命令とお願い。

「ぁぁっ…!」


 ぎゅうっと片手できつく抱きしめられながら、本日三度目の強い快楽に声を上げる。


「…声、我慢しなさいってば」


 荒い息をしながら私を注意するが、再び指を動かし始める七星さんに私の声は継続的に漏れ続ける。


 私はそんな七星さんにしがみついて、必死に言いつけを守ろうとする。が、七星さんは玩具を使わなくても多分すごく上手いんだと思う。

 

 他人とこういう事をしたことないから普通の基準が分からないけど、今の私の反応が事実だ。声なんか抑えられるわけがない。


「…特別だから。」


 七星さんはそう言いながら、私の後頭部を押して自分の肩に私の顔を押しつけた。


 一気に襲ってくる七星さんの匂い。それがより一層私を興奮させて、また快楽が襲ってくる。


 そのせいでまた声が出そうになるが、更にぎゅっと後頭部を抑えられる。


「噛んでもいいわよ。だから我慢しなさい。」


 その一言を聞いて、迷う事なく私は七星さんのブレザー越しに肩を噛む。


 この狭いトイレの個室にどのくらい居たのかわからない。けど、少なくとも私はこの場で五回ほど快楽に身を震わせた。



「…そろそろ離しなさいよ。」


「…ぁ…はぃ…」


 事を終えた七星さんは、しがみつくように抱きついていた私の肩を軽く叩く。


 名残惜しく思いながらも、こんな狭い所で密着して抱いてもらえた事に嬉しく思う。


 あの時、私を他人に抱かせようとした七星さん。その緋色の瞳は私の事を心底どうでも良いと言っていた。


 だから、私は一糸纏わぬ姿になり、七星さんに抱きついた。


 そしたら七星さんの瞳に情欲の炎が灯り、最終的には捕食するように私を抱いてくれた。


 あそこで勇気を出して良かった。普段の私なら無理だけど、七星さんの事を思ったら頑張れた。


「…ほら、ティッシュ。」


 七星さんはトイレットペーパーをクルクルと回して、私に渡してくれる。


 その優しさに、私は目を見開く。


 本当に些細な事だけど、胸が苦しいほどにキュンと締め付けられた。


「ぁ…ぁりがとぅ…ござぃま…しゅ…」


「…別に。」


 あまりの嬉しさに、咬み噛みになった感謝の言葉。七星さんはプイッと顔を逸らして答える。


 なんだかいつもの高圧的な七星さんとは別人のようで、心配になる。別に嫌ではないし、むしろ可愛らしくて好きなのだが…


 そんな事を考えながら七星さんを見つめていると、ギロッと睨まれて肩が跳ねる。


「何見てんのよ。いいから早く服着なさい」


「は、はい…」


 どうやら心配ないらしい。いつもの高圧的な七星さんはちゃんと健在だ。


 私は早く着替えようと下着を手に取る。


 …しかしその瞬間。


「下着は付けなくていいから。よこして」


「…え?」


 下着を持った私の手は七星さんに捕まれ、その下着は取られてしまった。


「しかしあんた、ほんと地味な下着…」


 私の下着をじっくり観察しながら、七星さんは呟く。正直、羞恥心でどうにかなりそうだった。七星さんに抱かれている時よりもこっちの方が断然恥ずかしい。


 というかこの状況…今日一日下着をつけずに過ごせという事だろうか。


「何してるの。早く制服を着なさい。」


 私の下着を観察する七星さんを観察していた私。着替える手が止まってきた事を指摘されるが、やはりそういう事なのだろう。


 私は何も付けていない肌に、ワイシャツやスカート、そしてブレザーにリボンと服を着ていく。


 …いざ着衣を終えて、上はなんとかなるが下はあまりにも風通しがよく違和感しかない。


 スカート丈が学校指定の通りなのが救いだ。座っても見える事はないはずだ。


 恥ずかしい気持ちを堪えて、終わった事を知らせるように七星さんを見つめる。

 

 すると七星さんは、手に持っていた下着を二つとも自身のブレザーの内ポケットに押し込んだ。


「これは貰っ…じゃなくて…捨てるから。こんなダサい下着、あんたの事を抱いてあげてる私に失礼だし。」


 そしてそんな事を言う七星さん。


 私の三組しか持っていない下着のうち、一組が捨てられてしまうらしい。


 実際、こんな下着では興奮することも出来ないのは事実だろう。そもそも奴隷として私をいじめているにすぎない七星さんに、興奮もなにもないかもしれないけど。


 私が静かに頷くと、七星さんは踵を変えて個室から出ようとする。


「…あっちについたら何枚か下着選んであげるから。」


 私もその後を追おうと、歩き出そうとした時、私に背を向けたまま七星さんは呟くように言う。


「…あっち?」


 少し思考するが、なんのことか分からなかった私は問うように呟く。


「別荘だけど?」


 すると七星さんは私の方を振り返り、少し不機嫌な様子でそう言った。


 私はまた驚きに目を見開く。


 今から別荘に行くということか。


 そうするとさっき七星さんに言われた言葉が蘇り、身体が震える。嫌な汗が出てくる。


 …嫌だ…七星さん以外の人に触れられたくない…。


 ぎゅっと目を瞑って、嫌悪感に耐える。


 そうしていると、私の身体は酷く柔らかく、良い匂いのするもので包まれた。


 ゆっくりと目を開け、視線を少し上にずらす。


 すると、真剣な表情をした七星さんの緋色の瞳と目があった。そこでようやく、私は七星さんに優しく抱きしめられていたのだと理解した。


 ドクドクと自身の心音が聞こえてくる。


 性行為をしている時の熱と力強いモノとは違う優しくて繊細な抱擁。


「…誰も…呼ばないから」


 そう言う七星さんの熱のこもった緋色の瞳。


「…来てくれる?」


 "命令"ではなく、初めてされた"お願い"。


 私が断れるはずなんてなくて。断るつもりだって微塵もなくて。


 だけど動けない。あまりの同様に、ただその熱い瞳を見つめて動けないのだ。


 そんな私を見て、徐々に眉間に皺を寄せる七星さん。


「…答えて。」


 そして待ちきれないというように言われた言葉命令


 その言葉でようやく動くようになった私は、七星さんに腕を回してこちらからも抱きつく。


 そして最後に七星さんの胸元に顔を埋め、小さく何度か頷いた。

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