()仮。
『私は、七星さん……いえ、姫乃さんが欲しいです。』
七星さんの綺麗な瞳を見つめて、私が言った言葉。
瞬間、終始穏やかだった七星さんの表情に変化が訪れる。…ピクッと眉が動いたのが見えた。
「…と、とは言っても…そ、その、ちゃんとそんなのは無理だってわかってます…っ」
その反応に、自分が言った言葉の意味を遅れて理解して必死に取り繕おうとする。
私がやったのは、
『何でも1つ、お願いを叶えてあげる』
という言葉に対して、
『じゃあ叶えてくれるお願いの数を無制限にして』
という回答をする事と同じくらい卑怯な物だ。
こんな形で結ばれたって、私も七星さんも幸せにならない。完全に失言であった。
「…だ、だから、可能であれば…これからもこうして私の事を…その…抱いてほしい…です。」
とはいえ、この関係がなくなるのは絶対に嫌だった。
七星さんからはどこかこの関係の終わりの雰囲気を感じるから。見限られて捨てられるまでは私もやれることはやり切りたい。
少し顔を歪ませている七星さんの瞳を、私はベットの上で横になりながらじっと見つめる。
「…もう媚びなくていいから。本当になんでも好きな物あげるから。…ねぇ、本音を言ってみなさいよ。」
そんな私に、さっきよりも強い口調で七星さんはそう言う。
私が媚びてこんな事を言っていると、心の底から信じているようだった。
私はその反応に対しても、上唇で下唇を噛みながら、無言でただ根気強く見つめ続ける。
「…じょ、冗談よね?」
そうすると、ようやく七星さんは表情を崩してくれた。
どこか焦ったように、薄い笑みを浮かべる七星さん。私はその問いに軽く首を振って、再び視線を七星さんに向ける。
すると今度こそ、七星さんは本当に驚きの表情を見せる。
「…待って…あんた、本気で私に抱かれたかっただけ?私とのセックスに本気で溺れてたの?」
そう言われると、私がとんでもなく淫乱な女のように感じられるけど、概ねその通りだ。
顔に熱がたまるのを感じながら、控えめに頷く。
「…嘘でしょ…そんな…」
七星さんは私の肯定を聞くなり、両手で顔を覆ってそっぽを向く。
「ちょっと…待って…ほんとに待って…全然脳の処理が追いつかない。」
それからブツブツと私に聞こえるかどうか位の声で独り言を呟く。
動揺しているのだろう。確かにいじめているつもりだった相手が、それに喜んでいただなんて…どう反応していいかわからないと思う。
「…ねぇ、あんた私の事どう思ってるわけ?」
独り言を終えたらしい七星さんは、両手で顔を覆ったまま私にそう聞いてきた。
これに対して、私は何と答えるか非常に迷う。
好きと素直に答えるべきか、答えを濁すのか。
色々考えた。
でも今後も身体の関係を続けていくのであれば、私の意思をきちんと伝えるべきだと思う。でないと相手を騙してセックスをする事になる。
七星さんの事を第一に考えるのなら、腹を括るしかなかった。
「…好き…です。」
私の言葉に、七星さんの肩がびくんと大きく跳ねた。
「…それは…どう言う意味で…」
「…その…恋愛的な意味で…」
七星さんの、少し震えた声。
それに答える私の声も、いつも以上に震えた物になる。
…
……
………
長い沈黙が流れる。
七星さんは、相変わらず手で顔を隠して、明後日の方を向いている。
その反応を見て…これは、ダメなやつだなと察した。
「…ごめん…なさい」
謝罪を口にすると同時に溢れ出る涙。
勿論これが初恋であるからして、実らなければ初めての失恋となる。
思った以上に傷つく自分に驚いた。今までこうまでして何かに執着したことが無かったから。
そんなふうに私がすすり泣く声をあげるから、それを聞いた七星さんがようやく隠していた顔を出した。
「え?…ちょ…っ!?なんで泣くの!なんで謝るの!」
そして、私の姿をその瞳に映した瞬間驚愕の表情を浮かべて私のいるベットに寄ってきた。
「わけわかんない…!だって、私あんたの事いじめてたのよ!?どれだけ酷い事をしてきたと思ってるの!?」
そしてかなり混乱した様子で、私の頭を抱き抱えた。
この行動の真意は分からないけれど、やっぱりこの柔らかくも力強い腕の中は私の心をこれでもかと満たしてくれる。
…好き。
「…それでも、七星さんの事が好きです。」
その思いを、声に乗せた。
何もない私だけど、他に何もいらない程貴女の事が好きだった。
「っ…」
そんな私の全てを乗せた言葉に、七星さんが息を呑んだ。そして、私を抱く腕にかなりの力が籠った。
「…どうせ、あんたも同じ」
私の頭上にかかる七星さんの吐息。
その言葉がどういった意味を持つのか、わからなかった。けれどどこか寂しさを感じる声音。
「…だけど、あんたになら…──られてもいいかもね。」
この距離なのに所々聞きとれない。
トクトクと、心なしかペースの早い心音が七星さんの胸から聞こえる。
そんな静かさの中、ふぅっ…と、七星さんは一度息を吐く。
「いいわよ。あんたのお願い、叶えてあげる。」
そしてそう言いながら、抱えられていた私をベッドに押し倒す。そのまま七星さんは馬乗りになって、私の頰を両手で包みながら自身の顔を近づけてくる。
「でも、勘違いしないで。…私があんたのモノになるんじゃない。あんたが私のモノになるの。」
そして緋色の鋭い視線に当てられる。
私は七星さんが何を言っているのか理解できない。だって私はそもそも最初から七星さんのモノだ。改めて言われるような事でもない気がする。
私はわけもわからずただその瞳を見つめ返す。
すると、七星さんは私から視線をずらしたかと思うと、その頬を段々朱色に染めていく。
「…あんたの事、私の恋人にしてあげるって言ってるの。」
そして、どこかぶっきらぼうな言い方でとんでもない事を言い出した。
一瞬思考停止しかけるが、すぐに状況を理解して否定する。
「そ、それはダメです…っ」
「…は、はあ!?なんでよ!!」
私の否定的な言葉を聞いた七星さんは、ガシッと私の肩を掴んで身体を何度か揺らす。
「だ、だって…想いが通じ合ってないと…こ、恋人関係に意味がないと思います…」
「う、初心かっ…!…いいのよ、付き合ってみて合わなかったら別れるっていうのも一つの恋愛でしょ。」
「…絶対合わないです…私こんなんだし…嫌われたくないです…」
世の中にそういう恋愛があったとしても、私はしたくない。
だって、一度手にしてしまえばきっと私は手放したくなくなる。
私なんか、絶対に好きになって貰えない。そもそも七星さん程の完璧人間が、いじめ相手なんかを恋愛対象にするとは思えない。
だったら最初から玩具でいい。いじめの対象でいい。ただ七星さんの思うままに求めてもらって、私はそれに答えるだけの関係でいたい。何もなくなるくらいなら、それがいい。
「だから体の関係だけで満足って?」
しかし私の主張に、七星そんはきつい口調で咎めるように問うてくる。
分かっている。私の考えが世の中ではあまり理解されない事を。
それでも好きだから、心で繋がれないのならせめて身体で繋がっていたいと思うのだ。
七星さんから目を逸らして、控えめに小さく頷く。
「…ふざけないで」
それを見た七星さんの声が、一段と低いものになる。
そして七星さんの両手は、私の頬を思いっきり挟んだ。
「好きって告白したんなら、発言に責任を持ちなさいよ。」
そのまま眉間に皺を寄せた七星さんが、至近距離で絞り出すようにその言葉を発する。
「…私の事、本気にさせてみなさいよ」
それから最後に、眉を八の字にしてどこか寂しそうに呟いたその言葉。
私の胸がきつく締め付けられる。
玩具であり続けるという選択肢は消去法で選んでいるだけだ。出来るのならちゃんと愛してほしい。
…でも、
……でも、
「…す…き……」
心の中で、葛藤して。
それでも気づいたら、再びその言葉を口にしていた。
「…すき、…好きです…七星さんの事が…本当に好きです…っ」
一度口にしてしまえば、溢れ出る涙と共に、心にずっとあった想いがするすると口から出ていく。
「仮でもなんでもいい…私の事…私の事だけを…愛して欲しい…っ!」
そして、私の秘めていた思いを出し切ると同時に、七星さんは仰向けの私に覆い被さるようにぎゅっときつく抱きついてきた。
「…な、ななせ…さん?…ぁっ…」
そのまま私の首元に顔を埋めた七星さんの舌が這い、唇が吸い付いてくる。
ぎゅっと両腕で力強く抱きしめられながら、まるで私の事を愛してくれているんじゃないかと錯覚するほどに、執拗に七星さんの舌が動く。
私も両手両足全てを使って、七星さんの柔らかな身体を抱き返す。
「…いい?これからするのは恋人同士のセックスだから。ちゃんとあんたのしたい事だったり、嫌な事は言って。…分かった?」
しばらくそれを繰り返した七星さんは、唇を話したかと思えば耳元に寄ってきて、吐息混じりの声で囁いた。
恋人…その言葉を七星さんの口から聞いた瞬間、きゅうっとへそ下あたりが疼いた。
仮の関係だけど、一歩を踏み出して良かったと思った。こんなに幸せを感じるなんて。
奴隷として抱かれていた時も幸せだと思っていたが、これは正直比にならない。
「…嫌なことは…無いです。恋人がしてくれる事なら、なんでも嬉しい。だからなんでもして欲しいです。」
本音だった。
仮とはいえ、私の恋人となった七星さんが私にどんな事をしてくれるのか、どんなふうに愛してくれるのか。
ただただ期待に胸を膨らませていた。
「っ…もうっ」
喉を大きく鳴らした七星さんは、少し怒ったように私の首筋に歯を立てた。
「んぁっ…」
思わぬ快感に、声を上げる。
いつもよりも噛む力が優しい。ゆっくりと捕食されているような感覚。
七星さんが、愛しくて仕方がなかった。
その思いをどうにか表したくて、私の首筋を食している七星さんの頭を優しく撫でてみる。
驚くほどサラサラとしていて手触りがいい金糸に、さらに愛しさが増す。七星さんの全てが私の幸福剤だった。
そこで、ふと、七星さんとしたい事が頭に浮かぶ。
「ぁ…でも…」
「…ん?」
「…し、したいことが…あります…」
「え?…ほんと?いいわよ?言ってみて?」
私の首元をひたすら食べていた七星さんは、私の言葉に顔を上げてどこか嬉しそうな声音を出す。まるで私のしたい事を早く聴きたいと言うようなそぶり。きっと幸せの絶頂期にいる私の脳が見せた幻覚だったり幻聴なんだろうけど。
そんな事を考えながらも私の目線は、七星さんの唾液と私の汗で濡れた口元を捉える。
「…き、きす…したいです」
七星さんの目が大きく見開いた。
まるで時が止まったかのように、固まったまま私を見下ろす七星さん。
私の身体に冷や汗が流れる。
…やってしまった
あまりの幸せに、身を任せすぎた。調子に乗りすぎた。
「あ、あのっ…ごめんなさい!…嫌…ですよね…わがままいってすみま…んんっ!?」
どうにか訂正しようと、慌てて口を開いた瞬間だった。
酷く柔らかいものが唇に押し付けられて、更に自分のものではない舌が口内に入ってきたのをしっかりと感じた。
一瞬の事で、反射で頭をずらそうとしてしまったが、それと同時に頭を腕でしっかりと固定されて動けなくなる。
そうされると、完全にされるがままになり、感触や味覚などが鮮明に脳に伝わる。
…甘い、美味しい
…柔らかい、気持ちいい
…私の首はいつもこうして食べられてたんだ。
…すごく、幸せ。
七星さんの唇や舌は、挟んだり、吸ったり、掻き回したり、とにかく色々な形で私の口内を味わっているようだった。
されるがままだった私も、やり方なんて分からなかったけれど、それに答えるように必死に舌を動かした。
「……ぷはっ…」
長い長い捕食。
それを終えた七星さんは、顔を上気しながら私から顔を少し離す。
あまりの快楽に、ボーッとする頭で、七星さんの口元を見つめる。キラキラと光るソレが私のモノだと思うと、もっと欲しくて堪らなくなった。
少し視線をずらすと、真っ赤にしながら私を真剣な表情で見つめる七星さんの顔が全部見える。
「ど、どうよ。」
どこかうわずった声で聞いてくる七星さん。
そうか、私…キス…したんだ。七星さんと、恋人と…キス…
そこでようやく現状を理解した私は、自分の瞳から感情が溢れ出るのを感じた。
「何でまた泣くの!?…え?も、もしかして…へ、下手だった?」
そんな私を見た七星さんは、珍しく慌てた様子を見せた。こんな七星さんは貴重すぎる。
また愛しさを感じて、その綺麗な頬に手を伸ばした。
「違います…幸せすぎて…夢みたいで、信じられなくて…」
告白したのもそう、恋人になったこともそう、キスしたのだって。今日起きた事全部がら信じられない。
「…だからもっと、してくれますか?」
私が上目遣いでそう言うと、その緋色の瞳に熱い情欲の炎が灯ったのが分かった。
そのまま降りてくる綺麗な顔。
今日、あれだけ求められて身体は限界だったはずなのに。貴女の欲が、全部欲しくて仕方がなかった。
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