に自分の方に振り向かせる七星さん。


 どこか私を心配をしてくれているようにも見える。


「いえ…」


 その緋色の視線から目を逸らして、私は答える。


「…ねぇ、もしかして私にいじめられてたのにずっと学校来てた事と、なんか関係ある?」


「っ…」


 けれど、七星さんは鋭い。


 殆ど正解の推理を聞かされて、私は思わず目を見開いて驚いてしまう。


 どうしよう…


 出来れば私の家庭の事情は教えたくない。もしかしたら幻滅されるかもしれないし、軽蔑されるかもしれない。


 その恐怖に、身体が震える。


「…ねえ。私は、あんたの恋人よ。」


 しかし、七星さんのその言葉と、優しく触れるだけの口付け。それらのおかげで身体の震えはぴたっと止まる。


「…何があっても受け止めてあげるから。」


 きゅっとお腹周りを抱きしめられて、何度も繰り返される口付け。


 酷い安心感を覚えて、私は次第に口付けを落とされている唇を開く。


 もっと、もっと、と七星さんを呼び込む。


 深い口付け。


 それを何度か繰り返した後、私の口内から舌を引き抜いた七星さんが、私を見つめて改めて言う。


「…お願い。…聞かせて?」

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