奴隷は叛逆する。
私の席の周りは相変わらず七星さんのとりまき達で埋め尽くされている。
「え、どうしたのこれ…」
「いや、やば…クソ美人じゃんこいつ」
ただどこか勢いがなく、ちらほらと容姿を褒めるような言葉まで聞こえてくる。
私が美人かどうかなんて、そんなのわからない。人の価値観は人それぞれであるし、私は私が嫌いだから容姿も含めて好きになんてなれない。
けれど、今は素直に嬉しいと思う。
だって今の私を作ってくれたのは、何を隠そう七星さんなんだから。
横から後ろにかけて、顎のラインで綺麗に整えられた髪。前髪だって瞼の辺りで整えられている。
人と目を合わせるのが苦手な私にとって、あまりにも軽装備すぎる髪型であるが、七星さんに恋をした今の私は彼女の目を引く事が出来るのならば何でもよかった。
…とは言っても勿論人と話すのは無理なのだが。
なにはともあれ、この髪型は七星さんが作ってくれたモノなのだ。
昨日、理科室で散々求められて抱かれた私は、七星さんが呼び出した専用のリムジンに乗せられた。わけもわからないままついていくと、そこには凄腕の美容師さんがいて、七星さんのリクエスト通りに私の髪や眉なんかが綺麗に整えられてしまった。
それにどういう意図があるのか全く分からない。けれど散髪を終えた私にどこか満足そうだった。
「あんたが勝手にイメチェンなんかするから。…いい?あんたは私のモノなの。そしてこうして髪を切らせたのは私。…分かった?」
七星さんは自分のモノが勝手に変わった事が気に食わなかったんだ。
私が想定していたものとは違ったけれど、結果的にまた七星さんは私を求めくれた。それに、あんなに可愛い独占欲を見せてくれた。
だから、長年私を守ってきた髪を手にかけてよかったと思う。
◆
でも、そんな状態は長くは続かない。
容姿が変わったからって、内面が変わるわけじゃ無い。
「ちょっと可愛くなったからって調子に乗んなっつーの」
「結局ずっと俯いてさ、地味子は地味子だから」
七星さんが見当たらない中、この場に4人居るとりまきの内の1人にドンっと机を蹴られて、身体が跳ねる。
七星さんがいないのなら、私がこういったいじめに対して喜びを感じることなどない。ただ怖くて不快なだけだった。
「おい、やめろよ!!」
私がびくびくと肩を震わせていると、突如聞こえた太い声。
「きゃっ…!」
「はぁ!?な、何!?」
「ちょっと大丈夫!?」
それが男子の声だと分かった瞬間、突き飛ばされるとりまきの1人。机を蹴った子だ。
「四ノ宮さんが嫌がってるじゃ無いか!」
見上げると黒髪の男の子が私ととりまき達との間に立っていた。
「か、神谷君…」
「あ、あのね神谷君…違うのこれは…」
「そ、そう!この女が私達に酷いことをしたからその仕返しに…」
とりまき達は、その男の子を認識すると急に焦り出して、どこか媚びるように言い訳をし出した。
「嘘はやめろよ。」
しかし、神谷君と呼ばれた男の子はその子達を一蹴した。
「大丈夫?四ノ宮さん」
それから私を向いて、笑みを浮かべる男の子。
「もう大丈夫だよ。俺が助けてあげるから。」
そして、私の頭に手を置いて撫でてきた。
それに私はあまりの不快さに、鳥肌を立てて体が強張り、動けなくなる。
触れられた。…七星さん以外の人に…七星さんに綺麗にしてもらった髪に…触れられた…
気持ち悪い…気持ち悪い…気持ちわるい…キモチワルイ…キモちわ…
「…何してるの?」
その声が聞こえた瞬間、私の時が動き出した。それでも体は動かない。
唯一動く視線を向けると、これでもかと眉間に皺を寄せた七星さんが教室の入り口で立っていた。
「あ、七星。お前んとこの奴らが四ノ宮さんにいいがかりつけてたからさ、ちょっと仲介しといてやった。」
男の子は、更に手を動かして私の髪を撫でながら言う。
不快感で、生理的な涙が浮かんでくる。
「もう大丈夫だからね四ノ宮さん。」
その涙を何と勘違いしたのかしらないが、髪にのっていた手を頰まで下ろしていき、その手で私の涙を拭き取った。
「これからは何かあったら俺に言いなよ。」
ニカッと笑ったその笑みに、私は耐えられなくなって呼吸が荒くなった時、パシンと乾いた音を立ててその手の感触が離れた。
私に触れていた男の子の手を、七星さんが叩いてどかしたのだ。
「…四ノ宮さん。ついてきてくれる?」
そして、フリーになった私の腕を掴んで私を椅子から立たせ、歩き出そうとした。
私の頭の中は、混乱よりも、七星さんに『四ノ宮さん』と呼ばれたことに喜びを覚えていた。
そのおかげで、七星さん以外の人に触れられた不快感が一気に消えていく。
しかし、その幸福感は長くは続かない。
ガシッと、七星さんがいる方とは別の方向から私の腕に力が加わった。
七星さんよりもずっと大きい手、強い力。
まただ、また不快感が私を襲う。
「おいおい、言ったそばから呼び出しか?」
「…離して。トイレに行くだけだから。それともあんた、女子トイレまで着いて来るき?きもいんですけど。」
私を間に挟んで睨み合う2人。
それから暫くしてため息をついた男の子が私から手を離す。
「四ノ宮さん。何かあったら言うんだよ。」
その言葉に私は答えず、逃げるように七星さんの方に向いた。
◆
ドンッ…!!
トイレの個室に入った瞬間、大きな音を立てて壁際に押し付けられた。
「…いつから?」
私よりも高い身長の七星さん。
壁に両手をついて、私を睨むように見下ろす。
「…どこで知り合ったの?」
私だけを見つめるその緋色の瞳。
分かる。私を独占しようとする視線だ。心臓がきゅぅっと締め付けられる。
「…イメチェンしたのも、あいつの為?」
その言葉に、私はハッとして大きく首を振る。
独占欲を発揮してくれるのは嬉しいけど、勘違いだけはされたくなかった。
「…じゃあなに、あれ」
「…名前も…知らない人で…急に…」
七星さんの問いに、私なりに頑張って答える。
けど、納得しなかったらしい七星さんは私の首元のリボンを取り外し、ワイシャツの第三ボタンまで丁寧に開ける。
「…ねぇ、あんたは誰のもの?」
そう言いながら、私の首元から顕になった胸元まで舌を這わせてくれる。
「…な、七星さんの…モノ…ぁぁあっ!!」
その問いに答えている途中で、胸の付け根あたりを思いっきり噛まれる。
一瞬の激痛。その後は何度も甘噛みされて、手で揉まれ、快感に変わる。
「…目を見て言いなさいよ。」
私より背が高いはずの七星さん。
今は私の胸に唇を押し付けているから、上目遣いになって私を見つめている。
目を合わせると、上目遣いをしながら一生懸命舌を動かす七瀬さんのそのあまりの愛しさにゾクゾクと体が震えた。
「な、七星さんのモノですっ…」
そして私がそう答えると、這わせていた舌の動きが止まる。
ダラッと唾液を垂らしながら、七瀬さんは私の胸から口を離して私と向き合う。
また高いところから私を見下ろす七星さん。
今度は私の顎を持ち上げて、無理やり目線を合わせてくる。
こんな状況なのに、私の胸はドキドキしっぱなしでどうしようもなかった。
「ならなんで簡単に他人に触らせてるの?動けないくらい気持ちよさそうだったよね?」
「ち、ちがっ…」
「あいつ、顔だけはそこそこいいもんね。…嬉しかったんだ?ちょっとイメージチェンジして男ひっかけられたから、喜んじゃったんだ?」
私はこんなに貴女にドキドキしているというのに、貴女に恋をしているというのに。
…貴女だけなのに。
とけない誤解と、収まらない怒り。
私の目には、自然と涙が溢れてくる。
「ふーん。姑息なこと考えるじゃん。泣けばあいつがまた助けてくれるもんね。」
その涙が、また誤解を生む。
気持ちを伝えるのが苦手だから、どんどん悪い方向へ押し込まれる。
どうにかしなきゃいけないのに。
「…いいよ。お仕置きしてあげる。この後この前の別荘に行くから。」
そう思っていると、願ったり叶ったりな提案をされて、私の心は踊る。
また七星さんに抱いてもらえる。
それならその際に不満を全部ぶつけてもらって、私からもゆっくり感情を伝えて誤解を解こう。
…そう、一つの希望を見出した時。
「今度は私だけじゃなく全員でまわしてあげる。もうどうでもよくなっちゃった。」
七星さんから絶望的な言葉が発されて、私は目を大きく見開く。
私を見つめる七星さんの緋色の瞳に、私に対する感情が消えていた。
ドクドクドクドク…恐怖で心臓が破裂しそうなほど、大きな音を立てる。
…嫌だ。
「たくさん連れてきてあげるから、ここで待ってなさい。あ、男も用意してもいいかもね。とびっきりキモい奴。あんた男が好きなんでしょ?感謝しなよ。」
…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…っ!!
絶対に手放したくない。
七星さん以外に、触れられたくない。
そう思った私は、自分のブレザーとワイシャツ、そしてスカートと下着…順番に手をかけていく。
そんな私を、七星さんは唖然とした表情で見つめる。
「…は?…な、何してんの?」
全てを脱ぎ終えた私を見て、ようやく声を出す七星さん。
私はそんな七星さんに、正面から飛び込む。
「ちょっ…!」
「…嫌です」
「…え?」
「抱かれるなら…七星さんじゃなきゃ…嫌ですっ…!!」
私はこの時初めて、七星さんに反抗した。
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